ぽっちゃり童貞の俺、ガチムチスパダリに変身してかわいい上司(男)をお嫁さんにする〜一緒に生活するダイエットから目指す新婚生活〜

あさ田ぱん

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17.チートデイ

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「きゃーっ! ユリアン王子様ぁーっ!」

 今日もだと思った。オレは、自身に向けられる黄色い歓声に、ため息をつく。

 決して、わずらわしいという意味ではない。
 賞賛してくれるのはありがたいし、気分も悪くなかった。
 だが、自身の魅力など、王国の第一王子という肩書きだけだ。

 自分なんかより素晴らしい人々は、もっと他にいるだろうに。
 たとえば、目の前にいる二人組とか。

「ユリアン・バルシュミーデ王子、ゴキゲン麗しゅう」

「こんな朝早くに王子と出会えるなんて、なんと運のいいことなのでしょう!」

 二人組の女子生徒が、手を繋ぎながらあいさつをしてきた。

「ええ、ごきげんよう。けれど」

 オレは、二人に視線を移す。

「お二人の方が、余には尊き百合の花に見えますぞ」

 最大級の賛辞を、二輪の花に送る。

「まあ、もったいなきお言葉!」

「王子のお妃となられるお方を差し置いて、そんなお言葉を書けてくださるなんて、恐れ多いですわ」

 二人は、こちらの褒め言葉を素直に聞き入れない。
 世辞だと思っている。

「お二人は、親しい間柄なのかね?」

 聞くと、二人はうなずいた。

「はい、幼なじみです!」

「子どもの頃から、ずっと一緒ですわ!」

 互いを向き合う二人は、手を強く握り合う。
 その目には、もうオレは映っていない。

 それでいいのだ! ああもうすごくいいよ! たまんない!

「ケンカもするけど、すぐ仲直り!」

「そうですわよね? 髪留めもお揃いなのですわ!」

 言って、二人とも左右それぞれに同じ髪留めをしている。
 一つは赤く、一つは青かった。二つ合わせて尊い色だ。

 あら~っ、助かるぅ! 朝からいいモノ見たわ~。

「王子、どうなさいまして」

 声をかけられてようやく、自分が虚空を見上げてヨダレを垂らしていると気づく。

 いかんいかん。オレは一国の王子、醜態を晒すわけには。

「コホン。そうだ。いい物を見せてくれたお礼に、コレを」

 妄想をごまかすため、懐をまさぐった。お、あったぞ。

「これは?」

 二枚の半券を渡すと、少女たちは問いかけてきた。

「学食の食券ですぞ。お二方、これでコーヒーでも飲んでください」

「え、そんな。タダで受け取れません」

 申し訳なく思ってか、少女は食券を返してくる。

 その手を、オレはそっと受け止めた。

「これは、余の気持ちなのです。二人の友情に、余は痛く感動しました。二人の明日に、幸多からんんことを」

 言い残し、オレはその場を立ち去る。

 ああ尊い。セットでアイテムを共有するとか、助かるわ~。

「お見事ですわね、ユリアン・バルシュミーデ王子」

 絵に描いたような金髪碧眼の清楚な女子生徒が、オレの前に立って微笑む。

「これはこれは、聖ソフィ殿」

 聖ソフィ・ル・ヴェリエ。ヴェリエ侯爵の第一王女である。

「まさか、私以外の方にも、ツバを付けていらっしゃるの?」

「オレがいつ、キミにツバを付けたって?」

 極めてどっちらけな口調で、オレは返す。

 普段は「余」なんて仰々しく話すが、親しい人とは砕けて会話するのだ。

「まあっ。未来の嫁候補に向かって、そんな口の利き方をなさいますの?」

 彼女は、というか彼女の両親と我が国王は、オレとソフィをくっつけたがっている。
 かたや王家。かたや農場や商業を統括する有力者。
 結束力を高めたいのだ。

「バカバカしい。オレはキミとの結婚なんて、まっぴらゴメンだ」

 それに、相手にとっても失礼だろう。

「オレなんかより、ずっと素晴らしい方と結ばれるべきだ。たとえば……」

「もう聞き飽きました。でもいつか、わたくしに振り向いていただきます」

 ソフィが、勝利宣言とも取れるセリフをのたまう。

「ご冗談を。王子の心を射止めるのは、このわたくしですわ!」

 ゆるふわな真っ黒い髪を高めのポニーテールにした少女が、取り巻きを連れて現れた。今にも高笑いしそうだ。

「おはようございます。ツンディーリア・デ・ミケーリ様」

「ソフィさまも、ごきげんうるわしゅう」

 二人はいかにもな、かしこまったあいさつを交わす。
 が、オレには二人の間に、バチバチという火花が見えた。

 聖ソフィに対抗心を燃やすのは、隣国から留学してきた王女ツンディーリアである。頭に小さく、黒い二本の角が見えた。彼女は、ドラゴンの血を引いているのだ。

「相変わらず、清楚なフリをしてプロポーズなさるのね。殿方は、少しは毒のある方がよろしくてよ」
 ツンディーリアが先制パンチを出す。

「あらぁ? 毒とトゲの違いもわからないのですわね?」

 始まったな。

「二人ともよさないか。ケンカをするのはキライだぞ」

 オレが間に割って入り、制止する。

「魔法使うのも禁止。ホラ、窓も割れかけているじゃないか」

 カタカタと鳴る窓に、オレは手を添えた。
 ガラスに入ったヒビを、魔法を唱えて直す。

「王子がおっしゃるなら」

「ですが、どちらが相応しいかは一目瞭然ですわ」

 ツンディーリアは、隣のクラスへ帰って行く。

 その背中を、ソフィは切なそうに見送っているように、オレには思えた。

 一連のやりとりも、オレには二人が単にじゃれているような気がしてならない。オレなど関係なく。

「この二人がくっつけばいいのに」

 オレは、ずっと思っている。

「なにかおっしゃいましたか、王子?」

「いや、別に。二人の仲がもっとよくなれば、と願っただけだ」

 心の声が、漏れ出てしまっていたか。うかつな。

「その可能性は、限りなくゼロです」

「ですわ。なんといっても我々は、王子の花嫁候補ですもの」

 ソフィもツンディーリアも、譲らない。
   
 でも、二人が惹かれ合っているのはわかるぞ。


 だって、オレは「百合おじ」だからだ。
 いわゆる百合大好き王子である。
 
 といっても、「百合の間に挟まりたい」などと言う歪んだ欲求はない。

 その様な輩を嫌う。たとえば、

「おーっす」

 仲が良さそうにしている女子二人の一人に、男子生徒が肩を組む。

 組まれた相手は女子と親しくしようとしているが、男子に遮られて会話ができない。

 む! 反百合センサー反応!

 さりげなく、男子生徒の手をどかす。

「キミ、もうすぐ授業が始まる。席に着きたまえ」

「なんです、王子? うらやましいのですか?」

 男子生徒は、ちっとも悪びれた様子がない。自分がこの女子達に好かれていると思っている様子だ。

 嘆かわしい、実に。

 一方、女子生徒は手を取り合って、男子の枠を塞ぐ。

 わかっておりますぞ、乙女殿。

「デリカシーがありませんね、キミは。おそらく彼女たちは、キミら男子には知られたくないお話をしていたのですよ。例えば恋バナとか。あるいは、とある男子生徒の悪口とか」

 あえて察してもらえるように、男子生徒に告げる。

 決まりが悪くなった男子生徒は、女生徒二人から席を離れた。

 オレも自分の席へ向かう。

 小さく「ありがとうございます」という声が、背後から聞こえた。

 が、オレはあえて無視する。

 ここで受け答えすれば、変な恩を抱かせてしまう。
 あくまでも偶然を装うのだ。遺恨も残したくないしな。

 百合の間に、男子必要なし!
 これこそ、百合王子のプライドだった。




 全ての授業が終わり、コーヒーでも飲もうとバラ園へ。

「あ~。今日もいい百合を見たなぁ。明日も楽しめるだろ……ん?」

 いつも誰もいないバラ園に、誰かがいる。

「声を出してはダメだろ?」

「人が来ますわ」

 ヒソヒソ話が、一番大きな花壇の向こうから聞こえてきた。

 ゆっくりと、声のする方へ向かう。
 オレの足を、好奇心が突き動かす。
 どうにも、聞き覚えのある声だったからだ。

 あれは、ツンディーリアではないか。
 ショートカットの美男子に、言い寄られていた。

 それにしても、あんな男子生徒いたっけ?
 いや、オレの百合センサーが暴れている。

 あれは変装、つまりフェイクだ!

 髪が妙に膨らんでいて、不自然だった。
 腰回りも、少年というより美少女に相応しい。言うなれば、男装の麗人だ。声も女っぽい。

 オレの目をごまかせると思うなよ!

「人が来たからなんだって。ボクは構うもんか。キミが挑発してくるからだろ?」

「だって、あなたは毎回王子と楽しく語らっていますもの! 邪魔したくもなりますわ!」

 ツンディーリアが言うと、麗人は指でツンディーリアにアゴクイした。

 アゴクイだ! 生アゴクイ初めて見た! アゴクイィィィィ!

「いいかい。ボクはキミだけを見ている。ツンディーリア」

「ああ、愛しています。ソフィ」

 ソフィだと!?

 動揺して、オレは茨を踏んでしまった。

「いってえええ!」

 オレが絶叫すると、二人の視線がこっちを見る。

 同時に、ソフィのカツラが落ちて、金髪が夕焼けに流れた。

「王子! どうしてここが!」

 相当焦っているのか、ソフィは少年ボイスが抜けていない。

「ユリアン様、このことは……」

 ソフィがツンディーリアをかばう。

 オレは咳払いをして、ベンチに腰掛ける。

「構わん、続けたまえ」

「余計やりづらいわ!」
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