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三章
28.狩猟
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まだ日が上り切る前の早朝、湯を沸かし身支度を整えた。その後、マリクの身支度を整えて早めの朝食を取らせると、昼食と武器の確認に走る。
慌ただしく準備を終えると、俺は見送るつもりでマリク達の元へ向かった。
「ノア、お前も行くんだ!」
マリクの発言に、俺は困惑した。だって俺は…!
「しかしマリク様…!私は、騎乗も出来ず武器も使えません!行っても足手纏いかと… 」
「俺に何か遭ったらどうするつもりだ!アルファもいるんだぞ!…いいのか?」
マリクに叱られ、断る事が出来なかった。
仕方なく頷くと、俺はマリクの馬に乗せられた。ローレンは何か言いたげにしていたが、大丈夫、と俺は視線を送った。そう、大丈夫なはず…狩猟は経験豊富な猟師が先導し、護衛の騎士もいるのだから…。
しかし森に向かう途中、猟師と意見が対立したフィリップは、猟師を全員帰してしまった。
時期的に動物達は冬眠の準備で食糧を確保しようと森を歩き回っている。突然出会して不意をつかれたり、手に負えない大型の獣と遭遇しないため、猟師が獲物を追い誘導した獲物を狩ることと、森の入り口付近を狩場にと提案したのだが、フィリップはことごとく拒否した。
猟師はフィリップの身の安全を第一に考えて提案したのだが、フィリップは「つまらないことを言うな」と言って聞き入れなかった。
「馬に乗りたいし、獲物は突然出てくるから面白いんだろう 」
ローレンはじめ騎士達も呆れた様子だったが、そうは言えない。なかなか獲物が現れず、森の中を目的もなく進み、次第に不安が募っていった。
どれくらい進んだだろう?少し開けた所で、子供の猪が一匹、地面に顔を埋めて何かを食べているのを見つけた。
「子どもの猪だ…!いや、この大きさだとまだ赤子か…?」
マリクは馬を降りて、猪に近付いた。子どもだからか、猪は警戒もせず、まだ何かを夢中で食べている。俺もマリクに駆け寄った。
「マリク様、急に馬を降りては危険です!」
「周りに親もいない。大丈夫だ 」
確かに…周りをぐるりと見回したが親などは居ないようだ…。けど、動物は鼻が効く。もう少し遠くにいる可能性もある。
俺がマリクに馬に戻るよう説得をしていると、衝撃音がして、弓矢が子どもの猪の足元に刺さった。
「惜しい、外した…!やれやれ、魔法ばかりで腕が鈍っているなぁ 」
フィリップは弓を持ったまま笑みを浮かべている。子どもの猪なんか狩ってどうするつもりだ…。しかも俺たちのすぐ近くに弓を…!
「フィリップ殿下!」
ローレンはフィリップを嗜めるように名前を呼んだ。しかしちょうど、子どもの猪が、弓に驚いて「キイー!」と大きく鳴いたことで、ローレンの声は掻き消された。
同時に、動物の足音が響く。これは、一匹じゃない…。
「親が近くにいる!」
ローレンは叫んだ。
ほら、やっぱり…!
乗ってきた馬は嘶き走り出す。その大きな物音にフィリップや騎士たちも一斉にその場から逃げ出した。正しい反応ではあるが、俺とマリクはどうすればいいんだ…!護衛は…?!馬にも逃げられてしまって、なす術がない。すると眼前には巨大な猪が既に迫っていた…!俺なんか食べても美味しくないから、諦めてくれ…!俺はマリクの前に飛び出した。しかし猪は止まる気配がない。
ああ…!もうだめだ!
そう思って目をつぶっていたが、猪は襲ってこない。代わりに、何かが倒れるような大きな音が聞こえた。
目を開けると、ローレンの背中が目に飛び込んで来た。手前には倒れた猪。猪には弓矢が数本、刺さっている。まず離れたところから弓を使い、更に接近して、ローレンは、猪を剣で倒したようだ。
あっという間だった。
ローレン、と名前を呼ぼうとした時、俺の後ろにいた人は既に走り出していた。
「ありがとう!怖かった…!」
マリクは涙を流して、ローレンに抱きついた。ローレンも振り払うわけにも行かず、かと言って抱きしめるわけでもなく、マリクを見つめた。
「…当然の事をしたまでです 」
「でも、血が… 」
マリクはローレンの頬に手を伸ばして、血を拭う。
「これは猪の血です 」
ローレンはマリクの手を優しいく掴んで頬から離した。
しかしローレンの手がマリクの肌が触れた瞬間…マリクの顔が、一気に紅潮する。瞳に涙が溜まり、息も荒く胸を抑えると、ローレンの胸に倒れ込んだ。
まさか…! 発情期…?!
先日発情期は来たばかりなのに、何故?!ローレンに触れて誘発された?!
ローレンは倒れ込んだマリクを支えて、戸惑ったように俺を見た。俺は、何だか怖くて、その事実を口にする事が出来なかった。
「ははぁ。発情したな。マリクの奴。所構わず、醜いこと… 」
声の主はフィリップだった。先ほど逃げたはずだが、どうやら戻って来たらしい。フィリップはローレンに、馬を降りて近づいた。
「やはり!マリクの奴、発情してるな。酷い匂いだ。ローレンお前、何ともないのか?」
フィリップは馬鹿にしたように鼻を摘みならローレンに尋ねた。
「…抑制剤を飲んでいますから 」
ローレンの言葉を聞いて、フィリップは辺りを見回す。獣達はみな、弓か剣で仕留められていた。
「それで魔法を使わずにこの獣達を仕留めたのか…?魔法の名手だと言うのに…難儀なことだ。そんなに無理をせずとも手を出してしまえばいいではないか。番になれば抑制剤はいらなくなって魔法が使えるんだぞ。なぁ、ノア…?」
フィリップは愉快そうに笑っている。
そうか…抑制剤を飲んでいるから、魔法を使わずに猪を倒したんだな…。俺はフィリップの言葉に固まった。俺のためにローレンは抑制剤を飲んでいる。それで魔法を使えなかったんだ…。俺はまた、ローレンを危険な目に合わせている…。
「マリクを早く邸へ連れて行け。臭くてたまらん。いや、私が連れていっても良いがな…。私もアルファだからどうなるかは分からないが 」
フィリップの言葉に、ローレンは唇を噛んだ。しがみついているマリクを連れて馬に乗る。馬の上からローレンは心配そうに俺を振り返った。
「ノア、帰れるか?」
「はい 」
俺が返事をすると、ローレンも頷いて、馬を走らせた。
以前もこんな事があった。
以前もローレンは発情して倒れたマリクを連れていった。あの頃はまだ幼く、第二性の診断を受けたばかりのマリクは意地を張っていて、二人が番になることは無かった。でも今は違う。二人とも成熟したアルファとオメガだ。しかも、マリクはローレンが好き…。
本当は行かないでくれと、叫びたかった。でも、出来ない…。ローレンもひょっとして本能では番を求めて、苦しんでいるのではないか。そう心に過ってしまったから。
慌ただしく準備を終えると、俺は見送るつもりでマリク達の元へ向かった。
「ノア、お前も行くんだ!」
マリクの発言に、俺は困惑した。だって俺は…!
「しかしマリク様…!私は、騎乗も出来ず武器も使えません!行っても足手纏いかと… 」
「俺に何か遭ったらどうするつもりだ!アルファもいるんだぞ!…いいのか?」
マリクに叱られ、断る事が出来なかった。
仕方なく頷くと、俺はマリクの馬に乗せられた。ローレンは何か言いたげにしていたが、大丈夫、と俺は視線を送った。そう、大丈夫なはず…狩猟は経験豊富な猟師が先導し、護衛の騎士もいるのだから…。
しかし森に向かう途中、猟師と意見が対立したフィリップは、猟師を全員帰してしまった。
時期的に動物達は冬眠の準備で食糧を確保しようと森を歩き回っている。突然出会して不意をつかれたり、手に負えない大型の獣と遭遇しないため、猟師が獲物を追い誘導した獲物を狩ることと、森の入り口付近を狩場にと提案したのだが、フィリップはことごとく拒否した。
猟師はフィリップの身の安全を第一に考えて提案したのだが、フィリップは「つまらないことを言うな」と言って聞き入れなかった。
「馬に乗りたいし、獲物は突然出てくるから面白いんだろう 」
ローレンはじめ騎士達も呆れた様子だったが、そうは言えない。なかなか獲物が現れず、森の中を目的もなく進み、次第に不安が募っていった。
どれくらい進んだだろう?少し開けた所で、子供の猪が一匹、地面に顔を埋めて何かを食べているのを見つけた。
「子どもの猪だ…!いや、この大きさだとまだ赤子か…?」
マリクは馬を降りて、猪に近付いた。子どもだからか、猪は警戒もせず、まだ何かを夢中で食べている。俺もマリクに駆け寄った。
「マリク様、急に馬を降りては危険です!」
「周りに親もいない。大丈夫だ 」
確かに…周りをぐるりと見回したが親などは居ないようだ…。けど、動物は鼻が効く。もう少し遠くにいる可能性もある。
俺がマリクに馬に戻るよう説得をしていると、衝撃音がして、弓矢が子どもの猪の足元に刺さった。
「惜しい、外した…!やれやれ、魔法ばかりで腕が鈍っているなぁ 」
フィリップは弓を持ったまま笑みを浮かべている。子どもの猪なんか狩ってどうするつもりだ…。しかも俺たちのすぐ近くに弓を…!
「フィリップ殿下!」
ローレンはフィリップを嗜めるように名前を呼んだ。しかしちょうど、子どもの猪が、弓に驚いて「キイー!」と大きく鳴いたことで、ローレンの声は掻き消された。
同時に、動物の足音が響く。これは、一匹じゃない…。
「親が近くにいる!」
ローレンは叫んだ。
ほら、やっぱり…!
乗ってきた馬は嘶き走り出す。その大きな物音にフィリップや騎士たちも一斉にその場から逃げ出した。正しい反応ではあるが、俺とマリクはどうすればいいんだ…!護衛は…?!馬にも逃げられてしまって、なす術がない。すると眼前には巨大な猪が既に迫っていた…!俺なんか食べても美味しくないから、諦めてくれ…!俺はマリクの前に飛び出した。しかし猪は止まる気配がない。
ああ…!もうだめだ!
そう思って目をつぶっていたが、猪は襲ってこない。代わりに、何かが倒れるような大きな音が聞こえた。
目を開けると、ローレンの背中が目に飛び込んで来た。手前には倒れた猪。猪には弓矢が数本、刺さっている。まず離れたところから弓を使い、更に接近して、ローレンは、猪を剣で倒したようだ。
あっという間だった。
ローレン、と名前を呼ぼうとした時、俺の後ろにいた人は既に走り出していた。
「ありがとう!怖かった…!」
マリクは涙を流して、ローレンに抱きついた。ローレンも振り払うわけにも行かず、かと言って抱きしめるわけでもなく、マリクを見つめた。
「…当然の事をしたまでです 」
「でも、血が… 」
マリクはローレンの頬に手を伸ばして、血を拭う。
「これは猪の血です 」
ローレンはマリクの手を優しいく掴んで頬から離した。
しかしローレンの手がマリクの肌が触れた瞬間…マリクの顔が、一気に紅潮する。瞳に涙が溜まり、息も荒く胸を抑えると、ローレンの胸に倒れ込んだ。
まさか…! 発情期…?!
先日発情期は来たばかりなのに、何故?!ローレンに触れて誘発された?!
ローレンは倒れ込んだマリクを支えて、戸惑ったように俺を見た。俺は、何だか怖くて、その事実を口にする事が出来なかった。
「ははぁ。発情したな。マリクの奴。所構わず、醜いこと… 」
声の主はフィリップだった。先ほど逃げたはずだが、どうやら戻って来たらしい。フィリップはローレンに、馬を降りて近づいた。
「やはり!マリクの奴、発情してるな。酷い匂いだ。ローレンお前、何ともないのか?」
フィリップは馬鹿にしたように鼻を摘みならローレンに尋ねた。
「…抑制剤を飲んでいますから 」
ローレンの言葉を聞いて、フィリップは辺りを見回す。獣達はみな、弓か剣で仕留められていた。
「それで魔法を使わずにこの獣達を仕留めたのか…?魔法の名手だと言うのに…難儀なことだ。そんなに無理をせずとも手を出してしまえばいいではないか。番になれば抑制剤はいらなくなって魔法が使えるんだぞ。なぁ、ノア…?」
フィリップは愉快そうに笑っている。
そうか…抑制剤を飲んでいるから、魔法を使わずに猪を倒したんだな…。俺はフィリップの言葉に固まった。俺のためにローレンは抑制剤を飲んでいる。それで魔法を使えなかったんだ…。俺はまた、ローレンを危険な目に合わせている…。
「マリクを早く邸へ連れて行け。臭くてたまらん。いや、私が連れていっても良いがな…。私もアルファだからどうなるかは分からないが 」
フィリップの言葉に、ローレンは唇を噛んだ。しがみついているマリクを連れて馬に乗る。馬の上からローレンは心配そうに俺を振り返った。
「ノア、帰れるか?」
「はい 」
俺が返事をすると、ローレンも頷いて、馬を走らせた。
以前もこんな事があった。
以前もローレンは発情して倒れたマリクを連れていった。あの頃はまだ幼く、第二性の診断を受けたばかりのマリクは意地を張っていて、二人が番になることは無かった。でも今は違う。二人とも成熟したアルファとオメガだ。しかも、マリクはローレンが好き…。
本当は行かないでくれと、叫びたかった。でも、出来ない…。ローレンもひょっとして本能では番を求めて、苦しんでいるのではないか。そう心に過ってしまったから。
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