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四章
48.祭りの後(マリク視点)
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運河の上空に浮かぶ、無数のランタンは一瞬にして消し去られた。その強大な力をオランレリアが失ったと、いつか嘆く日が来るだろう……。
俺はエヴラール辺境伯邸のバルコニーから星あかりだけになった夜空を見上げながら、確かにそう、予感していた。
「動けるか?」
男は静かに頷いた。
俺はクローゼットからノアを襲った男…ノアの絵の師匠だというアロワ・デムランを立たせて連れ出すと、エヴラール辺境伯…父に報告するように伝えて侍従に引き渡した。
アロワを引き渡した後、ランタンの消えた運河へ向かう。
俺が運河の船着場に着くとちょうど、ジェイドとフィリップが小船から降りたところに出会した。
俺は二人に何と声を掛けて良いのか迷った。フィリップは恐ろしく、暗い顔をしている。
「おいマリク。二人は運河を渡った…。船を出せ、追うぞ 」
「殿下、それはできません 」
「何…?」
「殿下、私はこれまでのことを、父に話すつもりです。薬のこと、試合での不正のこと……。貴方に唆されたとはいえ、決して許されることではありません。それを償うまで、私は一歩も動けない 」
「エヴラール辺境伯家が王家に逆らうことになったとしても、いいと言うのか?」
「正しく無いことを是とするのが王家だと仰るなら…そうなるかもしれません 」
俺が言い切ると、フィリップは舌打ちした。乱暴に髪を掻き上げると、俺に向かってくる。
「オメガの分際で私に逆らうのか…!?」
「オメガの分際で?!はぁ……っ。アルファがそんなに偉いのですか?!」
俺は反射的にフィリップに言い返していた。オメガの分際で…なんて聞き飽きたし、診断を受けるまで俺も思っていたことだ。しかし今はそんな差別心に、嫌気がさしている。
「フィリップ殿下…アルファ以外が劣っているなんて…、私はそう思わない!オメガの私だって王都の学校を自力で卒業し、魔力だって多いんだ!」
俺がそう言い切ると、フィリップは目を瞬いた。そして下を向いて、小さく笑うと何も言わずに、俺の脇をすり抜けて行く。
「殿下、どちらへ?」
「俺は、ノアを探す 」
「ノアを…?何故?」
フィリップはローレンに執着していると思っていたのだが…何故、ノアを?
「…あいつは私の、唯一… 」
「…え…?」
私の、唯一?何だそれ、好きってこと?そう言えば、夜会の時もフィリップはノアを誘っていた。今回、俺とローレンを番にすると言いながら…実はノアを自分のものにしたかったとか?
フィリップはそのまま、行ってしまった。どうやら迎えが来たようだ。俺は馬車に乗り込むフィリップをジェイドと共に見送った。
「フィリップ殿下はノアを探すと言っていたが…。どういうことだろう?」
「さぁ…… 」
ジェイドは目を細めて「似てしまうのかなぁ」と、呟いた。似てしまう?何故?
フィリップが見えなくなるとジェイドは俺に向き直り、真剣な顔をした。
「マリク様…。ご自身のしたこと、エヴラール辺境伯にご報告頂けますか?…マリク様が倒れた後、エヴラール辺境伯のご指示で薬のこと、調べておりましたが…貴方から真実を伝えるべきでしょう 」
ジェイドの問いかけに、俺は頷いて、運河を後にした。
あれから一年、俺は父上について領の運営を勉強している。法律、税…学ぶことは多岐に渡る。
執務室で資料を読んでいると、ノックもせずに扉が開き騒々しい足音と共に男が一人、部屋に飛び込んできた。
「マリク様~!どうかお願いいたします。次期辺境伯のマリク様にしかできないお願いなのです!」
その男…いや、まだ『男の子』であるルカ・エドガーは俺に本を手渡し、頭を下げた。ルカは騎士団長の息子だ。父親について出入りしているうちに、俺の執務室まで勝手に入ってくるようになった。兄とは違い、随分と人懐こい。
俺はルカに手渡された本の頁を渋々、捲る。
「何だよこれ、きったねえ字だなあ!」
「汚くありません!」
それは安物の紙の束を紐で閉じただけの本のようなものだった。魔王を倒した王子はお姫様を救出するが、一緒に旅をしていた少年とまた旅に出てしまい、結ばれるという物語り。
「しかも何だ!メチャクチャな話だ!」
「ノアが描いた本なんです。すごく美しいでしょう?でも、紙とインクの質が悪くて…ほら、ここは消え掛かっている。なんとか治せませんか?」
ルカは大事そうに本を抱えて、悲しそうに目を潤ませている。ルカはノアのことが好きらしい…。将来結婚を約束した、とノアがローレンと消えて一年経った今もしつこく、ノアを思っている。いや、むしろ執着が増している気がする…。
ルカの執着を見ると、ローレンが俺のフェロモンに当てられたのに足を刺してまで拒んだことを思い出す。なんだろう…、血だろうか…?よく考えたらちょっと怖いもん、良かった~アイツと番にならなくて!
俺は少しほっとしていた。
あの騎士祭りの後、俺は父に全てを告白し罰として数ヶ月間、謹慎した。そして改めて反省と自分を見つめ直し、再起を誓った。
まずは体調を整えるため、薬の開発が進んでいるルナール公国との取引を増やし薬の充実を図った。色々な薬の中から身体に合うもの、魔力の減少がすくないものが見つかり、発情期を恐れずに生活できるようになった。
合う薬が見つかって発情期が楽になってからは、苦しんだ日々が嘘のように精神的にも安定した。
もっと早く行動していれば、友人を失わなかったのかも知れない。それは今となってはわからないことだが…。
失う物もあれば得たものもあった。
ルナール公国との取引が増え貿易が潤うと、領は好景気に沸き、働き手が不足した事でオメガや女性の働く場も増えていった。
さすが、エヴラール辺境伯の嫡男、いい仕事をしたんじゃないか?俺?
俺がそんなことを考えて悦に浸っていると、ルカがまた騒ぎ出した。
「マリク様、魔法を掛けてください!これ以上消えないように…!」
「消えないように…?」
消えないようにするなら、この本をアロワに描かせ、本にして売るのはどうだ?アロワはあれ以来引き篭もっているからいい清涼剤になるかも知れない。
アロワはあの時、ノアを襲ったのではなく、結婚を申し込んでいたらしい。それでその件は無罪となったのだが、失恋の気落ちからずっと塞ぎ込んでいる。あのまま塞ぎ込んで、気が触れておかしな事をされても困る。予め悪の芽は摘んでおこう…。
「ルカ…人々の心に焼き付ければ、ずっと消えないぞ?」
ポカンとするルカを連れて、俺は自分の執務室を出た。
「マリク様!」
執務室を出ると、ジェイドが走ってやって来た。ルカを迎えにきた…?しかし少し、慌てている。
「ジェイド!ルカを迎えに…?」
「いえ……違います。本日、宮廷から知らせがありまして…それをお伝えしなければと 」
「宮廷から、何の知らせだ?即位二十年の祝賀会について?それとも… 」
陛下の即位二十年…たぶんそれと同時にフィリップの立太子式もあるはずだが……。
「それが、全て延期にするとの連絡です。どうやら、フィリップ殿下が行方知れずになっておられるようで… 」
「殿下が…?」
立太子を前に、行方不明に?
それを聞いて直ぐに、あの日のフィリップの言葉が脳裏を過った。
「まさか、ノアを…?」
ジェイドはわからない、何も情報がないと首を振る。
ノア、と口にした事で、不安に思ったのかルカは俺の手を握った。
「大丈夫。ノアは…国境は俺が守る 」
フィリップに国境は越えさせない…。
不安がるルカに、出来るだけ力強く言って微笑んだ。
そうだ。国境はこの、エヴラール辺境伯家…俺が守る。
もうアルファでないことを嘆くだけの日々は終わった。俺はマリク・エヴラールとして、この領を守って生きていく。
だから安心しろ、ノア…。
でもいつか…運河に浮かぶランタンを見上げないか?たまには友人と見てもいいだろう…?約束、しておけば良かったな…。
俺はもう一度微笑んで、ルカの手を握り返した。
俺はエヴラール辺境伯邸のバルコニーから星あかりだけになった夜空を見上げながら、確かにそう、予感していた。
「動けるか?」
男は静かに頷いた。
俺はクローゼットからノアを襲った男…ノアの絵の師匠だというアロワ・デムランを立たせて連れ出すと、エヴラール辺境伯…父に報告するように伝えて侍従に引き渡した。
アロワを引き渡した後、ランタンの消えた運河へ向かう。
俺が運河の船着場に着くとちょうど、ジェイドとフィリップが小船から降りたところに出会した。
俺は二人に何と声を掛けて良いのか迷った。フィリップは恐ろしく、暗い顔をしている。
「おいマリク。二人は運河を渡った…。船を出せ、追うぞ 」
「殿下、それはできません 」
「何…?」
「殿下、私はこれまでのことを、父に話すつもりです。薬のこと、試合での不正のこと……。貴方に唆されたとはいえ、決して許されることではありません。それを償うまで、私は一歩も動けない 」
「エヴラール辺境伯家が王家に逆らうことになったとしても、いいと言うのか?」
「正しく無いことを是とするのが王家だと仰るなら…そうなるかもしれません 」
俺が言い切ると、フィリップは舌打ちした。乱暴に髪を掻き上げると、俺に向かってくる。
「オメガの分際で私に逆らうのか…!?」
「オメガの分際で?!はぁ……っ。アルファがそんなに偉いのですか?!」
俺は反射的にフィリップに言い返していた。オメガの分際で…なんて聞き飽きたし、診断を受けるまで俺も思っていたことだ。しかし今はそんな差別心に、嫌気がさしている。
「フィリップ殿下…アルファ以外が劣っているなんて…、私はそう思わない!オメガの私だって王都の学校を自力で卒業し、魔力だって多いんだ!」
俺がそう言い切ると、フィリップは目を瞬いた。そして下を向いて、小さく笑うと何も言わずに、俺の脇をすり抜けて行く。
「殿下、どちらへ?」
「俺は、ノアを探す 」
「ノアを…?何故?」
フィリップはローレンに執着していると思っていたのだが…何故、ノアを?
「…あいつは私の、唯一… 」
「…え…?」
私の、唯一?何だそれ、好きってこと?そう言えば、夜会の時もフィリップはノアを誘っていた。今回、俺とローレンを番にすると言いながら…実はノアを自分のものにしたかったとか?
フィリップはそのまま、行ってしまった。どうやら迎えが来たようだ。俺は馬車に乗り込むフィリップをジェイドと共に見送った。
「フィリップ殿下はノアを探すと言っていたが…。どういうことだろう?」
「さぁ…… 」
ジェイドは目を細めて「似てしまうのかなぁ」と、呟いた。似てしまう?何故?
フィリップが見えなくなるとジェイドは俺に向き直り、真剣な顔をした。
「マリク様…。ご自身のしたこと、エヴラール辺境伯にご報告頂けますか?…マリク様が倒れた後、エヴラール辺境伯のご指示で薬のこと、調べておりましたが…貴方から真実を伝えるべきでしょう 」
ジェイドの問いかけに、俺は頷いて、運河を後にした。
あれから一年、俺は父上について領の運営を勉強している。法律、税…学ぶことは多岐に渡る。
執務室で資料を読んでいると、ノックもせずに扉が開き騒々しい足音と共に男が一人、部屋に飛び込んできた。
「マリク様~!どうかお願いいたします。次期辺境伯のマリク様にしかできないお願いなのです!」
その男…いや、まだ『男の子』であるルカ・エドガーは俺に本を手渡し、頭を下げた。ルカは騎士団長の息子だ。父親について出入りしているうちに、俺の執務室まで勝手に入ってくるようになった。兄とは違い、随分と人懐こい。
俺はルカに手渡された本の頁を渋々、捲る。
「何だよこれ、きったねえ字だなあ!」
「汚くありません!」
それは安物の紙の束を紐で閉じただけの本のようなものだった。魔王を倒した王子はお姫様を救出するが、一緒に旅をしていた少年とまた旅に出てしまい、結ばれるという物語り。
「しかも何だ!メチャクチャな話だ!」
「ノアが描いた本なんです。すごく美しいでしょう?でも、紙とインクの質が悪くて…ほら、ここは消え掛かっている。なんとか治せませんか?」
ルカは大事そうに本を抱えて、悲しそうに目を潤ませている。ルカはノアのことが好きらしい…。将来結婚を約束した、とノアがローレンと消えて一年経った今もしつこく、ノアを思っている。いや、むしろ執着が増している気がする…。
ルカの執着を見ると、ローレンが俺のフェロモンに当てられたのに足を刺してまで拒んだことを思い出す。なんだろう…、血だろうか…?よく考えたらちょっと怖いもん、良かった~アイツと番にならなくて!
俺は少しほっとしていた。
あの騎士祭りの後、俺は父に全てを告白し罰として数ヶ月間、謹慎した。そして改めて反省と自分を見つめ直し、再起を誓った。
まずは体調を整えるため、薬の開発が進んでいるルナール公国との取引を増やし薬の充実を図った。色々な薬の中から身体に合うもの、魔力の減少がすくないものが見つかり、発情期を恐れずに生活できるようになった。
合う薬が見つかって発情期が楽になってからは、苦しんだ日々が嘘のように精神的にも安定した。
もっと早く行動していれば、友人を失わなかったのかも知れない。それは今となってはわからないことだが…。
失う物もあれば得たものもあった。
ルナール公国との取引が増え貿易が潤うと、領は好景気に沸き、働き手が不足した事でオメガや女性の働く場も増えていった。
さすが、エヴラール辺境伯の嫡男、いい仕事をしたんじゃないか?俺?
俺がそんなことを考えて悦に浸っていると、ルカがまた騒ぎ出した。
「マリク様、魔法を掛けてください!これ以上消えないように…!」
「消えないように…?」
消えないようにするなら、この本をアロワに描かせ、本にして売るのはどうだ?アロワはあれ以来引き篭もっているからいい清涼剤になるかも知れない。
アロワはあの時、ノアを襲ったのではなく、結婚を申し込んでいたらしい。それでその件は無罪となったのだが、失恋の気落ちからずっと塞ぎ込んでいる。あのまま塞ぎ込んで、気が触れておかしな事をされても困る。予め悪の芽は摘んでおこう…。
「ルカ…人々の心に焼き付ければ、ずっと消えないぞ?」
ポカンとするルカを連れて、俺は自分の執務室を出た。
「マリク様!」
執務室を出ると、ジェイドが走ってやって来た。ルカを迎えにきた…?しかし少し、慌てている。
「ジェイド!ルカを迎えに…?」
「いえ……違います。本日、宮廷から知らせがありまして…それをお伝えしなければと 」
「宮廷から、何の知らせだ?即位二十年の祝賀会について?それとも… 」
陛下の即位二十年…たぶんそれと同時にフィリップの立太子式もあるはずだが……。
「それが、全て延期にするとの連絡です。どうやら、フィリップ殿下が行方知れずになっておられるようで… 」
「殿下が…?」
立太子を前に、行方不明に?
それを聞いて直ぐに、あの日のフィリップの言葉が脳裏を過った。
「まさか、ノアを…?」
ジェイドはわからない、何も情報がないと首を振る。
ノア、と口にした事で、不安に思ったのかルカは俺の手を握った。
「大丈夫。ノアは…国境は俺が守る 」
フィリップに国境は越えさせない…。
不安がるルカに、出来るだけ力強く言って微笑んだ。
そうだ。国境はこの、エヴラール辺境伯家…俺が守る。
もうアルファでないことを嘆くだけの日々は終わった。俺はマリク・エヴラールとして、この領を守って生きていく。
だから安心しろ、ノア…。
でもいつか…運河に浮かぶランタンを見上げないか?たまには友人と見てもいいだろう…?約束、しておけば良かったな…。
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