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三章

32.身分の違い

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 エヴラール辺境伯に挨拶することなく、俺達は帰宅した。事情を事細かに説明したけれど、ローレンは帰ろうと言って譲らなかったのだ。エヴラール辺境伯家に滞在しているフィリップにも杖を返したかったのだが、それもさせて貰えなかった。そんなもの捨ててしまえと言うローレンを宥めて、何とか杖は持ち帰った。

 その後、仕事を辞めたこともあって、俺はローレンに家に閉じ込められてしまった。

 怪我の巧妙で、絵を描く時間が沢山できたのは良かった。アロワと約束した『戴冠式』の絵…ローレンとオランレリアを出ることに決めたから宮廷画家になるという目的はなくなったが、ローレンと一緒に下絵を描いたこの絵は、どうしても仕上げたかった。アロワと会う時は必ずローレンがいる時間に、とキツく約束させられたが、ローレンは絵を描く事自体は反対しなかった。

 ローレンが家にいる間はローレンを観察しながら描いた。ローレンも、画題に合わせた姿勢をとってくれて…。二人だけの時間は楽しく、喜びで満ちていた。だから俺は毎日、ローレンにもらったロザリオを胸に祈った。穏やかな二人の時間が、永遠であるようにと。


 今年も最終の月となり、幾日か経った頃からローレンは忙しくなっていった。正式に王宮騎士団の辞表を提出し受理されたのだが、まもなく始まる騎士祭りの予選の準備に追われていた。そして…。

「ノア…。騎士祭りに合わせてこの国を出よう。複数、ルナール公国の観光船が船着場に着く。それに乗れるよう、手配しておく。ルナール公国に着いたら…亡命の申請をしよう 」
 
 ローレンは船の手配と、出国の準備も重なり家を空けることが多くなった。

 そんな中、間も無く、絵の締め切りが迫った。アロワと会うことは、ローレンが居る時間以外は断る約束だったのだが、今日はどうしても、と言われて仕方なく家にあげてしまった。ローレンはアロワを警戒していたが、三年間、絵を習っていても何も無かったのだから大丈夫だろうと俺は軽く考えていた。

「もう少し光と影をつけて立体感を出そう。直すとするならそのくらいだ…。ノア…想像以上に素晴らしい。完成が楽しみだ 」
「ありがとうございます 」
「…それは私の台詞だ。ありがとう、…ノア 」
 アロワは絵を見ていた視線を俺に移し、手を握ると、跪いた。
「ノア…この絵は必ず、宮廷に選ばれるだろう。その賞金で借金を返済して、私と一緒に王都へ行こう 」
「…あの、先生、私は… 」
 俺が断ろうとすると、アロワは静かに首を振った。
「ノア…だめだ。…ローレン様と一緒になると言うんだろう?残念だが、あの方とお前では身分が違いすぎる 」
「…なぜ、私とローレン様のことを…?」
 アロワは眉を寄せて少し、口籠る。
「…先日…、夜訪ねた時に知った。壁が薄い家だからな、その…… 」
 アロワの言いたい事は分かった。恥ずかしい…。情事の声を聞かれていたなんて…。でもそのことよりも、アロワの発言に気になることがあった。
「し、しかし…絵が入賞すれば、私の身分は保証されると、先生はおっしゃったではありませんか?そうすればローレンと身分が違いすぎるということは…!」
「確かに言った。しかしそれは、あの方と釣り合うという意味では無い 」
 どう言うことだ…アロワは、ローレンの何かを知っていて、俺とは身分が釣り合わないという。それは、ローレンがアルファだから?それとも…もっと別の理由?

「ノア、お前は絵の才能はあるが、出自の不確かなベータ…。私の言った事をよく考えて決断してくれ。私は必ず、お前を守るから 」
 アロワは握った手に口付ける。俺はその様子をただ、呆然と見つめた。


 俺はアロワの言った事を考えるのが嫌で、その夜遅く、帰ってきたローレンに抱いて貰った。ローレンの腕の中にいれば何もかも忘れていられる…。

 眠れぬまま空が白むと、薄明かりの中、絵を描いた。

 王都の教会は行った事はないが内部はきっと…ステンドグラスに遮られ、薄明かりのはず。薄明かりの、柔らかな光に照らされ、ローレンの瞳は薄っすら光彩を帯びる。その美しさには、見ている人も皆、感嘆のため息を漏らすだろう。俺が、恋に落ちた時のように。

 アロワに言われた通り、影を調整して『戴冠式』の絵は完成した。
 
 完成した絵の中のローレンを見つめていると、ふと既視感に襲われた。何処かで、このローレンと似た絵を見た気がしたのだ。
 どこで見たのだろう…。俺がペンで描いた姿絵は、一色しか使っていないから違う。それ以外にローレンの姿絵があるとすると、エドガー家?

 俺は絵ではなく、本物の、眠っているローレンを見つめた。ローレンは確かに、ジェイドに似ている。うなじの、後毛の形も同じだ。でも、顔の作りは少し違うような気がする。特に瞳の色…。
 瞳の色は…、エドガー家で見た、ジェイドの兄の方が似ている気がする。ジェイドの、亡くなった兄。

 ああ、そうだ、あの絵だ……あの絵の、ジェイドの兄の瞳が、ローレンと似ているんだ。

 俺の胸はドクン、と鳴った。考えれば考えるほど、心臓が早鐘を打つ。

 ジェイドの兄は若くして儚くなったと聞いたが、何年くらい前なのだろう?王都にはいつ頃までいた?第二性は、何?兄と言うから男だと思うが、もし、オメガだったのなら出産も可能なはず…。

 オメガはアルファを孕むことができる。それはベータには出来ないこと。
 だからジェイド夫妻からアルファであるローレンは誕生しない。しかし、ジェイドの兄がオメガだったなら…。

 オランレリア王国第一王子である、フィリップに命を狙われたかも知れない、強く美しいアルファのローレン…。ローレンの親は、本当は、誰?
 アロワは言った。俺はローレンと「身分が違いすぎる」と。宮廷画家になっても、圧倒的な『違い』の身分とは?…それは…。

 アロワはいつか…教会でローレンを『王子』と呼んだ。それは逆光で、フィリップと見間違えたのだろうと、俺は思っていたのだが…。

 俺がじっとローレンを見つめていると、ローレンの目が突然パチリと開いた。俺に気がつくと目を細める。
「ノア…眠れないの?」
「ん…絵が気になって… 」
「おいで… 」
 ローレンは俺を腕の中に抱き込んだ。
「もう少し寝た方がいい。疲れているはずだ… 」
 俺はローレンの腕に頭を乗せて胸に顔を埋めた。ローレンの心臓の鼓動が心地いい。
「…ルナール公国に行ったらもう少し、大きい寝台を買おうと思っていたけど…このままでもいいかもしれない 」
 ローレンは微笑んで、俺の頬を撫でる。
「…そうしよう?ローレンと離れたくない… 」
「わかった 」

 頭上でローレンの笑った気配がして、俺は目を閉じた。
 
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