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四章
43.騎士祭りの本戦①
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「もう時間がない。いくぞ。」
マリクは俺が入っていたクローゼットにアロワを押し込むと、縄で縛られたままの俺を立ち上がらせ、縄を人目から隠すためローブを被せた。ローブから縄だけを出して掴むと、歩るくように俺の背中を押す。俺は今度は窓からではなく、出入り口の扉から外へ出た。
「何処へ行くのですか…?」
「決まっている。エヴラール家の訓練場…。騎士祭りの本戦だ 」
「本戦…!まさかマリク様、私をフィリップ殿下に?!」
「そうだ 」
俺はそれを聞いて青ざめた。マリクはまだ、フィリップが自分に協力してローレンと番にすると思っているのだろうが、フィリップはきっとそれさえ利用しようとしている…。
「マリク様お待ち下さい!フィリップ殿下の甘言に騙されないでください!フィリップ殿下は貴方を利用するだけで、ローレンとあなたを番にするつもりはありません!」
「煩いっ!黙っていろ…!」
マリクはまた魔法で俺を黙らせた。俺を縛った縄を持ったまま、騎士祭りの本戦が行われている訓練場に向かって歩いて行く。俺は再度、不安になった。マリクが魔法を使っているということは、今日も抑制剤を飲んでいないということ。先日の発情は薬を使ってのことだが、今日また薬を使って発情してしまったら…あれはほぼ毒薬、ローレンだけでなくマリクの身体も持たないだろう。
二人が番になることでローレンが無事でいられるのなら、それでいいのだが…。ただ…昨日のフィリップの様子をみれば、フィリップにはそのつもりがないと分かる。発情という前後不覚の状況を利用してローレンに危害を加えるかもしれない。それが何より恐ろしい。
加えてフィリップは俺を人質にするつもりなのだ。だから、会場に行くのはまずい…!
マリクは発情期のせいで卒業が遅れたと嘆いていたが、それでも王都の学校を卒業した、確かな実力をもっている。オメガだが、魔力量も多い。
俺はマリクに魔法を使われて逃れることが出来ず、ついに試合会場に到着してしまった。
試合が行われるエヴラール辺境伯騎士の訓練場はすり鉢状に作られている。試合場をぐるりと囲む観客席は斜面になっており、どの位置からも試合を見下ろせる仕組みだ。マリクはエヴラール辺境伯がいる中程の貴賓席ではなく、怪しげな男たちに手招きされ、斜面の一番上の席に座った。この男たちはフィリップの手のものなのだろうか…?皆、俺たちが来ることを分かっていたようで手際よくマリクを椅子に座らせる。
かなりの人数に囲まれてしまった…。
俺は会場内にローレンの姿を探したが、まだここにはいないようだ。自分の試合以外は控え室…騎士たちの詰め所にいることになっているから、きっとまだここにはいないのだろう。良かった。何とか、隙を見て逃げないと。
「始まる…。」
マリクの言葉で試合場に視線を移すと、ジェイドとフィリップが無言で向かい合っていた。
騎士祭りの試合は相手を殺さないよう、高位の神官が術をかけた剣を使う。そして魔法の使用は禁止されており、魔力を無効化する魔道具…ブレスレットを着用する決まりだ。だから純粋に…武芸を競うし、見ている方も安心して、楽しんで観戦出来るのだ。勝敗は賭け事の対象でもあり、会場内には楽しげな歓声が響いていた。
修道院のウルク司祭も、ローレンとジェイドが一番人気だと言っていたが、やはりジェイドを応援しているものが多いように感じた。
「すでにローレンは二回勝利している。この試合の勝者と、ローレンは戦うことになる。」
マリクは独り言のように呟いた。ジェイドとフィリップのいずれか…。フィリップの自信を見る限りローレン以外に負けるつもりはないようだが…。ジェイドも壮年の戦士とはいえまだまだ現役だ。ローレンと戦う相手がジェイドなら殺されたりはしないだろうから、ジェイドに勝って欲しい。俺は神に祈った。
試合が開始すると、二人はほぼ互角…いや、ジェイドが若干優勢のように見えた。
祈りが通じたのか…、ジェイドはフィリップを攻め立てた。フィリップは防戦一方…会場内の観客はジェイドの善戦に大きく沸く。
遂にジェイドはフィリップを追い詰めた。剣捌きについて行けず、後退したフィリップは確かに、頭上から一太刀、受けるように見えた。
その瞬間、ジェイドの振り下ろした剣が止まったように写った。まるで時が止まったように、一瞬だけ。その一瞬で形成は逆転。ジェイドはフィリップに剣を弾かれ…喉元に剣を突きつけられてしまった。
「…参りました 」
ジェイドの言葉に、観客からはため息が漏れた。多くの客は、ジェイドに掛けていた賭博の券を放り投げる。以前、予選でローレンが勝利した時とは違う…怒りも入り混じった、反応だった。
ジェイドは無言で、鞘に剣を戻す。淡々とした態度や表情は潔いが…どこか不満を押し殺したようにも見えた。
確かに…ジェイドは止まって見えたのだ。
フィリップは狩猟の時も弓を外し『魔法ばかりで腕が鈍っている』と言っていた。そんなフィリップがジェイドに勝てるだろうか?試合が開始してからずっと、ジェイドは善戦していた。
ジェイドの剣がフィリップの頭上で止まった時…フィリップは魔法を使ったのでは無いか?魔封じのブレスレットをすり替えるなどして…。浄めの儀式に参加したマリクなら、魔道具に細工することができるだろう。フィリップはきっとマリクに命じたに違いない…。
マリクはフィリップに加担しているが、フィリップの真の目的は知らないのだ。マリクの目的はローレンと番いになることであってローレンを殺そうと思ってはいないはず。俺はマリクに訴えようとしたが、魔法で声が出せない。
身体も縄で縛られて身動きが取れないうちに、遂に、ローレンがフィリップの待つ試合場に現れた。
マリクは俺が入っていたクローゼットにアロワを押し込むと、縄で縛られたままの俺を立ち上がらせ、縄を人目から隠すためローブを被せた。ローブから縄だけを出して掴むと、歩るくように俺の背中を押す。俺は今度は窓からではなく、出入り口の扉から外へ出た。
「何処へ行くのですか…?」
「決まっている。エヴラール家の訓練場…。騎士祭りの本戦だ 」
「本戦…!まさかマリク様、私をフィリップ殿下に?!」
「そうだ 」
俺はそれを聞いて青ざめた。マリクはまだ、フィリップが自分に協力してローレンと番にすると思っているのだろうが、フィリップはきっとそれさえ利用しようとしている…。
「マリク様お待ち下さい!フィリップ殿下の甘言に騙されないでください!フィリップ殿下は貴方を利用するだけで、ローレンとあなたを番にするつもりはありません!」
「煩いっ!黙っていろ…!」
マリクはまた魔法で俺を黙らせた。俺を縛った縄を持ったまま、騎士祭りの本戦が行われている訓練場に向かって歩いて行く。俺は再度、不安になった。マリクが魔法を使っているということは、今日も抑制剤を飲んでいないということ。先日の発情は薬を使ってのことだが、今日また薬を使って発情してしまったら…あれはほぼ毒薬、ローレンだけでなくマリクの身体も持たないだろう。
二人が番になることでローレンが無事でいられるのなら、それでいいのだが…。ただ…昨日のフィリップの様子をみれば、フィリップにはそのつもりがないと分かる。発情という前後不覚の状況を利用してローレンに危害を加えるかもしれない。それが何より恐ろしい。
加えてフィリップは俺を人質にするつもりなのだ。だから、会場に行くのはまずい…!
マリクは発情期のせいで卒業が遅れたと嘆いていたが、それでも王都の学校を卒業した、確かな実力をもっている。オメガだが、魔力量も多い。
俺はマリクに魔法を使われて逃れることが出来ず、ついに試合会場に到着してしまった。
試合が行われるエヴラール辺境伯騎士の訓練場はすり鉢状に作られている。試合場をぐるりと囲む観客席は斜面になっており、どの位置からも試合を見下ろせる仕組みだ。マリクはエヴラール辺境伯がいる中程の貴賓席ではなく、怪しげな男たちに手招きされ、斜面の一番上の席に座った。この男たちはフィリップの手のものなのだろうか…?皆、俺たちが来ることを分かっていたようで手際よくマリクを椅子に座らせる。
かなりの人数に囲まれてしまった…。
俺は会場内にローレンの姿を探したが、まだここにはいないようだ。自分の試合以外は控え室…騎士たちの詰め所にいることになっているから、きっとまだここにはいないのだろう。良かった。何とか、隙を見て逃げないと。
「始まる…。」
マリクの言葉で試合場に視線を移すと、ジェイドとフィリップが無言で向かい合っていた。
騎士祭りの試合は相手を殺さないよう、高位の神官が術をかけた剣を使う。そして魔法の使用は禁止されており、魔力を無効化する魔道具…ブレスレットを着用する決まりだ。だから純粋に…武芸を競うし、見ている方も安心して、楽しんで観戦出来るのだ。勝敗は賭け事の対象でもあり、会場内には楽しげな歓声が響いていた。
修道院のウルク司祭も、ローレンとジェイドが一番人気だと言っていたが、やはりジェイドを応援しているものが多いように感じた。
「すでにローレンは二回勝利している。この試合の勝者と、ローレンは戦うことになる。」
マリクは独り言のように呟いた。ジェイドとフィリップのいずれか…。フィリップの自信を見る限りローレン以外に負けるつもりはないようだが…。ジェイドも壮年の戦士とはいえまだまだ現役だ。ローレンと戦う相手がジェイドなら殺されたりはしないだろうから、ジェイドに勝って欲しい。俺は神に祈った。
試合が開始すると、二人はほぼ互角…いや、ジェイドが若干優勢のように見えた。
祈りが通じたのか…、ジェイドはフィリップを攻め立てた。フィリップは防戦一方…会場内の観客はジェイドの善戦に大きく沸く。
遂にジェイドはフィリップを追い詰めた。剣捌きについて行けず、後退したフィリップは確かに、頭上から一太刀、受けるように見えた。
その瞬間、ジェイドの振り下ろした剣が止まったように写った。まるで時が止まったように、一瞬だけ。その一瞬で形成は逆転。ジェイドはフィリップに剣を弾かれ…喉元に剣を突きつけられてしまった。
「…参りました 」
ジェイドの言葉に、観客からはため息が漏れた。多くの客は、ジェイドに掛けていた賭博の券を放り投げる。以前、予選でローレンが勝利した時とは違う…怒りも入り混じった、反応だった。
ジェイドは無言で、鞘に剣を戻す。淡々とした態度や表情は潔いが…どこか不満を押し殺したようにも見えた。
確かに…ジェイドは止まって見えたのだ。
フィリップは狩猟の時も弓を外し『魔法ばかりで腕が鈍っている』と言っていた。そんなフィリップがジェイドに勝てるだろうか?試合が開始してからずっと、ジェイドは善戦していた。
ジェイドの剣がフィリップの頭上で止まった時…フィリップは魔法を使ったのでは無いか?魔封じのブレスレットをすり替えるなどして…。浄めの儀式に参加したマリクなら、魔道具に細工することができるだろう。フィリップはきっとマリクに命じたに違いない…。
マリクはフィリップに加担しているが、フィリップの真の目的は知らないのだ。マリクの目的はローレンと番いになることであってローレンを殺そうと思ってはいないはず。俺はマリクに訴えようとしたが、魔法で声が出せない。
身体も縄で縛られて身動きが取れないうちに、遂に、ローレンがフィリップの待つ試合場に現れた。
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