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5.婚約

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 ルシアンは俺に仕事はもうしなくて良いといったが、流石にそれでは残されたものが困るだろう。そう思って色々と引き継ぎをしていたら、一週間など瞬く間に過ぎてしまった。

 婚約式の当日…、婚約式を教会で行なった後、すぐに王都を立つ俺とルシアンを見送りに来たものはない。婚約式も、両家の親でさえ参列しないのだ。『罰』だから仕方ないとはいえ、あまりにも寂しい門出だ。

 加えて天気はどんよりと厚い雲がかかり今にも降り出しそうな雨模様。初夏にはありがちな、不安定そうな天気はまるで、俺たちの未来を暗示するようではないか…? 

 しかし、俺を迎えに来たルシアンは、喜色に頬を染めている。『罰だ』と口では言いながら、随分と嬉しそうだ。

「さあ行くぞ!刑の執行だ!」

   それでもルシアンにずっと片思いしていた俺としては、俺との結婚を『罰』だ、と堂々と言われると、ちょっと、いや、だいぶ傷付いてしまう…。

 
 返事ができないでいる俺の腕をルシアンは掴み、婚約式を行う教会へと向かった。

 婚約式を行うという教会は、王都の外れにあり古びていて、おどろおどろしい外観をしていた。
 教会に入るとまず、祭壇の後ろの大きなステンドグラスが目に飛び込んでくる。そのステンドグラスは大変美しいのだが、日当たりが悪いからかステンドグラスのせいでより、教会内が薄暗く感じてしまう。教会内の壁はすべて濃い飴色の木でできていて、それも悪い影響を及ぼしているのかもしれない。

 ルシアンが堂々と教会の中へ入っていくと、神父、数十人が出迎えに走ってきた。

 全員、法衣は黒…。
 
 法衣が黒いのは珍しい事ではないが、教会内の雰囲気と相まって、『婚約の誓い』を行うようなめでたい雰囲気が感じられない。

「ルシアン殿下、お待ちしておりました。婚約の契約書をこちらへ。」

  司祭と思われる…黒い法衣に黒いローブを纏った男がルシアンに契約書を出すように声をかけた。ルシアンは頷いて、胸の内側から大切そうに契約書を取り出す。

 教会も司祭の雰囲気も、余りにも怪しい…。この国で婚約の誓願をするのは当たり前のことだが、こんな異常な空気の中で行うなんて聞いた事がない!
 俺は思わずルシアンの腕を掴んで、引き留めた。

「ルシアン殿下…。あの、ここはどの宗派ですか?私は、フランクール国教会の信者ですので…。」
「ああ…、ここもフランクール国教会の一派だから、安心しろ。ただ、黒魔術を用いるちょっとした異端派だがな。」
「く、くくく黒魔術?!」
 黒魔術を使うって『ちょっとした』異端で済まされますか?!魔法など、もう遠の昔に無くなったというのに…、その上『黒魔術』だよ?!そんな怪し気な術を新婚さんにかけてしまうおつもりですか?!それともこれも『罰』の一環ってこと?!

 俺は怪しげな黒魔術を前に足がすくんだ。

「呪術により、この契約をより強固で絶対に破れないものにするのだ!さあ、始めよう!」

 あの、ほぼいやらしいことしか書いていない夫夫生活の契約を、より強固なものに?!しかも、明らかにルシアンが率先して術に掛かろうとしてないか?!ちょ…っ、ちょっと待ってぇっ…!正気に戻って!

   ルシアンは言うが早いか契約書を広げた。広げられた契約書は、妻の役割…俺の契約書だったのだが、何度も書き直された痕跡がある。
 書き直されているのは、五つ目の夜の夫夫生活のところ。1週間の回数を3回から4回に増やしたことは知っていたが、その後、何度も数字が追加・訂正を繰り返し…結局、10回、と記入されている。

「ルシアン殿下!なんです、これはっ?!」

  その数字を見て俺は慌てた。1週間は7日しかないのに、10回ってどういうこと?!
「1週間は7日だ。お前の負担を考慮して中1日休みを入れて夜の夫夫生活は週4日とする。しかし、4回にすると1日たった1回の計算だ。夜きちんと発散させておかないと、翌朝、利かん棒の私の息子が、元気に暴れてしまうかも知れないだろう?!」
「き…利かん坊…?!ちゃ、ちゃんと躾をなさって下さいっ!」
 しかも週4日にした場合、中1日休む事は出来ない。2週目に2日連続になる日が出来てしまい中1日休日制度はすぐに破綻してしまうのだ!

   訳がわからないことを言うルシアンから俺は契約書を取り上げた。取り上げたのだが、直ぐにルシアンに取り返されてしまう。ルシアンは司祭に契約書を渡すと、俺を引きずって身廊を進み、内陣まで歩いて行く。
   凄い力で引きずられ、ルシアンの執念のようなものを感じた。ひょっとしてこの宗派のせいでおかしくなっている?それともただ単にいやらしいだけ…?いや、ルシアンに限ってそんなこと…、ま、まさか…!

 内陣の祭壇に、契約書を広げると、神父たちは何やら禍々しい、呪文のようなものを唱え始めた。

 そして司祭はナイフを取り出し、ルシアンに差し出した。ルシアンはナイフの刃先に指を当て、血を滴らせる。

「生涯、この契約を守ると誓う。」

 ルシアンは笑顔で契約書に、血判を押した。血に濡れた光景はとてもじゃないが、幸せな婚約式とは程遠い。

「さあ!ジル、お前の番だ…!」

  俺は首を振って抵抗を試みた。だって…婚約を呪術で縛るなんて、そんな…。それじゃあ本当に『罰』じゃないか…!

 ルシアンは俺の顔を覗き込んで「わかった」と言い、苦々しい顔で、契約書の、10を8、と書き換えた。
 
 そ、そういうことじゃ無いんだけど…!

 俺が戸惑っていると、ルシアンは悲しそうに眉を寄せる…。

 ーーそんな顔させたかったわけじゃない。俺はただ、せっかくだったら幸せな婚約式にしたかっただけ…。


 ルシアンの悲しげな顔を見た俺は覚悟を決め、祭壇に向かい手を伸ばした。

 差し出されたナイフに指を当て血が滲んだのを確認してから、契約書に血判を押す。

「婚約が成立いたしました。」

   司祭の言葉を合図に、怪し気な呪術は最高潮を迎えた…。その中でルシアンは俺の肩を抱き、うっとりと微笑む。

「その数字、8じゃなくて…無限だよ。」
「あーーーっ?!」
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