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四章

44.騎士祭りの本戦②

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 決勝戦の場にローレンが現れると、会場からは一際大きな歓声が上がった。俺が試合を止めさせようとジタバタと暴れると、マリクではなく近くにいた男が「じっとしていろ!」と怒鳴り、拳を振り上げた。

「勝手なことをするな!」
 マリクはまた魔法を使い男を黙らせる。凄い威力……。
 そして俺に「お前も動くな!」と言ってマリクは俺の、声だけでなく体の自由も奪ってしまった。

「大人しく見ていろ 」
 
 試合場に現れたローレンは観客席を見回している。誰かを探しているようだが…俺の事だろうか?ローレンに早くフィリップが魔法を使うことを伝えなければ…!
 しかし動くことは叶わず、無情にも試合は始まってしまった。

 試合はすぐに激しい撃ち合いとなった。激しくぶつかり合う剣の音が耳をつんざく。ローレンはフィリップが何か仕掛けてくることを警戒したのか、大きく動きながら撃ち合い、出来るだけ距離をとっているように見えた。
 ジェイドの時と同様、ローレンが優勢だ。フィリップは防戦一方…。ローレンの早い動きに付いていけていない…。撃ち合った剣を防いだものの体勢を崩し、立て直そうとしたが、すでにローレンが迫っている。フィリップがまだ構えないうちに、ローレンは剣を振り下ろした。

 …勝った…!

「待てっ!!」

 フィリップが怒鳴ると、ローレンは既の所で振り下ろした剣を止めた。フィリップは何やら、ローレンの剣に物言いをつけている。第一王子のフィリップに逆らえず、審判達がローレンの剣を調べるため試合は一旦中断した。

 試合が中断すると、フィリップは手を上げた。それを見たマリクは俺の縄を掴み立ち上がる。

 合図だ…、まずい…!

 マリクは動けない俺にローブを目深に被せ、周囲にいた男たちに運ばせる。俺は男たちに引きずられるように、観客席の一番手前まで移動した。用意していたらしい椅子に座らせられると、マリクが隣に座り、俺のフードを取った。

 フィリップは俺を見て薄笑いを浮かべている。

 フィリップの視線でローレンも俺に気がつき、試合場にいるローレンと目が合った。

「ローレン…。やっと役者がそろった。さあ、再開しよう 」

 フィリップはローレンに向き直ると、剣を抜いた。ローレンも審判に返された剣を握り直す。

「…どういうつもりだ?」
「さあ……?自分で考えるんだな!」
 今度はフィリップが仕掛けた。
 ローレンは先ほどとは違い、防御しているだけ。俺の方をちらちらと見て、集中できないようだ。ローレン、俺のことはいい、集中してくれ…!そう叫びたかったが、出来ない。
 中断のあと防戦一方になっているローレンに観客たちの落胆の声が響く。しかし、こんなに大勢観客がいるのに誰も、俺が捕らえられていることには気が付かない。マリクを除いて…。

 マリクは血色の悪い顔でローレンを見つめていた。


 ローレンは防戦に徹しながらも、決して、負けてはいない。対してフィリップは息が上がってきている。

 業を煮やしたらしいフィリップは叫んだ。

「マリク!」

 マリクは黙って俺の髪を掴み後ろに引いた。頭を引かれた俺は顎が上がり、首が露になる。顔面蒼白のマリクは俺の露になった首元にナイフを突き立てた。

 途端に、ローレンの動きが悪くなる。

「ふはっ!魔法よりも効くな!」

  フィリップは笑うと、ローレンに剣を振り上げた。また一気に形勢が逆転してしまう。

 その様子を目の当たりにしたマリクの、ナイフを持つ手はぶるぶると震えていた。

「ノア…。俺はわからなくなってしまった。フィリップ殿下の甘言に乗って…ローレンと番になろうとしたけれど…それがローレンを苦しめている。ローレンを苦しめたい訳じゃない。それなのに先日も俺のせいで怪我をさせて、今日も危ない目に遭っている…。俺のせいで… 」
 先日…、ローレンが自分の太腿を刺したこと、俺が身を引かなかったせいだと悔やんだように、マリクも自分のせいで怪我をさせたと苦しんでいたらしい。
「マリク様… 」
 気がつくと、口がきけるようになっていた。マリクが動揺したからか、魔法がとけたようだ。
 しかしそれ以上、何と声をかけて良いか分からず、俺は沈黙した。

「俺は十四の頃からローレンが好きだった。ローレンの気持ちがノアにあると知っていても、発情して番になれれば何とかなるんじゃないかと、淡い期待を持ち続けていた 」
「……。」
「ノア!俺はお前を傷つけても構わないと思っていた…。ノアのせいで俺はローレンに相手にされず、十分傷ついたから…。好きな男に、好かれないという日々は、苦しかった。多少痛めつけても、この気持ちをお前も知ればいいと思っていた!でも…!今はもう、わからないんだ… 」
 マリクは遂に、涙を溢した。少しだけ手で涙を拭ったが、とめどなく溢れ出ている。

「だって俺はお前の事が…嫌いじゃない。ノアは、俺を再三助けてくれただろう…?オメガだと、俺を馬鹿にしたりしなかった…!」
 マリクは俺に抱きつくと、自分ごと、俺のローブを被った。
「ノア…俺は、どうしたら良い?もう、どうしたら良いか分からないんだ…苦しい。フィリップ殿下の言っていることがおかしいということは分かっている。でも薄い期待とお前への罪悪感で、動けなくなる…!」
「マリク様…泣かないでください。マリク様の気持ちは分かりました 」
 俺とマリクはローブの中で見つめあった。
「俺はずっと、マリク様を傷付けていた…。マリク様がローレンを好きだと知っていながら、ローレンも番を待った方が楽になれると知りながら…、身を引くことができなかった… 」

 マリクと俺は同じことで苦しんでいた…。
 俺が涙を流すと、マリクは俺の頭を優しく撫でる。

「そうだ、ノア、お前なぁ……、なかなかしぶとかった!」
「マリク様…!それはマリク様のことでは…?!」

 俺たちは泣きながら、少しだけ笑った。
 
「……マリク様、フィリップ殿下はローレンを…。このままでは、ローレンは危険です…。それはマリク様の本意ではないでしょう?」
 俺が笑みを消して、真剣にマリクに訴えると、マリクも頷く。

「マリク様。どうしたら良いかわからないなら私と一緒に、ローレンを助けませんか?俺は、好きな人には笑っていて欲しい。マリク様は…?」
「…そうだな… 」

  マリクはローブの中で、俺に頑丈そうなブレスレットを手渡した。


「俺たち…友達になれるかな…?ローレンを助けられたら…。いつか 」
「はい…。同じ人が好きなんだから、趣味が合うはずです!」
 俺の言葉にマリクはまた笑った。

「ノア、ここは俺が引き受ける。猫には鈴…。規則を破って魔法を使う奴には魔封じのブレスレットを!頼んだ!」
 マリクは魔法で縄を解くと、俺のローブを被って観客席の後方に走り出した。周囲の男たちは反射的に、走り出したマリクを追う。

 俺は反対に、観客席の最前列から勢いにまかせて柵を乗り越え、試合場へ飛び出した。

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