不遇な孤児でβと診断されたけどαの美形騎士と運命の恋に落ちる

あさ田ぱん

文字の大きさ
上 下
35 / 51
三章

35.宮廷画家

しおりを挟む
 予選会は八日間の日程を全て終えた。ジェイドも本戦に出場することが決まり、優勝者はローレン、ジェイド、フィリップの三人が有力と言われている。

 俺は頼まれていたランタンをウルク司祭に手渡すため修道院を訪ねた。ウルク司祭はランタンに興味は薄く、それよりもと、楽し気に俺に賭博の券を見せた。

「修道士は賭け事は禁止では?」
「まぁ、ノア、聞けよ。これは人助けだ。この券はな、フィリップ殿下のもの。決勝戦は圧倒的にローレン様とジェイド様が人気なのだ。まあここはエヴラール領だから当然だ。すると、フィリップ殿下は気を悪くされるだろう?だから私は殿下のために購入したんだ!」
 いや、倍率が高いかつ実力があるフィリップに賭けた…ということだろう。俺は苦笑いした。
「ノア!信じていないな…!まあいい。ランタンを手伝ってくれた礼だ!一枚やるよ!」
「え?!」
 俺は狼狽えた…。
 今日、ローレンは俺を修道院に送ってからエドガー家に本戦に向けて稽古に行ったのだ。ローレンが家に帰ってきた時に、この券を見られたらきっと不機嫌になるだろう。ローレンは案外、嫉妬深い。俺はウルク司祭の申し出を丁重に断った。
「そうか。すると、お礼の品がないなぁー…。何か欲しいものはあるか?」
「いえ、特には 」
「いーや!何かさせてくれ。私はノアに感謝してるんだ。以前もノアは困ったときに私を助けてくれただろう?ほらマリク様とローレン様がもめた時…ローレン様を引き受けてくれた 」
 そう言えばそうだった。でも、それでローレンと親しくなれたから…むしろ感謝しているくらいなのだが、ウルク司祭はそれを「すまなかった」と言って頭を下げた。
「じゃ、こういうのはどうだ?見学者が殺到している“清めの儀式”…お前も外陣にいれてやるよ!今年は親子対決もある、フィリップ殿下もいる、試合の前の緊張感を味わえる!どうだ?!」
「え?…それは嬉しいです!ぜひ、お願いします!」
 ローレンが決勝の剣を受け取るところをぜひ、見てみたい…!しかし、俺の返事を聞いたウルク司祭は眉を寄せて少し複雑そうな顔をする。
「今年は清めの儀式の後、騎士祭りの決勝出場者に剣を渡す役をマリク様が行うことになったんだ。だけどそれ、ちょっと心配でなあ~。先日もローレン様に誘発されてヒートを起こしたそうじゃないか…。万が一とは思うが…。お前しかマリク様のヒートに対応できる者がいないんだ。ノア、俺の近くに居てくれ。」
 お礼をしたい、といった割に…その実、マリクの発情を恐れていたらしい。もともと発情は頻回で来る物ではないと医師も言っていたし、先日、短い期間で発情が来たばかりだからさすがにしばらくは来ないはずだが…。ウルク司祭が心配する気持ちは分からなくもなかったので、俺は黙って頷いた。
「そんなに神妙な顔するなよ!」
  ウルク司祭は笑って、要らないと言ったのにフィリップの賭博の券を俺に無理やり持たせた。

 ウルク司祭との話が終わった後、ローレンの無事…マリクの発情が起こらないことも含め、無事に騎士祭りを終えられるようにと、俺は教会の主聖堂で静かに祈った。平日の昼間の教会は他に人影はない。
 祈り始めてどのくらい時間がたっただろう。出入り口の扉が勢いよく開き、どたどたと慌ただしい足音が近づいてくる。

「ノア!家に居ないと思ったら…やはりここだった!」
「アロワ先生…?」

 アロワは走って来たようで、肩で息をしている。呼吸を整える間も惜しいのか、はあはあと荒い息のまま興奮したように俺の腕を掴んだ。

「先日、ノアの描いた『戴冠式』の絵が、宮廷に選ばれた!ノア、宮廷画家になれるぞ…!」
「え…?ほ、本当ですか?!」
「本当だ!ほら…!」
 アロワはそう言って、小さな袋を開けてみせた。中には金貨が五枚ほど入っている。
「手付金だ。もう半分は王都に行って、契約をしてからになる 」
 借金は丁度、金貨十枚…。こつこつと返済してきて、今はたぶん、八枚ほどだろう。あと半分…五枚もらえるならすべてを返済できる。
「ノア…、一緒に王都へ行こう!結婚しよう…!私と!」
「先生と結婚…!?お、俺は… 」
 結婚できない、と、首を振ると、アロワは俺をきつく抱きしめた。
「ノア、お前は遅かれ早かれあの方を諦めることになる!それがお前の『運命』だ!」
 でも、ローレンは…自分の運命は自分で決める…と言ったのだ。だから俺も…、そう言おうとしたがアロワに遮られてしまう。
「ノア、お前も知っているんだろう…?それで、あの絵を描いたんだろう?ノアとあの方は身分が違いすぎるのだ。ノアは身分が低いうえに、子供も産めない男のベータなのだから…!」
「先生、それは… 」
「ノア、私は今から王都に向かう馬車の手配や、荷物の準備をする。明朝、私の家に来てくれ。そうすることがお前のためにも一番いい。私となら、お前の才能を生かして…誰にも反対されず、幸せに暮らせる 」
 アロワはもう一度俺を抱きしめた。
「金貨は明朝渡す。必ず来てくれ。ノア、信じている 」
 
 主聖堂を慌ただしく出て行くアロワの後ろ姿を呆然と見送ってから、俺は逃げるように家に帰った。


 
 家に戻ってから、もうだいぶ片付いた部屋の中を見回す。自分の少ない荷物の中からローレンと作った絵本を取り出した。 

 自分の運命は自分で決めたい王子が、少年と出会って魔物を倒しお姫様を無事救出したものの、王子はまた少年と旅に出る。

 ローレンが作った話…俺の、夢のような話。
 途中の空いている頁に挿絵を追加した。美しい王子が魔物に勝利するところ。また、少年と旅に出るところ。そしてすでに描いておいた最後の頁…ランタンを上げて永遠を誓う頁に繋がる。

 描き終えた時には涙が溢れていた。その物語を信じて実現させたい…。…でも。
 
 俺が真実と向き合ったなら、ローレンは家族を失わずに済むかも知れない。運命に逆らわずオメガを番とし、子孫をもうけ、そして…。

 俺は絵本の王子を愛おしく、指でなぞった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...