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三章
33.新しい試み
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アロワは完成した絵を受け取りに俺の家まで来た。ローレン立会いのもと、丁寧に絵を包装する。
「ノア、素晴らしい絵をありがとう。これは私が直接、王都へ運ぶ。往復で、一週間と少し。待っていてくれ 」
アロワはそれ以外何も言わなかった。俺とローレンも黙ってアロワを見送った。
アロワが王都に向かってから数日後、騎士祭りの予選が始まった。出場者は領内の騎士、数百に及ぶ。数百人の出場者のうち騎士祭り当日の本戦に出場出来るのはたったの8人。出場者を八組に分けて、それぞれの組の優勝者が決勝にコマをすすめる仕組みだ。
エブラール辺境伯家の訓練場で行われる予選は、市民にも開放され、誰が決勝に進むのかという賭博も行われており、大盛況の様子。
ローレンは三日目の組だったが、一日目から対戦相手の偵察にいくという。ローレンに付いて俺も、予選を見に行くことになった。
一日目にはフィリップが出場する。本来、エヴラール辺境伯領の騎士にのみ参加資格が与えられているのだが、オランレリアの第一王子に出たいと言われれば、誰も反対できなかったのだろう。
この国、オランレリアの第一王子であるフィリップだがエヴラール辺境伯領ではあまり知名度がないため賭博の倍率は高いようだ。エヴラール辺境伯領の民たちは皆、王子様と言うのは『素敵』ではあるが真に強いのは騎士だと信じている。狩猟の時、大きな猪を一撃で倒したフィリップを見ていなければ俺もきっとそう思っていたはずだ。
「ローレンは誰が勝つと思う…?」
「ノア…。賭けたいのか?でも今日は止めておこう 」
「何故…?」
「この組はフィリップが勝つ。あいつで金を稼ぎたくない 」
「今日は魔法は禁止ですが…?」
「フィリップは魔法だけじゃない。剣、弓…。全てにおいて優れている 」
ローレンの言った通り、フィリップは圧勝した。誰もフィリップの剣を弾くどころか、まともに打ち合わせてももらえなかったのだ。
ローレンはじっと、フィリップの動きを見ていた。俺がローレンの顔を心配して覗き込むと、ローレンは俺の肩を抱いた。
「ノア…。大丈夫だ。フィリップなんかに負けないから、そんなに心配するなよ 」
「でもその、フィリップ殿下はあまり性格が良くないので、心配で… 」
「ははっ!確かに…!」
ローレンは笑っているが、俺は本当に心配しているんだ…。ローレンが真面目に取り合わないので俺は少し膨れた。膨れた頬を、ローレンは指で押す。
「本当に心配したのに… 」
「嬉しい。でも本当に心配いらないから 」
ローレンは微笑んで「帰ろう…」と言った。
訓練場を出て、直ぐ近くにある教会に寄ろうと俺はローレンを誘った。ローレンが怪我しないように、祈っておきたかったのだ。
教会に着くと、顔見知りのウルク司祭が俺に声を掛けてきた。
「ノアじゃないか!こんな所で何やってるんだ!時間があるならランタンを手伝ってくれ!」
そういえば、数年前もそう言って強引に手伝わされた記憶が蘇った。ずいぶん昔のことのように感じる、懐かしい…。
「少しなら手伝えます 」
「おい、ノア!」
「絵も描き終わったし…。ランタン作りは楽しい思い出もあるから…だめ?」
「…仕方ないな… 」
ローレンが許可すると、ウルク司祭は素早くランタンを作るための紙と木片を用意して俺に手渡した。思ったより量が多い。
「ノア…!助かる。今年の騎士祭りは新しい試みがあって準備にてこずってなあ…。ありがとう!」
「新しい試み?」
「今年から、教会で行う騎士祭りの浄めの儀式に女とオメガも入れる事になったんだ 」
「穢れるからと禁止されていたはずでは?」
「今王都で女やオメガの権利向上が叫ばれているらしい。だからエヴラール領も流行りを取り入れるんだよ。でもそのせいで儀式の見学者が殺到して対応に追われてしまって…参った 」
司祭は「頼んだよ」と言うと、ローレンにだけ会釈をして行ってしまった。
ローレンは渡された紙の束を全て持ってくれた。家に着くと、十四の頃を思い出してローレンと俺は一緒にランタンを作った。紙風船を作り中に木片を入れて燃料を嵌める。ローレンと一緒に作業すると頼まれた分はあっという間に終わってしまった。
また、いつかみたいに二人で、ランタンを空に上げられるだろうか…。
「当日、船の上であげよう 」
ローレンとそう約束して、指切りをした。
「ノア、素晴らしい絵をありがとう。これは私が直接、王都へ運ぶ。往復で、一週間と少し。待っていてくれ 」
アロワはそれ以外何も言わなかった。俺とローレンも黙ってアロワを見送った。
アロワが王都に向かってから数日後、騎士祭りの予選が始まった。出場者は領内の騎士、数百に及ぶ。数百人の出場者のうち騎士祭り当日の本戦に出場出来るのはたったの8人。出場者を八組に分けて、それぞれの組の優勝者が決勝にコマをすすめる仕組みだ。
エブラール辺境伯家の訓練場で行われる予選は、市民にも開放され、誰が決勝に進むのかという賭博も行われており、大盛況の様子。
ローレンは三日目の組だったが、一日目から対戦相手の偵察にいくという。ローレンに付いて俺も、予選を見に行くことになった。
一日目にはフィリップが出場する。本来、エヴラール辺境伯領の騎士にのみ参加資格が与えられているのだが、オランレリアの第一王子に出たいと言われれば、誰も反対できなかったのだろう。
この国、オランレリアの第一王子であるフィリップだがエヴラール辺境伯領ではあまり知名度がないため賭博の倍率は高いようだ。エヴラール辺境伯領の民たちは皆、王子様と言うのは『素敵』ではあるが真に強いのは騎士だと信じている。狩猟の時、大きな猪を一撃で倒したフィリップを見ていなければ俺もきっとそう思っていたはずだ。
「ローレンは誰が勝つと思う…?」
「ノア…。賭けたいのか?でも今日は止めておこう 」
「何故…?」
「この組はフィリップが勝つ。あいつで金を稼ぎたくない 」
「今日は魔法は禁止ですが…?」
「フィリップは魔法だけじゃない。剣、弓…。全てにおいて優れている 」
ローレンの言った通り、フィリップは圧勝した。誰もフィリップの剣を弾くどころか、まともに打ち合わせてももらえなかったのだ。
ローレンはじっと、フィリップの動きを見ていた。俺がローレンの顔を心配して覗き込むと、ローレンは俺の肩を抱いた。
「ノア…。大丈夫だ。フィリップなんかに負けないから、そんなに心配するなよ 」
「でもその、フィリップ殿下はあまり性格が良くないので、心配で… 」
「ははっ!確かに…!」
ローレンは笑っているが、俺は本当に心配しているんだ…。ローレンが真面目に取り合わないので俺は少し膨れた。膨れた頬を、ローレンは指で押す。
「本当に心配したのに… 」
「嬉しい。でも本当に心配いらないから 」
ローレンは微笑んで「帰ろう…」と言った。
訓練場を出て、直ぐ近くにある教会に寄ろうと俺はローレンを誘った。ローレンが怪我しないように、祈っておきたかったのだ。
教会に着くと、顔見知りのウルク司祭が俺に声を掛けてきた。
「ノアじゃないか!こんな所で何やってるんだ!時間があるならランタンを手伝ってくれ!」
そういえば、数年前もそう言って強引に手伝わされた記憶が蘇った。ずいぶん昔のことのように感じる、懐かしい…。
「少しなら手伝えます 」
「おい、ノア!」
「絵も描き終わったし…。ランタン作りは楽しい思い出もあるから…だめ?」
「…仕方ないな… 」
ローレンが許可すると、ウルク司祭は素早くランタンを作るための紙と木片を用意して俺に手渡した。思ったより量が多い。
「ノア…!助かる。今年の騎士祭りは新しい試みがあって準備にてこずってなあ…。ありがとう!」
「新しい試み?」
「今年から、教会で行う騎士祭りの浄めの儀式に女とオメガも入れる事になったんだ 」
「穢れるからと禁止されていたはずでは?」
「今王都で女やオメガの権利向上が叫ばれているらしい。だからエヴラール領も流行りを取り入れるんだよ。でもそのせいで儀式の見学者が殺到して対応に追われてしまって…参った 」
司祭は「頼んだよ」と言うと、ローレンにだけ会釈をして行ってしまった。
ローレンは渡された紙の束を全て持ってくれた。家に着くと、十四の頃を思い出してローレンと俺は一緒にランタンを作った。紙風船を作り中に木片を入れて燃料を嵌める。ローレンと一緒に作業すると頼まれた分はあっという間に終わってしまった。
また、いつかみたいに二人で、ランタンを空に上げられるだろうか…。
「当日、船の上であげよう 」
ローレンとそう約束して、指切りをした。
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