不遇な孤児でβと診断されたけどαの美形騎士と運命の恋に落ちる

あさ田ぱん

文字の大きさ
上 下
49 / 51
四章

49.新しい生活

しおりを挟む
 俺たちは無事、ルナール公国に到着したのだが、ローレンはルナール公国には留まらないという決断をした。
 ルナール公国はオランレリアと国交があるというのがその理由だ。執念深いフィリップを警戒したローレンは更に北の国、オランレリアとは国交のないソアニア王国までへ行くことを決めた。
 
 
 あの日、丸腰で運河を渡った俺たちの手持ち資金はローレンがお守りで持っていたオランレリアの金貨一枚だけ。しかしそれがルナール公国の通貨と高値で交換できたので、俺たちは直ぐにソアニア王国へと出発した。
 ルナール公国は事前の評判通り、外国人が多くいろいろな人種の坩堝。『観光客だ』といえば特に不法入国を疑われることもなく、三か月かけてルナール公国経由でソアニア王国へ入り、俺とローレンは亡命の申請を行った。その後無事、亡命が受理され戸籍を得るとともに、俺たちは正式に夫夫となった。

 亡命の手続きの際、ローレンはアルファだと申告したことで、直ぐにいろいろな仕事の斡旋があった。ローレンは一番条件が良かった、高名な侯爵家の私兵として働き始めた。
 一方俺はソアニア王国の言葉がわからず、ローレンに養われるだけの心苦しい状態が続いた。ソアニア王国の言語はルナール公国とほぼ同じ。ローレンは王都の学校で学んでいたことに加え、ルナール公国へ渡る準備をしていたため、ほぼ問題なく使いこなせている。
 ローレンは十四の頃と同じように俺に、丁寧に言葉を教えてくれた。時には絵本を見ながら、文字や絵を描いて…。二人の時間は穏やかに楽しく過ぎて行った。

 ソアニア王国に入国して約一年が過ぎた頃、日常生活には困らない会話ができるようになったことで、俺はついに働きにでることにした。

 ローレンが働いている侯爵家の嫡男エドワルド・フロマの伝手で画家ギルドを紹介してもらい、試験にも合格して無事、採用された。アロワに三年間、基礎を叩きこまれた甲斐があった…。アロワとはいろいろあったけど、やはりアロワの下で勉強して良かった、と、俺は改めてアロワに感謝した。
 
 ソアニア王国の教会はオランレリアの教会とは異なり、ステンドクラスを使用せず、壁を荘厳な宗教画で飾る。俺が所属したのは、その教会内の絵画を作成・補修するギルドだ。大きな壁画を修復する作業は体力を使う、大変な仕事だったが、やりがいを感じている。
 

「ノア、また夕方迎えに来るから…。少し遅れるかもしれないけど待っていて。」
「うん。分かった。」
 今の仕事場の、教会の前で別れ際、ローレンは俺を抱きしめた。

「ロ、ローレン…!」
「先に帰らないこと… 」
「うん 」
 俺が返事をするとローレンはようやく満足したのか俺の拘束を解く。
 ローレンは俺を仕事場まで送り、帰りも迎えに来るのだが、最近、それが職場で噂になってしまった。しかも別れ際、ローレンが俺を抱きしめたりするので、余計揶揄われて、少し恥ずかしい。
 俺はローレンの後ろ姿を見ながら、赤くなった。揶揄われるのは恥ずかしいけど、抱きしめられるのは嬉しくもあるから、拒み切れなくて困っている。

「なんとまぁ…!今日も真夏のような暑さだこと~。まだ春よ?羨ましいわあ 」

 揶揄い交じりに俺に声を掛けたのは、画家ギルドの紅一点、コルネ。コルネには毎日、揶揄われてしまっている…。

「あ、いやその… 」
「いいのよ、いいのよ。男だらけで体力勝負の画家ギルドに、こんな華奢な奥方を働かせるのは、ローレン様はさぞ不安でしょう。始め、すごく嫌がって辞めさせようとしていたものね?」
 …そうなのだ。ローレンは『画家ギルド』というから、座って作業できると思っていたらしい。実際は梯子に上って壁に絵を描く。危険と言えば危険な作業で当初は俺を辞めさせようと画策していた。今は何とか、納得してくれたのだが…。

「ノア!おはよう!」
「あ、おはようございます。エドワルド様!」
 教会につくと、俺を絵画ギルドに紹介したエドワルド・フロマが顔を出した。手に大量の果物をもっている。
「これ、ノアに差し入れ!領民から大量に貰った果物なんだ…。少し時期が早いけど、甘くて、美味しいんだよ 」
「ありがとうございます。みんなでいただきます 」
「いいよ、他の連中は…。ノアは細いからちゃんと食べなさい。…ん?あれ?ノア、ちょっと顔が赤くないか…?」
「エドワルド様―!ノアの顔が赤いのは、さっきまで旦那様といちゃついてたからですよ!」
「コルネ…!エドワルド様になんてこと…!」
 恥ずかしいことをエドワルドに告げ口されて、俺が怒ってもコルネはちっとも悪びれない。
「だってホントだもの~!」
「ご、ごほっ!まあいい、ノア、ちゃんと食べなさい。それとこれ 」
 エドワルドは咳払いすると、果物と、封筒を俺に手渡した。
「ノア!今日は給料日だから持ってきてやった。ギルドはお前の家からはちょっと遠いからな!」
 渡された袋には、ソアニア王国の通貨である紙幣が入っていた。ああ、今日は待ちに待った給料日だ!
「ありがとうございます!」
 俺が笑顔でお礼を言うと、エドワルドは俺の頭を撫でてから教会を出て行った。


「エドワルド様ったら~!ノアはローレン様の妻だって知っている癖に!気を付けなさい!アルファって自信家だから…嫌ね~!」
「はあ… 」
 コルネに気のない返事をしたあと、そっと顔に手を当ててみる。確かに顔、熱いかもしれない…さっきローレンに抱きしめられたからだ。絶対…。

  昨日は安息日だったから、本来ならこの国では教会の礼拝に行くのだがローレンは信仰が違うと言って、昨日、礼拝にはいかなかった。一日中、二人で寝室にこもって…抱き合っていた。
 ローレンは数か月に一度、発情期ラットが来る。昨日はそれだったらしい。とにかく、離してもらえなかった…。何度も、抱き合って…。思い出すとまた顔が熱くなる。

 以前、ローレンは発情期ラットが来ると強い薬を飲んでいたのだが、ルナール同様、ソアニアもオメガやアルファ向けの薬が発達していて、ローレンの薬も穏やかなものになった。
 この国は第二性についてかなり進歩的な考え方をしていて、オメガの、発情期の休暇が国により認められている。そのため発情期にアルファと意図せず出くわしてしまうという事故がほぼないらしい。だからローレンも安息日が近ければ薬無しでやり過ごしている。昨日みたいに…。

「ローレン様が警戒すべきはエドワルド様であって、私じゃないのよ!今もノアにだけ給料を持ってくるなんて…!ローレン様にちゃんと言っておいてね?」
 コルネはエドワルドから貰った果物を齧りながら俺を指さす。
「ええと、何て?」
「先日、ローレン様にわたし、注意されたの!ノアと距離が近すぎる…って。怖かったわー!私なんて無害なのに…!悲しいわあ~!ローレン様に嫌われるなんて!」
「え…?ローレンがそんなこと…?!す、すみません 」
「ノア、真面目に謝らなくていいのよ!面白がってるだけだから!」
 コルネは声を出して笑っている。コルネに嫌な思いをさせていないのなら良かった。

「あの、コルネ…。申し訳ないのですが一つ、お願いしてもいいですか?」
「何?お金ならないわよ?」
「違います!買いたいものがあって、仕事が終わったら街へ行ってきます。ローレンが迎えに来るまでには教会に戻るつもりなのですが… 」
「わかったわ。私は少し、教会に残っているから…もしローレン様が先に来たら言っておく。でも一人で大丈夫?ローレン様、心配するんじゃない?」
「でもローレンを待っていると、店が閉まってしまうから… 」
 コルネは心配そうな顔をしたが、俺は男だし、大丈夫。そう言って仕事が終わった後、給料袋を握りしめて、街へと走った。
 
 俺が向かったのは、典礼用品を扱う店。

 オランレリアでは十歳の記念に親から礼拝で使うロザリオを貰う。それを結婚するときに、相手と交換するのだが…。俺は孤児で、親からロザリオを貰っておらず、借金もありずっとローレンにロザリオを渡せていなかった。
 ようやく親の借金から解放され、画家ギルドで働き始めたことで、ロザリオを注文出来た。こつこつ貯めた給料を前金として支払い、今日、給料が出たら残りを支払ってロザリオを受け取る予定になっている。

 俺は店に駆け込んで残金を店主に支払い、ロザリオを受け取った。俺の瞳の色。ダークブラウンの小さな貴石を嵌めたロザリオ…。
 俺はローレンにロザリオを渡すところを想像して、胸が熱くなった。やっとだ…やっと、自分の力で手に入れた…。
 
 ローレンを想って熱くなった胸に手を当てると、心臓がどくん、と大きく波打つ。なんだ…?俺は今まで感じたことがない感覚に襲われた。動悸が激しくなって、胸が苦しい。

 早く教会に戻らなければ、ローレンが心配する…そう思っていたのに、俺はしゃがみ込んで動けなくなってしまった。
 店主が俺を呼ぶ声が、遠ざかっていく。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

処理中です...