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三章
35.宮廷画家
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予選会は八日間の日程を全て終えた。ジェイドも本戦に出場することが決まり、優勝者はローレン、ジェイド、フィリップの三人が有力と言われている。
俺は頼まれていたランタンをウルク司祭に手渡すため修道院を訪ねた。ウルク司祭はランタンに興味は薄く、それよりもと、楽し気に俺に賭博の券を見せた。
「修道士は賭け事は禁止では?」
「まぁ、ノア、聞けよ。これは人助けだ。この券はな、フィリップ殿下のもの。決勝戦は圧倒的にローレン様とジェイド様が人気なのだ。まあここはエヴラール領だから当然だ。すると、フィリップ殿下は気を悪くされるだろう?だから私は殿下のために購入したんだ!」
いや、倍率が高いかつ実力があるフィリップに賭けた…ということだろう。俺は苦笑いした。
「ノア!信じていないな…!まあいい。ランタンを手伝ってくれた礼だ!一枚やるよ!」
「え?!」
俺は狼狽えた…。
今日、ローレンは俺を修道院に送ってからエドガー家に本戦に向けて稽古に行ったのだ。ローレンが家に帰ってきた時に、この券を見られたらきっと不機嫌になるだろう。ローレンは案外、嫉妬深い。俺はウルク司祭の申し出を丁重に断った。
「そうか。すると、お礼の品がないなぁー…。何か欲しいものはあるか?」
「いえ、特には 」
「いーや!何かさせてくれ。私はノアに感謝してるんだ。以前もノアは困ったときに私を助けてくれただろう?ほらマリク様とローレン様がもめた時…ローレン様を引き受けてくれた 」
そう言えばそうだった。でも、それでローレンと親しくなれたから…むしろ感謝しているくらいなのだが、ウルク司祭はそれを「すまなかった」と言って頭を下げた。
「じゃ、こういうのはどうだ?見学者が殺到している“清めの儀式”…お前も外陣にいれてやるよ!今年は親子対決もある、フィリップ殿下もいる、試合の前の緊張感を味わえる!どうだ?!」
「え?…それは嬉しいです!ぜひ、お願いします!」
ローレンが決勝の剣を受け取るところをぜひ、見てみたい…!しかし、俺の返事を聞いたウルク司祭は眉を寄せて少し複雑そうな顔をする。
「今年は清めの儀式の後、騎士祭りの決勝出場者に剣を渡す役をマリク様が行うことになったんだ。だけどそれ、ちょっと心配でなあ~。先日もローレン様に誘発されてヒートを起こしたそうじゃないか…。万が一とは思うが…。お前しかマリク様のヒートに対応できる者がいないんだ。ノア、俺の近くに居てくれ。」
お礼をしたい、といった割に…その実、マリクの発情を恐れていたらしい。もともと発情は頻回で来る物ではないと医師も言っていたし、先日、短い期間で発情が来たばかりだからさすがにしばらくは来ないはずだが…。ウルク司祭が心配する気持ちは分からなくもなかったので、俺は黙って頷いた。
「そんなに神妙な顔するなよ!」
ウルク司祭は笑って、要らないと言ったのにフィリップの賭博の券を俺に無理やり持たせた。
ウルク司祭との話が終わった後、ローレンの無事…マリクの発情が起こらないことも含め、無事に騎士祭りを終えられるようにと、俺は教会の主聖堂で静かに祈った。平日の昼間の教会は他に人影はない。
祈り始めてどのくらい時間がたっただろう。出入り口の扉が勢いよく開き、どたどたと慌ただしい足音が近づいてくる。
「ノア!家に居ないと思ったら…やはりここだった!」
「アロワ先生…?」
アロワは走って来たようで、肩で息をしている。呼吸を整える間も惜しいのか、はあはあと荒い息のまま興奮したように俺の腕を掴んだ。
「先日、ノアの描いた『戴冠式』の絵が、宮廷に選ばれた!ノア、宮廷画家になれるぞ…!」
「え…?ほ、本当ですか?!」
「本当だ!ほら…!」
アロワはそう言って、小さな袋を開けてみせた。中には金貨が五枚ほど入っている。
「手付金だ。もう半分は王都に行って、契約をしてからになる 」
借金は丁度、金貨十枚…。こつこつと返済してきて、今はたぶん、八枚ほどだろう。あと半分…五枚もらえるならすべてを返済できる。
「ノア…、一緒に王都へ行こう!結婚しよう…!私と!」
「先生と結婚…!?お、俺は… 」
結婚できない、と、首を振ると、アロワは俺をきつく抱きしめた。
「ノア、お前は遅かれ早かれあの方を諦めることになる!それがお前の『運命』だ!」
でも、ローレンは…自分の運命は自分で決める…と言ったのだ。だから俺も…、そう言おうとしたがアロワに遮られてしまう。
「ノア、お前も知っているんだろう…?それで、あの絵を描いたんだろう?ノアとあの方は身分が違いすぎるのだ。ノアは身分が低いうえに、子供も産めない男のベータなのだから…!」
「先生、それは… 」
「ノア、私は今から王都に向かう馬車の手配や、荷物の準備をする。明朝、私の家に来てくれ。そうすることがお前のためにも一番いい。私となら、お前の才能を生かして…誰にも反対されず、幸せに暮らせる 」
アロワはもう一度俺を抱きしめた。
「金貨は明朝渡す。必ず来てくれ。ノア、信じている 」
主聖堂を慌ただしく出て行くアロワの後ろ姿を呆然と見送ってから、俺は逃げるように家に帰った。
家に戻ってから、もうだいぶ片付いた部屋の中を見回す。自分の少ない荷物の中からローレンと作った絵本を取り出した。
自分の運命は自分で決めたい王子が、少年と出会って魔物を倒しお姫様を無事救出したものの、王子はまた少年と旅に出る。
ローレンが作った話…俺の、夢のような話。
途中の空いている頁に挿絵を追加した。美しい王子が魔物に勝利するところ。また、少年と旅に出るところ。そしてすでに描いておいた最後の頁…ランタンを上げて永遠を誓う頁に繋がる。
描き終えた時には涙が溢れていた。その物語を信じて実現させたい…。…でも。
俺が真実と向き合ったなら、ローレンは家族を失わずに済むかも知れない。運命に逆らわずオメガを番とし、子孫をもうけ、そして…。
俺は絵本の王子を愛おしく、指でなぞった。
俺は頼まれていたランタンをウルク司祭に手渡すため修道院を訪ねた。ウルク司祭はランタンに興味は薄く、それよりもと、楽し気に俺に賭博の券を見せた。
「修道士は賭け事は禁止では?」
「まぁ、ノア、聞けよ。これは人助けだ。この券はな、フィリップ殿下のもの。決勝戦は圧倒的にローレン様とジェイド様が人気なのだ。まあここはエヴラール領だから当然だ。すると、フィリップ殿下は気を悪くされるだろう?だから私は殿下のために購入したんだ!」
いや、倍率が高いかつ実力があるフィリップに賭けた…ということだろう。俺は苦笑いした。
「ノア!信じていないな…!まあいい。ランタンを手伝ってくれた礼だ!一枚やるよ!」
「え?!」
俺は狼狽えた…。
今日、ローレンは俺を修道院に送ってからエドガー家に本戦に向けて稽古に行ったのだ。ローレンが家に帰ってきた時に、この券を見られたらきっと不機嫌になるだろう。ローレンは案外、嫉妬深い。俺はウルク司祭の申し出を丁重に断った。
「そうか。すると、お礼の品がないなぁー…。何か欲しいものはあるか?」
「いえ、特には 」
「いーや!何かさせてくれ。私はノアに感謝してるんだ。以前もノアは困ったときに私を助けてくれただろう?ほらマリク様とローレン様がもめた時…ローレン様を引き受けてくれた 」
そう言えばそうだった。でも、それでローレンと親しくなれたから…むしろ感謝しているくらいなのだが、ウルク司祭はそれを「すまなかった」と言って頭を下げた。
「じゃ、こういうのはどうだ?見学者が殺到している“清めの儀式”…お前も外陣にいれてやるよ!今年は親子対決もある、フィリップ殿下もいる、試合の前の緊張感を味わえる!どうだ?!」
「え?…それは嬉しいです!ぜひ、お願いします!」
ローレンが決勝の剣を受け取るところをぜひ、見てみたい…!しかし、俺の返事を聞いたウルク司祭は眉を寄せて少し複雑そうな顔をする。
「今年は清めの儀式の後、騎士祭りの決勝出場者に剣を渡す役をマリク様が行うことになったんだ。だけどそれ、ちょっと心配でなあ~。先日もローレン様に誘発されてヒートを起こしたそうじゃないか…。万が一とは思うが…。お前しかマリク様のヒートに対応できる者がいないんだ。ノア、俺の近くに居てくれ。」
お礼をしたい、といった割に…その実、マリクの発情を恐れていたらしい。もともと発情は頻回で来る物ではないと医師も言っていたし、先日、短い期間で発情が来たばかりだからさすがにしばらくは来ないはずだが…。ウルク司祭が心配する気持ちは分からなくもなかったので、俺は黙って頷いた。
「そんなに神妙な顔するなよ!」
ウルク司祭は笑って、要らないと言ったのにフィリップの賭博の券を俺に無理やり持たせた。
ウルク司祭との話が終わった後、ローレンの無事…マリクの発情が起こらないことも含め、無事に騎士祭りを終えられるようにと、俺は教会の主聖堂で静かに祈った。平日の昼間の教会は他に人影はない。
祈り始めてどのくらい時間がたっただろう。出入り口の扉が勢いよく開き、どたどたと慌ただしい足音が近づいてくる。
「ノア!家に居ないと思ったら…やはりここだった!」
「アロワ先生…?」
アロワは走って来たようで、肩で息をしている。呼吸を整える間も惜しいのか、はあはあと荒い息のまま興奮したように俺の腕を掴んだ。
「先日、ノアの描いた『戴冠式』の絵が、宮廷に選ばれた!ノア、宮廷画家になれるぞ…!」
「え…?ほ、本当ですか?!」
「本当だ!ほら…!」
アロワはそう言って、小さな袋を開けてみせた。中には金貨が五枚ほど入っている。
「手付金だ。もう半分は王都に行って、契約をしてからになる 」
借金は丁度、金貨十枚…。こつこつと返済してきて、今はたぶん、八枚ほどだろう。あと半分…五枚もらえるならすべてを返済できる。
「ノア…、一緒に王都へ行こう!結婚しよう…!私と!」
「先生と結婚…!?お、俺は… 」
結婚できない、と、首を振ると、アロワは俺をきつく抱きしめた。
「ノア、お前は遅かれ早かれあの方を諦めることになる!それがお前の『運命』だ!」
でも、ローレンは…自分の運命は自分で決める…と言ったのだ。だから俺も…、そう言おうとしたがアロワに遮られてしまう。
「ノア、お前も知っているんだろう…?それで、あの絵を描いたんだろう?ノアとあの方は身分が違いすぎるのだ。ノアは身分が低いうえに、子供も産めない男のベータなのだから…!」
「先生、それは… 」
「ノア、私は今から王都に向かう馬車の手配や、荷物の準備をする。明朝、私の家に来てくれ。そうすることがお前のためにも一番いい。私となら、お前の才能を生かして…誰にも反対されず、幸せに暮らせる 」
アロワはもう一度俺を抱きしめた。
「金貨は明朝渡す。必ず来てくれ。ノア、信じている 」
主聖堂を慌ただしく出て行くアロワの後ろ姿を呆然と見送ってから、俺は逃げるように家に帰った。
家に戻ってから、もうだいぶ片付いた部屋の中を見回す。自分の少ない荷物の中からローレンと作った絵本を取り出した。
自分の運命は自分で決めたい王子が、少年と出会って魔物を倒しお姫様を無事救出したものの、王子はまた少年と旅に出る。
ローレンが作った話…俺の、夢のような話。
途中の空いている頁に挿絵を追加した。美しい王子が魔物に勝利するところ。また、少年と旅に出るところ。そしてすでに描いておいた最後の頁…ランタンを上げて永遠を誓う頁に繋がる。
描き終えた時には涙が溢れていた。その物語を信じて実現させたい…。…でも。
俺が真実と向き合ったなら、ローレンは家族を失わずに済むかも知れない。運命に逆らわずオメガを番とし、子孫をもうけ、そして…。
俺は絵本の王子を愛おしく、指でなぞった。
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