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12 トラウマを植え付けられました!
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長いようで短かった花嫁研修が終わり、僕たちは通常通りの日課に戻った。
いつものようにエレンくんと一緒に登校し、教室に入ると花嫁研修を終えたクラスの女子たちの立ち振る舞いが女らしい大人のレディーへと変化していた。どうやら花嫁研修によって女子たちは一皮剥けたようだ。そんな中、貴腐寺院さんだけがミイラのように包帯ぐるぐる巻き姿でしょんぼりしていた。
「貴腐寺院さん、どうしたの⁉︎ 何があったの⁉︎」
「……見ての通り、身も心もボロボロにされちゃったんだよ」
貴腐寺院さんは研修先で相手の男に殴る蹴るの暴力を振るわれたことを涙ながらに語ってくれた。
「女らしくないとか、胸がないとか、ブスだとか散々わめき散らしながら暴力を用いて男の幻想を女に押し付けるのだけは本当にやめてほしい……。別に愛してくれなくてもいいし、お姫様のように扱ってくれなくても全然OKだけど、せめて人間としては扱ってほしいわけよ。男に対して、女を人間として扱うように要求することって、そんなにワガママなのかな?」
貴腐寺院さんの問いに対して、おそらく今の社会は当たり前のようにYESと応えるだろう。何故なら、僕たちに人権など最初からないのだから……。
人間は普段からゴキブリを殺すけど、それを見てゴキブリ差別という者はいない。この理屈と同様で僕たちの肉体が男の欲望を映す性の記号として扱われ、その枠からはみ出した者が容赦なく迫害される世の中でも差別問題として問題視されることは決してない。
「相手の男が私に裸エプロンを強要してきて、それを断ったら逆ギレして殴る蹴るのオンパレードでさ。花嫁なら裸エプロンは当然だとかほざいてたけど、その手のポルノの見過ぎで現実とフィクションの区別がつかなくなってるのかもね。とにかく女を性的記号としてしか評価しない風潮は本当やめて欲しい。男の幻想を体現しないだけで存在そのものを否定されて空気を吸うことさえ憚られる世界に生きている私たちの苦しみが世間に取り沙汰されることはないとは分かっているけど、やっぱり苦しいよ……」
貴腐寺院さんが言うように性的記号は身体的・社会的特徴や、身につけている衣装、置かれているシチュエーションを抽象化したもので、個人の人格から切り離された、実体の裏付けの無いイメージに過ぎない。
こうした性的記号の消費に耽溺する男は僕たちのことも、記号的な視点(美人か否か、ヤれるか否か等)だけで、表面的に評価・採点してしまうのだ。
「あぁ、もう女なんかやめたい。女に生まれただけで毎日が惨めだよ。性転換して男になりたい。男になったら、真冬にこんな短いスカートを穿かされることはないし、生理もないし、何より妊娠出産や家事育児の役割から解放されて自由に生きられるしね♡」
僕は男でもωだから生理もあるし、妊娠出産や家事育児の役割からは逃れられないけど、制服だけは男子用だから貴腐寺院さんが置かれている状況よりは少しマシかもしれない。
うちの学校の制服は女子には変に厳しく、下着や靴下の色まで定められており、服装検査の時は女子だけ制服を脱いで下着姿にさせられるのだ。しかもエアコンが設置されていない冬場の保健室で……。
ωでも男に生まれたメリットがあったことに気づいた僕は心底喜んでいると、知らない間にホームルームが始まっていた。
「なんとωの男子にも女子用制服の着用が義務づけられることになったぞ。女子と同様に家庭的でお淑やかな性役割が期待されるωの男子に他の男子と同じ制服を着せるのは情操教育上よろしくないと教育委員会が発表した。ということで、ωの男子は女子用制服を購入しておけよ。連絡は以上!」
担任からの連絡を聞かされた僕は唯一の男としてのアイデンティティも奪われ、男に生まれたメリットを一切享受することは二度となくなったのであった。
ーーー
「僕は女の子じゃないのに……。なのに、どうしてこんな屈辱的な格好をさせられなきゃいけないの?」
昼休みで人通りの多い廊下を行き交う男子たちの性的な眼差しが短いスカートで覆われた僕の下半身を突き刺す。
「ふぇぇ……女子は普段からこういう男の身勝手な欲望に満ちた視線を一身に受けながらも気丈に振る舞っているんだよね。すごいなぁ」
女子用制服を着るようになってから露骨に性的対象として扱われるようになったり、以前よりも軽く見られたり、痴漢に遭う頻度も激増した。
性的記号を四六時中まとうようになっただけで、ここまで人生ハードモードになるとは思ってもいなかった。
「奏くんにも分かってもらえて嬉しいよ♡ 女ってだけで男から怖い目に遭わされたり、意味もなく見下されたり、男以上に努力しても一生社会的評価は低いまま、誰からも救われることなく人生を終える運命にあるの……」
そう言うと、貴腐寺院さんは4限目の授業で返却された期末テストの答案用紙を見ながら物思いに耽る。
「貴腐寺院さんって頭良いよね♡ 今回も5教科450点以上だったんでしょ。一般的な男子よりも将来有望だと思うけどなぁ」
僕の言葉にメランコリックな表情を浮かべていた貴腐寺院さんは一気に明るくなった。
「そ、そうかなぁ……私、勉強以外に得意なことないからさ。テストの点数を褒めてくれたのは奏くんぐらいだよ。どいつもこいつも私が勉強してても女に学歴はいらないとか、男よりも高学歴になったら角が立つとか言って、誰からも努力を認めてもらえなかったから」
僕と貴腐寺院さんは校内の中庭に着くと、そこでお弁当箱を開いて中身を見せ合った。
「奏くんの卵焼き、美味しそう♡」
「良かったら、食べてみてよ」
「わぁ~い、ありがとう♡」
貴腐寺院さんが僕の作った卵焼きを一口でパクリと平らげてしまった瞬間、見知らぬ男が真正面に立っていた。
「よぉ~、喪子ちゃん♡ 制服姿の方が可愛いぞ。スカート穿いてれば、女として見れなくもないなwww」
目の前に立ちはだかる気持ち悪い男の声に視線をあげた貴腐寺院さんは、たちまち表情を曇らせた。
「どうして、あんたがここに⁉︎……」
貴腐寺院さんは隙のない動作で臨戦態勢に入ったが、声と身体が震えだすのを抑えることはできなかった。
「この間の花嫁研修で喪子ちゃんの評価点が5段階評価で全部1だったから、もう一度オレの所で花嫁研修を受け直してもらうことになったんだwww」
どうやら花嫁研修の時に貴腐寺院さんの相手役だった男のようだ。
「私の人権を踏みにじり、身体の至るところに消えることのないトラウマを刻み込んだ極悪人のもとでもう一度研修しろだなんてとんでもない! それに評価だって、あんたの歪んだ主観が反映された不当なものでしかないじゃないのッ!」
貴腐寺院さんが怒りを露わにしても、男はへらへらといやらしい笑みを浮かべるだけだった。
「この世界は男を中心にして回ってるんだから俺の主観で女を評価するのは当然だろうが。やれやれ、これだから世の中を知らない生娘には現実を教えてやらないといけないようだなぁwww」
男は貴腐寺院さんが弁当箱の下に敷いていたテストの答案用紙をひったくる。
「女のくせに100点なんか取るとはすごいなぁ。だが、無意味だ! 女がいくら努力しようが、男には勝てない社会なんだからなwww」
そう言うと、男は貴腐寺院さんの答案用紙をビリビリに破り捨てた。呆気にとられている僕たちの目の前で、貴腐寺院さんの努力の結晶である100点満点の答案用紙をまるで人間シュレッダーのように細かく切り裂いていく。
「女のような産む機械に勉強なんか必要ないんだよ。お前らは外見と女らしさだけを磨けば、それでいいのさ。ブスで女らしくないような女の成り損ないはゴキブリ以下の扱いを受け、生涯に渡って男社会から迫害され続けるんだ。年頃の喪子ちゃんにだって、薄々この現実が分かるようになってきたんじゃないか~?」
僕たちは今までの悲惨な人生の中で心底その現実を身をもって経験してきた。
性的記号をまとって男に滅私奉公することでしか生きることが許されない理不尽な性に生まれたことを思い知らされ、直視したくない現実に引き戻されたような気分に陥る。
「ほほう、その表情から察するに己が非力なメスでしかないことは分かっているみたいだなぁ。ならば、話は早い。今夜はお前の処女を貰うぞwww」
思わず貴腐寺院さんはスカート越しに両手で股間を押さえると、その場から急いで逃げようとする。だが、男は俊敏な動きでまわり込む。
「おっと、男からの誘いを断るのは女としてはエチケット違反だぞ。そんな女は今すぐ処女膜だけでなく、ケツの穴まで犯してやんねえとな! そして、初めての体験に怯える喪子ちゃんの口に、子宮に、直腸に精液を注いで孕ましてやるとしようwww」
飢えた野獣のような双眸を欲望でギラつかせながら、男が貴腐寺院さんににじり寄っていく。
「貴腐寺院さんに寄るなッ! お前みたいなヤツに貴腐寺院さんを穢させない!」
咄嗟に僕は大の字になって貴腐寺院さんの前に立つ。
「おいおい、なんのまねだ? お前もオレに犯されたいのかwww」
「僕は男だぞ! 男として貴腐寺院さんを守ってみせるんだ!」
かっこつけて啖呵を切ったわりに僕の身体は恐怖でガクブル状態だった。
「ギャハハ! 喪子ちゃんよりも小さくて細いくせに男らしく振舞うとは、ωのくせに頑張るねwww」
「うるさい!」
僕はコンプレックスと怒りで耳の先まで赤く染める。
「ほらほら、喪子ちゃんを守るんだろ? それとも怖じ気づいたのか? ふん、所詮ωの男など女と変わらない産む機械かwww」
「くッ!」
男として生まれにもかかわらず、男としてのメリットが一切享受できなかったことに対するコンプレックスで激情に駆られた僕は床を蹴ると、男との間合を一気に詰めてパンチを繰り出した。だが、一発目は軽くあしらわれ、二発目と三発目は避けるまでもないといった様子で、僕のパンチをもろに受ける。
「ギャハハ! お前、女よりも力ないだろwww」
圧倒的なまでの身体能力の違いに愕然としながらも、必死に抵抗をつづける僕に対して、いよいよ本気を出してきた男はスカートの中に強力な一撃を食らわしてきた。
「!……」
あまりの激痛に僕は叫ぶことさえできなかった。ただ苦痛をこらえようとして、爪先立ちになって浮き上がった両脚を固く閉じ合わせる。
「はぁ……ああぁぁ……」
極端な内股になったその姿は、まるで小水を我慢しているかのようだったが、やがて失った呼吸を求めて天を仰ぐ僕の股間から、多い日よりも大量の血が勢いよく流れ出した。
「いやぁ、このタイミングで……出ないで」
あまりにも大量の血をナプキンが吸いきれず、パンツの裾からドバーッと漏れ出し、剥き出しの太腿を生暖かい血が勢いよく流れ落ち、ポタポタと滴って床に広がっていく。屈辱と羞恥に涙しながら、僕は倒れることさえ許されず、立ったまま真っ赤な液体を流し尽くした。
「ωのくせに粋がるからだ。生理中でイライラしてたのかもしれんが、だからと言って男に逆らっちゃいかんなぁwww」
僕はついに血で濡れた床の上にうずくまった。股間を激痛が駆け抜け、小刻みに震える僕の瞳から次々と涙のしずくがこぼれ落ちる。
「お前の股間から流れ落ちる血をよく見るんだ。それこそ産む機械として生まれてきた者の証だ。月々の生理に苦しみながら、身も心も男に捧げる以外に人生の選択肢などないということを早く悟ることだなwww」
僕の心は完全に折れた。もう何をやっても男には勝てない産む機械なんだと洗脳された僕は股間を襲う激痛に耐えきれず、ひたすらワンワン泣き叫ぶ。
「おいおい、ちょっと蹴ったくらいで大袈裟だろwww」
男の「ちょっと」は僕のようなωにとっては命に関わる問題だ。冗談抜きで股間の骨が砕けてしまったかのようである。
「どれどれ、俺がちょっと見てやるとするかwww」
僕を血に濡れた床の上に押さえつけながら男はスカートを脱がせると、ショーツのゴムに手をかけて一気にズルッと太腿まで下ろしてしまう。
他人には絶対見られたくない生理時の秘部を見られても僕は抵抗しなかった。それだけ激痛で下半身に力が入らないのだ。太腿の上で皺になった生理ショーツからは、もうナプキンが見えていたが、男はショーツを引っ張って伸ばし、クロッチの部分を下から押して、裏に貼られたナプキンを完全に暴き出した。
「使用済みナプキンを舐めるのはオレの夢だったんだ! うぉ~、産む機械の味がするぜwww」
男は使用済みナプキンを舌で舐めまわすと、そのまま口に含んで噛み砕き、ごくんと飲み込んでしまった。
「オレとしたことが、あまりの美味しさに食べちまったぜ。それじゃ、そろそろ本番といこうかwww」
男はズボンのベルトを外すと、隆々とそそり勃ったペニスを取り出した。その赤黒い凶器を目にして、僕の顔がたちまち青ざめる。
「お願いします! どうかそれだけは許してください! 痛いんです、今も死ぬほど痛いのッ! だから……」
男に蹴られた僕の股間は真っ赤に腫れ上がって、今も激痛を放っている。そんなところへペニスを挿入されたらどうなるのか考えただけで背筋が凍りつく。
「お願いです。ほかのことなら何でもします。どこを使われても決して逆らいません。だから、どうかそこに挿れるのだけは……」
「そうか、そんなに痛いのか。だったら一刻も早くブチ込んで、気持ちよくしてやるからなwww」
「いやぁ~ッ! 男の人にはもう二度と逆らわないから許して!!!」
泣き叫びながら狂ったように暴れる僕を力ずくで押さえつけ、懸命に閉じようとする膝を無理やり割った次の瞬間、男の身体が天高く舞い上がった。
宙に舞う男の身体にエレンくんのストレート、中断前蹴り、フック、アッパー、そして下段、中断、上段まわし蹴りが炸裂する。
怒涛の連続攻撃を食らった男は一瞬にして意識が吹っ飛び、ドサッと床にくずおれる。
「奏、しっかりしろ! 血だらけじゃねえか! すぐに救急車を呼んでやるからな」
エレンくんに抱きしめられて安心した僕は貧血を起こし、そのまま意識を失うのであった。
いつものようにエレンくんと一緒に登校し、教室に入ると花嫁研修を終えたクラスの女子たちの立ち振る舞いが女らしい大人のレディーへと変化していた。どうやら花嫁研修によって女子たちは一皮剥けたようだ。そんな中、貴腐寺院さんだけがミイラのように包帯ぐるぐる巻き姿でしょんぼりしていた。
「貴腐寺院さん、どうしたの⁉︎ 何があったの⁉︎」
「……見ての通り、身も心もボロボロにされちゃったんだよ」
貴腐寺院さんは研修先で相手の男に殴る蹴るの暴力を振るわれたことを涙ながらに語ってくれた。
「女らしくないとか、胸がないとか、ブスだとか散々わめき散らしながら暴力を用いて男の幻想を女に押し付けるのだけは本当にやめてほしい……。別に愛してくれなくてもいいし、お姫様のように扱ってくれなくても全然OKだけど、せめて人間としては扱ってほしいわけよ。男に対して、女を人間として扱うように要求することって、そんなにワガママなのかな?」
貴腐寺院さんの問いに対して、おそらく今の社会は当たり前のようにYESと応えるだろう。何故なら、僕たちに人権など最初からないのだから……。
人間は普段からゴキブリを殺すけど、それを見てゴキブリ差別という者はいない。この理屈と同様で僕たちの肉体が男の欲望を映す性の記号として扱われ、その枠からはみ出した者が容赦なく迫害される世の中でも差別問題として問題視されることは決してない。
「相手の男が私に裸エプロンを強要してきて、それを断ったら逆ギレして殴る蹴るのオンパレードでさ。花嫁なら裸エプロンは当然だとかほざいてたけど、その手のポルノの見過ぎで現実とフィクションの区別がつかなくなってるのかもね。とにかく女を性的記号としてしか評価しない風潮は本当やめて欲しい。男の幻想を体現しないだけで存在そのものを否定されて空気を吸うことさえ憚られる世界に生きている私たちの苦しみが世間に取り沙汰されることはないとは分かっているけど、やっぱり苦しいよ……」
貴腐寺院さんが言うように性的記号は身体的・社会的特徴や、身につけている衣装、置かれているシチュエーションを抽象化したもので、個人の人格から切り離された、実体の裏付けの無いイメージに過ぎない。
こうした性的記号の消費に耽溺する男は僕たちのことも、記号的な視点(美人か否か、ヤれるか否か等)だけで、表面的に評価・採点してしまうのだ。
「あぁ、もう女なんかやめたい。女に生まれただけで毎日が惨めだよ。性転換して男になりたい。男になったら、真冬にこんな短いスカートを穿かされることはないし、生理もないし、何より妊娠出産や家事育児の役割から解放されて自由に生きられるしね♡」
僕は男でもωだから生理もあるし、妊娠出産や家事育児の役割からは逃れられないけど、制服だけは男子用だから貴腐寺院さんが置かれている状況よりは少しマシかもしれない。
うちの学校の制服は女子には変に厳しく、下着や靴下の色まで定められており、服装検査の時は女子だけ制服を脱いで下着姿にさせられるのだ。しかもエアコンが設置されていない冬場の保健室で……。
ωでも男に生まれたメリットがあったことに気づいた僕は心底喜んでいると、知らない間にホームルームが始まっていた。
「なんとωの男子にも女子用制服の着用が義務づけられることになったぞ。女子と同様に家庭的でお淑やかな性役割が期待されるωの男子に他の男子と同じ制服を着せるのは情操教育上よろしくないと教育委員会が発表した。ということで、ωの男子は女子用制服を購入しておけよ。連絡は以上!」
担任からの連絡を聞かされた僕は唯一の男としてのアイデンティティも奪われ、男に生まれたメリットを一切享受することは二度となくなったのであった。
ーーー
「僕は女の子じゃないのに……。なのに、どうしてこんな屈辱的な格好をさせられなきゃいけないの?」
昼休みで人通りの多い廊下を行き交う男子たちの性的な眼差しが短いスカートで覆われた僕の下半身を突き刺す。
「ふぇぇ……女子は普段からこういう男の身勝手な欲望に満ちた視線を一身に受けながらも気丈に振る舞っているんだよね。すごいなぁ」
女子用制服を着るようになってから露骨に性的対象として扱われるようになったり、以前よりも軽く見られたり、痴漢に遭う頻度も激増した。
性的記号を四六時中まとうようになっただけで、ここまで人生ハードモードになるとは思ってもいなかった。
「奏くんにも分かってもらえて嬉しいよ♡ 女ってだけで男から怖い目に遭わされたり、意味もなく見下されたり、男以上に努力しても一生社会的評価は低いまま、誰からも救われることなく人生を終える運命にあるの……」
そう言うと、貴腐寺院さんは4限目の授業で返却された期末テストの答案用紙を見ながら物思いに耽る。
「貴腐寺院さんって頭良いよね♡ 今回も5教科450点以上だったんでしょ。一般的な男子よりも将来有望だと思うけどなぁ」
僕の言葉にメランコリックな表情を浮かべていた貴腐寺院さんは一気に明るくなった。
「そ、そうかなぁ……私、勉強以外に得意なことないからさ。テストの点数を褒めてくれたのは奏くんぐらいだよ。どいつもこいつも私が勉強してても女に学歴はいらないとか、男よりも高学歴になったら角が立つとか言って、誰からも努力を認めてもらえなかったから」
僕と貴腐寺院さんは校内の中庭に着くと、そこでお弁当箱を開いて中身を見せ合った。
「奏くんの卵焼き、美味しそう♡」
「良かったら、食べてみてよ」
「わぁ~い、ありがとう♡」
貴腐寺院さんが僕の作った卵焼きを一口でパクリと平らげてしまった瞬間、見知らぬ男が真正面に立っていた。
「よぉ~、喪子ちゃん♡ 制服姿の方が可愛いぞ。スカート穿いてれば、女として見れなくもないなwww」
目の前に立ちはだかる気持ち悪い男の声に視線をあげた貴腐寺院さんは、たちまち表情を曇らせた。
「どうして、あんたがここに⁉︎……」
貴腐寺院さんは隙のない動作で臨戦態勢に入ったが、声と身体が震えだすのを抑えることはできなかった。
「この間の花嫁研修で喪子ちゃんの評価点が5段階評価で全部1だったから、もう一度オレの所で花嫁研修を受け直してもらうことになったんだwww」
どうやら花嫁研修の時に貴腐寺院さんの相手役だった男のようだ。
「私の人権を踏みにじり、身体の至るところに消えることのないトラウマを刻み込んだ極悪人のもとでもう一度研修しろだなんてとんでもない! それに評価だって、あんたの歪んだ主観が反映された不当なものでしかないじゃないのッ!」
貴腐寺院さんが怒りを露わにしても、男はへらへらといやらしい笑みを浮かべるだけだった。
「この世界は男を中心にして回ってるんだから俺の主観で女を評価するのは当然だろうが。やれやれ、これだから世の中を知らない生娘には現実を教えてやらないといけないようだなぁwww」
男は貴腐寺院さんが弁当箱の下に敷いていたテストの答案用紙をひったくる。
「女のくせに100点なんか取るとはすごいなぁ。だが、無意味だ! 女がいくら努力しようが、男には勝てない社会なんだからなwww」
そう言うと、男は貴腐寺院さんの答案用紙をビリビリに破り捨てた。呆気にとられている僕たちの目の前で、貴腐寺院さんの努力の結晶である100点満点の答案用紙をまるで人間シュレッダーのように細かく切り裂いていく。
「女のような産む機械に勉強なんか必要ないんだよ。お前らは外見と女らしさだけを磨けば、それでいいのさ。ブスで女らしくないような女の成り損ないはゴキブリ以下の扱いを受け、生涯に渡って男社会から迫害され続けるんだ。年頃の喪子ちゃんにだって、薄々この現実が分かるようになってきたんじゃないか~?」
僕たちは今までの悲惨な人生の中で心底その現実を身をもって経験してきた。
性的記号をまとって男に滅私奉公することでしか生きることが許されない理不尽な性に生まれたことを思い知らされ、直視したくない現実に引き戻されたような気分に陥る。
「ほほう、その表情から察するに己が非力なメスでしかないことは分かっているみたいだなぁ。ならば、話は早い。今夜はお前の処女を貰うぞwww」
思わず貴腐寺院さんはスカート越しに両手で股間を押さえると、その場から急いで逃げようとする。だが、男は俊敏な動きでまわり込む。
「おっと、男からの誘いを断るのは女としてはエチケット違反だぞ。そんな女は今すぐ処女膜だけでなく、ケツの穴まで犯してやんねえとな! そして、初めての体験に怯える喪子ちゃんの口に、子宮に、直腸に精液を注いで孕ましてやるとしようwww」
飢えた野獣のような双眸を欲望でギラつかせながら、男が貴腐寺院さんににじり寄っていく。
「貴腐寺院さんに寄るなッ! お前みたいなヤツに貴腐寺院さんを穢させない!」
咄嗟に僕は大の字になって貴腐寺院さんの前に立つ。
「おいおい、なんのまねだ? お前もオレに犯されたいのかwww」
「僕は男だぞ! 男として貴腐寺院さんを守ってみせるんだ!」
かっこつけて啖呵を切ったわりに僕の身体は恐怖でガクブル状態だった。
「ギャハハ! 喪子ちゃんよりも小さくて細いくせに男らしく振舞うとは、ωのくせに頑張るねwww」
「うるさい!」
僕はコンプレックスと怒りで耳の先まで赤く染める。
「ほらほら、喪子ちゃんを守るんだろ? それとも怖じ気づいたのか? ふん、所詮ωの男など女と変わらない産む機械かwww」
「くッ!」
男として生まれにもかかわらず、男としてのメリットが一切享受できなかったことに対するコンプレックスで激情に駆られた僕は床を蹴ると、男との間合を一気に詰めてパンチを繰り出した。だが、一発目は軽くあしらわれ、二発目と三発目は避けるまでもないといった様子で、僕のパンチをもろに受ける。
「ギャハハ! お前、女よりも力ないだろwww」
圧倒的なまでの身体能力の違いに愕然としながらも、必死に抵抗をつづける僕に対して、いよいよ本気を出してきた男はスカートの中に強力な一撃を食らわしてきた。
「!……」
あまりの激痛に僕は叫ぶことさえできなかった。ただ苦痛をこらえようとして、爪先立ちになって浮き上がった両脚を固く閉じ合わせる。
「はぁ……ああぁぁ……」
極端な内股になったその姿は、まるで小水を我慢しているかのようだったが、やがて失った呼吸を求めて天を仰ぐ僕の股間から、多い日よりも大量の血が勢いよく流れ出した。
「いやぁ、このタイミングで……出ないで」
あまりにも大量の血をナプキンが吸いきれず、パンツの裾からドバーッと漏れ出し、剥き出しの太腿を生暖かい血が勢いよく流れ落ち、ポタポタと滴って床に広がっていく。屈辱と羞恥に涙しながら、僕は倒れることさえ許されず、立ったまま真っ赤な液体を流し尽くした。
「ωのくせに粋がるからだ。生理中でイライラしてたのかもしれんが、だからと言って男に逆らっちゃいかんなぁwww」
僕はついに血で濡れた床の上にうずくまった。股間を激痛が駆け抜け、小刻みに震える僕の瞳から次々と涙のしずくがこぼれ落ちる。
「お前の股間から流れ落ちる血をよく見るんだ。それこそ産む機械として生まれてきた者の証だ。月々の生理に苦しみながら、身も心も男に捧げる以外に人生の選択肢などないということを早く悟ることだなwww」
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「使用済みナプキンを舐めるのはオレの夢だったんだ! うぉ~、産む機械の味がするぜwww」
男は使用済みナプキンを舌で舐めまわすと、そのまま口に含んで噛み砕き、ごくんと飲み込んでしまった。
「オレとしたことが、あまりの美味しさに食べちまったぜ。それじゃ、そろそろ本番といこうかwww」
男はズボンのベルトを外すと、隆々とそそり勃ったペニスを取り出した。その赤黒い凶器を目にして、僕の顔がたちまち青ざめる。
「お願いします! どうかそれだけは許してください! 痛いんです、今も死ぬほど痛いのッ! だから……」
男に蹴られた僕の股間は真っ赤に腫れ上がって、今も激痛を放っている。そんなところへペニスを挿入されたらどうなるのか考えただけで背筋が凍りつく。
「お願いです。ほかのことなら何でもします。どこを使われても決して逆らいません。だから、どうかそこに挿れるのだけは……」
「そうか、そんなに痛いのか。だったら一刻も早くブチ込んで、気持ちよくしてやるからなwww」
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泣き叫びながら狂ったように暴れる僕を力ずくで押さえつけ、懸命に閉じようとする膝を無理やり割った次の瞬間、男の身体が天高く舞い上がった。
宙に舞う男の身体にエレンくんのストレート、中断前蹴り、フック、アッパー、そして下段、中断、上段まわし蹴りが炸裂する。
怒涛の連続攻撃を食らった男は一瞬にして意識が吹っ飛び、ドサッと床にくずおれる。
「奏、しっかりしろ! 血だらけじゃねえか! すぐに救急車を呼んでやるからな」
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(Dom/Sub+Ωバース ※独自解釈)
本編とその後の番外編の2本です。
溺愛/執着/命令/支配/発情/フェロモン/♡喘ぎ/スパンキング/異物挿入/子作り/産卵(微)/男性妊娠
緋色の魔王(α)と暴君王子(α)の寵愛は愛に飢えた僕(Ω)を離してくれない
はぁて
BL
『Ωに生まれてきてよかった』ある目的のために阿月を召喚した魔王(α)と天上の国の暴君王子(α)からの寵愛に戸惑う(Ω)
新見 阿月(23)Ω は、ペットショップの本部にて、オメガ雇用のアルバイトとして働いている。オメガの特徴である発情期などは、1週間のオメガ有給をとれる会社で働いていたのだが……同じ部署の責任者の早川から理不尽な叱責を受けたり、ストレス発散のサンドバッグにされたことが原因で、人生に絶望しオフィスビルの22階から飛び降りた。
しかし、目を覚ますと暗闇から男の声。
『待っていたよ』
その声の主は、魔王ジス。ジスの側近であるライアによると、阿月は魔王の召喚によってこの異世界に召喚されたのだと知る。
魔王(α)と皆から畏れられながらも、阿月にだけ静かな優しさを見せるジスに、凍りついた心が溶けていくのを感じる阿月。
阿月を召喚させた魔王ジスの思惑は……
「そなたには天上の国のフォリーヌ王国のシュカ王子の世継ぎを産み、その子を冥界に連れ帰ってほしい」
天上の国にあるフォリーヌ王国のシュカ王子は暴君王子と有名で、冥界にいる死者からの嘆きの声も多い。
・冥界で魔王ジス(α)との悲哀の恋を選ぶのか
・天上の国の暴君王子シュカ(α)と運命の恋を選ぶのか
魔王(α)と暴君王子(α)から求められ、どちらを愛するべきかに戸惑う青年(Ω)の異世界で2回目の幸せな人生を歩む旅を描く物語。
🩵🤍
こちらの表紙絵は七節エカ様(@ek3yff)に有償依頼をして描いて頂きました。
この度は素敵な表紙絵をありがとうございます!
※オメガバースの世界観をベースにしております。妊娠・出産の描写があります。
※行為のページにはタイトルに「※」を付けています。
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