男の子たちの変態的な日常

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60 変態文化祭〜前編〜

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 いよいよ文化祭当日。うちのクラスは劇をやることになった。

「リョウ……ホントに僕がお姫様役でいいのかな?」
「当たり前だろ。今回は外井げい先生からの要望で従来の異性愛規範に囚われない多様性のある作品にするために女役も男がやることになったんだ。これは名作になること間違いなしだなぁ♡」

 屋外には焼きそばやタコ焼きといった定番の出店が並び、呼び込みの気前もよい。
 普段は机が整列しているだけの教室も、今日は特別に飾り立てられ、クラスごとに看板を立てていた。
 僕とリョウが楽屋に着くと、裏方が役者に着替えとメイクを急がせた。
 リョウは甲冑に身を包んだ騎士となり、舞台の袖から満員の客席を窺っている。

「かなり人が集まってきたなぁ。やっぱり、俺たちの劇をみんな楽しみにしているようだ。俺も燃えてきたぜ!」
「いよいよ本番かぁ……大丈夫かな、僕」
「大丈夫さ。だって、アキラの役はほとんど寝てるだけじゃねえか。どんなアホにだって出来るよ♡」
「まあ、確かにそうかも……」

 間もなく開幕の時間となり、司会がマイクを取る。

『あ~……あ~……ただいまマイクのテスト中。え~と、これより今年の文化祭の目玉である外井先生総指揮の舞台を上演いたします!』

 照明は非常灯を残して消え、観客たち全員を幻想世界の大きな窓へと導いた。


ーーー


 妖精の住む森の奥地で、王女(僕)は静かに寝息を立てていた。
 練習通りにできるか不安になりながらも王女役の僕は柩の中で横たわり、目覚めの時を待つ。
 観客が舞台上の世界に没入していることは、暗い静寂からひしひしと伝わってきた。外来の一般客はともかく、学校の生徒は、おそらくキスシーンを期待しているんだろう。
 あれだけ宣伝文句にしていたキスシーンは結局、リョウとカスケの意見に折り合いがつかなかったためにカットとなってしまった。
 皆はそんな事情など知らないわけで、後々何と言われるやら。
 しかし僕は劇の事後どころではなく、本物の刃物を用いるシーンに緊張している。
 僕は起きたら、リョウに剣で刺されるフリをすることになっている。
 僕を照らしていたスポットライトが、不意に舞台の左端へと動いた。
 僕は薄目を開け、台本になかった劇の成り行きを窺う。
 確かリョウが先に右から登場するシーンじゃなかったっけ?
 光を浴びるように現れたカスケは鎧を捨てると、ブーケを投げ捨てて高らかに宣言した。

「ぼくはこれまで騎士として、貴女にお仕えすることを使命としてきました。けれども今は己が使命より、ひとりの男として、貴女にぼくの全てを捧げたいのです!」

 ブーケを放り込まれた客席に、喝采が波紋のように広がる。

「さあ、姫様! どうか、ぼくのキスでお目覚めください♡」

 え??? なんでカスケがッ⁉︎ ってゆーか、キスって⁉︎
 起き上がるに起き上がれない僕は、柩の中でせめて身体を小さくした。
 完全にカスケの台詞はアドリブだった。なのに照明も音響もカスケをバックアップし、キスシーンで舞台を盛り上げる方向に運んでいる。すでにカスケの手がまわっているのだろう。
 舞台を見守っていた生徒らが「待ってました!」とざわめく。
 カスケはこの場所でキスシーンを自分のモノにして、僕との関係を公認させるつもりのようだった。王女の柩へとおもむろに歩み寄ってくる。

「ち、ちょっと??? カスケ?」
「大丈夫ですよ、姫様……優しくしてさしあげますから♡」

 柩の傍でカスケはしおらしく屈み、ヴェールをのけた。

「――姫様からその手をどけろ!」

 そのタイミングでリョウの一喝が割り込んだ。
 舞台の右から凛々しい甲冑姿のリョウが現れ、スポットライトを吸い寄せる。カスケのアドリブにしてやられたとはいえ、舞台の流れには乗るみたいだ。

「姫様は生まれながらの貴族である俺様と結ばれる運命にある。貴様のような成り上がり貴族に姫様の隣にいる資格はない!」

 悠然と剣を抜き、神々しいその切っ先で光を放つ。
 威風堂々としたリョウの騎士姿に観客は惚れ惚れとした。
 アドリブだらけとなった舞台で、カスケはちらりとライバルを見遣った。リョウのお株を奪うように不敵にはにかみながら、柩の中に手を差し込む。

「生まれながらの貴族であることだけが唯一の誇りである貴方にこそ姫様の隣にいる資格はありません。ぼくは姫様のためならこの世界の神にだって成り上がってみせましょう! ほら、姫様の身体もぼくを求めて昂ぶっていらっしゃるようだ♡」

 思いも寄らないところを撫でられ、僕は反射的に悲鳴をあげそうになった。
 カスケの左手が股間に潜り込んできたのだ。僕の衣装はスカートのため、それを捲られるとパンツ一枚に……。
 カスケったら、どこ触ってんだかッ⁉︎
 でも、大勢の視線が集まる場所であっては黙って耐えるしかない。
 舞台と客席には高低差があり、柩のおかげでひとまず見つかることはなかった。スポットライトもカスケの姿に遮られ、僕の股間は死角となる。
 ただリョウだけは、オチンチンがカスケの手で起き上がる瞬間を目撃した。

「き、貴様というヤツは……もう許さん!」

 さしものリョウも、まさか舞台の上でテコキが始まるとは思わなかったようだ。だが劇の真っ最中である以上、剣を構えなおし、その刃越しにライバルを見据える。
 それに構わず、カスケは肉棒を優しく扱く。
 迂闊に声を出せない代わりに、僕は目で「やめて」と切に訴えた。

「緊張してるんですね。構いませんよ、そのままじっとして……」

 苦悶の表情を浮かべる僕を見下ろし、カスケが紅潮してにっこりと微笑む。穏やかそうで確信犯的なまなざしが逃がしてくれない。

「ぼくの愛を受け取って……姫様、さあ誓いのキスを♡」

 そして扱きながらカスケは目を瞑り、清らかな唇を柩越しに近づけてきた。
 観客はそわそわとキスシーンを待っている。すでにキス以上の情事が目の前で始まっているとは誰も思うまい。

「や、やめろッ!!! アキラ……いや、姫様にキスをするのは俺だぁぁッ!」

 リョウはもう劇どころではないらしく、カスケの向かい側に座って柩を覗き込む。
 先ほどとは打って変わって動揺するリョウの変貌ぶりに、客席全体が俄かに沸いた。
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