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一章

13.ランタンを上げよう

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 騎士団が後始末を終えると、運河の岸辺、船着き場周辺はまた、賑やかさを取り戻していった。ランタンが上がるのではないかと、人々は今か今かと待っている。

 騒がしい人々の波から、マリクが現れた。ローレンを見つけるとイライラとした様子で大股で歩き近づいてくる。

「ローレン!こんなところにいたのかよ!俺を手伝うはずだろうがっ!お前俺の騎士だろ?!」
「俺はまだ見習いです。マリク様の専属なんてとんでもない。それに、騎士祭りが中止になったのなら婚約者のお披露目も中止になったのではないですか?」
 婚約…!そうだ!今日、マリクとローレンの婚約が行われるんだった…。ローレンが助けに来てくれたから忘れていた。思い出すと、また悲しくて胸が痛んだ。

「フン…。二度とエヴラール辺境伯家に入ろうと思わなくなるくらいに滅茶苦茶にしてやろうと思っていたのに…ただ単に中止になっただけだ。父上を見損なった。母上を真実、愛していると思っていたのに、側室なんて…!母上がどんなに憔悴していることかっ!だいたい俺はアルファのローレンより優秀なんだぞ!それなのにこの国の法律はおかしい!」
 マリクはそう、息まいている。父上の側室、ということは…今回婚約しようとしていたのはマリクではなくエヴラール辺境伯、本人?エヴラール辺境伯の側室との婚約をめちゃくちゃにするため、マリクは俺から花を取り上げたのか?巷では、噂が間違って伝わっていたのだろうか。
 俺は思わずローレンに尋ねた。

「お二人が婚約するのではないのですか?」
「はあ?!マリク様と俺が婚約…?!しないよな、そんなこと!なあ、マリク様!」
「な…な…、ないよ…!ないない!ないけど…。なんでそんなこと、わざわざ聞くんだよ!」
 ローレンの問いかけに、マリクは真っ赤になって、かなり動揺している。…本当に、違ったんだ…、良かった。俺はホッとして、力が抜けた。力が抜けてぼんやりした俺の顔を見たローレンは、眉を寄せて怒ったような顔をする。

「ノア、お前…また俺より噂を信じて、俺とマリク様のこと、誤解していたのか?それで俺との約束をすっぽかして教会を出て行って、あの男に捕まった…?」
「…そ、それだけが理由じゃ…ないけど…ごめん… 」
  約束をすっぽかしたのは結果的に俺の方だ。俺が素直にローレンに謝ると、ローレンは少し表情を和らげた。

「それだけじゃないって、あとは何?」
「…俺を養子にと言っている方がいると…借金も返してもらえると言われて… 」

 ローレンは俺の返事を聞くと口を引き結び、先ほど和らげた表情をまた曇らせた。そのまま俺をじっと見つめた後、俺の手を引いて走り出す。


 ローレンは俺を連れて岸辺に準備してあった、ランタンを積んだ小さな船に勝手に乗り込んだ。乗り込んだのは帆もないオールで漕ぐ小さな船。積んであるのは俺たちが作った、ランタンだ…。

「ノア…ランタンを上げよう。」
「でも、俺、船を漕げないし、ローレンも疲れているのに…。」
「俺は大丈夫。休んで少し魔力も回復したし、オールで漕ぐ船だから!」

 俺が頷くと、ローレンはオールを漕いで船を出した。船が出て少しすると、マリクがローレンを追って来て「戻ってこい!」と岸辺で叫んでいるのが聞こえる。マリクが酷く怒った様子なので、俺は戸惑ってローレンに尋ねた。
 
「ローレン様…、マリク様が呼んでいますが…戻らなくても良いのですか?」
「ノアと、ランタンを見る約束だった。マリク様とは約束していないし、俺はあいつの部下じゃない。」
「でも、二人はアルファとオメガで…近くにいたら惹かれあって発情して…運命の番かもしれなくて… 」
「ノア、俺の運命を勝手に決めるなよ!」

 ローレンはひとつ、紙で作ったランタンを俺に持たせた。

「ノア…。俺の運命は俺が決める。ノアも選んでくれ、自分で…。」

 ローレンは俺をまっすぐ見つめる。

「エリーのふりをして書いた手紙…。あれはノアの気持ちだろう?『つれていって、あなたがすきです』って… 」

 ローレンは向かい合って、ランタンを持つ俺の手を上からそっと握った。お互いの瞳にお互いを映したまま、沈黙する。

「答えてくれ 」

 俺は涙が込み上げて答えられずに、でもはっきりと頷いた。

 俺が頷くと、ローレンは重ねた手の中のランタンに魔力で火をつける。次第にランタンの中の空気は熱を帯びて膨張し、ふわふわと夜空へ浮かび上がっていく…。

「…ノア。俺と家族になろう。成人したら、結婚しよう?だから養子になんてなるな 」
「ローレン… 」
「ちゃんと俺が、ノアを守れるようになる。今日みたいなことは二度とないから、誓って…。だからノアも約束してくれ。他の男について行くな 」
「でも…いいの…?おれ、ベータの男で…子供もできないし…。それに借金もあって… 」
「一緒に返していけばいい。一緒にいたい。好きなんだ。ノア… 」

 ローレンに引き寄せられて抱きしめられた。俺も好き、大好き…。でも涙で、言葉が出てこない。

「ノア…俺はずっと、毎週礼拝で俺がノアの前に立つのは、ノアに同情しているからだと思っていた。けど、違った…。好きだったんだ。ずっと… 」
「俺も…ローレン様が… 」
「ノア… 」
 
 俺たちは抱き合って口付けた。口付けの合間、見つめあってお互いの想いを確認する。ランタンは既に、遥か上空に浮かび、辺りは星あかりの僅かな光のみ。俺たちは暗闇に紛れて小さな船で二人きり、永遠を願った。


 しかしいつの間にか、辺りに船が数隻、すぐ側までやって来ていた。ランタンを上げるための船。しかも船の中から俺たち…いや、ローレンを呼ぶ声がする。

「おい、ローレン!何やってんだよ!仕事しろ!」
「マリク様…。今日はもう、仕事納めです。あと数時間で新年なのですから 」
「勝手な事言うなっ!戻ってこい!」

 ランタンを浮かべる為の船に乗ってやって来たマリクはローレンに向かって怒鳴っている。やっぱりマリクは…ローレンが好きなんだろうな、と俺は思った。ローレンは恋愛に疎いから気付く素振りもないけれど。

 ローレンは俺にもう一つ、ランタンを手渡した。

「一緒に… 」
「…うん 」

 俺たちはもう一度一緒に、ランタンを浮かべた。それは俺の夢、希望そのもの。

 周囲の船からも、たくさんのランタンが次々に浮かび、俺たちのランタンは直ぐに見えなくなってしまった。けれど…、ローレンがいれば見失わない。ないない尽くしの、俺にできた唯一の…希望の光…。
 
 その夜は二人でずっと、空に浮かぶランタンを眺めていた。
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