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二章

18.お茶

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 朝、俺は修道院とエドガー家で行っていたのと同様に、入浴のため湯を沸かす。自分の支度を済ませて使用人用の浴場を出るとジョルジュとすれ違った。「おはようございます」と声を掛けたが、何だか上の空だ。ジョルジュはフィリップ王子の担当で、疲弊しているのかも…。俺はそう思ったが労いの言葉をかける暇もなく、マリクの部屋へ急いだ。

 マリクの朝の入浴を手伝い、髪を結う。少し上の方で一つに結ぼうとすると、マリクに手を叩かれた。
「項が見えないように、横に流せ。常識だろう!」
 そうだ、項からオメガはフェロモンが出るんだった。でもそれを気にするのならオメガ用のチョーカーを付けるか襟のある服を着て欲しい…。反論することも出来ず、俺はマリクの美しく長い髪を横に流して結い上げた。我ながら上手くできた…!マリクはこの三年でスラリと背も伸び、オメガ特有の細身ではあるものの女性もときめきそうな美貌を兼ね備えた青年に成長していた。そんなマリクに似合う上品な装いに出来たと俺は思ったのだが、気に入らないと言われ、手を叩かれながら三回目でようやく許しを得た。
 …前途多難…。俺はこっそり溜め息を吐きながら、マリクを連れて朝食のため食堂へ向かった。

 朝食の後、マリクに抑制剤を飲ませなければならない。昨夜の夕食の席でもまだ発情期ではないと拒否されてしまい、エヴラール辺境伯に睨まれたのだ…!俺は説得方法を思い描きながら、まず初めに、ティーセットを受け取った。
 フィリップの担当のジョルジュも、ティーセットを受け取っている。何だか酷く顔色が悪いが…。俺はやはり声をかける余裕がなく食堂の中に入った。ジョルジュも食堂に入り、それぞれティーカップにお茶を注ぐ。フィリップの場合は毒味担当の側仕えがおり、まず毒味担当が匙で匂いと味を確認しフィリップはそれからようやく口をつける。毒味担当が許可を出したティーカップを持ち上げたフィリップはすぐに、カップをカチャン、と音を立てて置いた。

「おい、お前、明日から首だ。」
 フィリップは毒味担当をじろりと睨み吐き捨てる。その言葉に一気に場の空気は凍った。フィリップは次にジョルジュを睨む。

「これは茶以外に何か…、薬が入っている。用意したのはお前か?」

 ジョルジュは「違います…!」と否定したが真っ青になって震えている。今日、ジョルジュはおかしかった。…まさか…!俺も青ざめた。

 フィリップは「この者を捕らえよ!」と側仕えの騎士に命じる。騎士達が一斉にジョルジュを取り囲むとジョルジュはついに、「違います!私は…年老いた母親がいて…助けて下さい!」と泣き出してしまった。まさかその事を利用した誰かに、を盛るように言われたとか?何のために…?

 俺は咄嗟にフィリップの前に飛び出した。 

「あの、お茶を用意したのは私です!」
「…ノア、お前が?」
「お疲れだと思いましたので…ほんの数滴特製の果物をまぜました。美味しいものではありませんがとても身体に良いもので…。」
 俺は咄嗟に嘘をついた。我ながら、苦しい言い訳だ…。
「身体に良いだと?ではお前が飲んでみろ。」

 もし入っているものが毒だったら…その時は、ジョルジュも罪を償わなければならない。違うとするなら…。
 いつかウルク司祭が言っていたが、俺には年老いた母も家族も、ローレンに振られてしまって恋人もいない、エヴラール辺境伯にも嫌われているし、無敵なのだ!俺はカップを手に取った。

 しかし口をつける前にカップは取り上げられてしまった。

 俺からティーカップを取り上げたのは、ローレンだった。ローレンは少し匂いを嗅いだあとティーカップの中身を一気に飲み干す。

「これはエヴラール領の森でとれる果物ですね…。」
「ああ、そう言えば。懐かしい…。しかし殿下の飲むような物じゃない!全く…余計な事をするな!下げろ!」

 ローレンの言葉を聞いたマリクも一口飲んで、俺に怒鳴った。慌てて、お茶を下げて交換する。俺がお茶を下げる様子を、フィリップはじっと見ていた。

 多分…まだ疑われている。そんな顔。

 ローレンのおかげで、何とかその場は収められた。

 俺はその後、エヴラール辺境伯の執務室に呼び出された。そこにはジョルジュともう一人、エヴラール辺境伯家の専属医が待っていた。二人はエヴラール辺境伯から追及され、王子とマリクのお茶に抑制剤を混ぜたと告白したところだった。マリクに万が一のことがあったら首だと言われた専属医は焦ってジョルジュを使った、と…。
 マリクに発情期が来てしまった場合、マリクに抑制剤を飲ませるだけでは十分では無いのだとか。抑制剤はほぼ味がしないため、混ぜても気付かれないと思ったようだ。実際にマリクは気がついていなかったが、アルファの感覚はずっと、優れているらしい。僅かな匂いでフィリップには勘づかれてしまった。
 と、言うことは同じアルファのローレンもきっと気が付いただろう…。俺たちは確実に、ローレンに助けられた。

 ローレンは、あまりにも俺が鈍臭いから助けてくれた?いや、あのままだと、エヴラール辺境伯家も危うい立場になりかねなかった。だからだ…。俺を庇った訳じゃ無い。そう頭では分かっているのに、少しの期待に胸が高鳴る…。


 エヴラール辺境伯は夜会が終わったら考えると言って、その場で二人を処分することを見送った。
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