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四章

57.【最終話】摩訶不思議

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 後宮の呪いが解かれて七年の月日が流れた。

 私、イリエス・ファイエット国王陛下の次女リディアは十六歳、まもなく十七歳になる。姉の長女リリアーノは十八歳になる、今日は記念すべき日である。

 長女リリアーノは成人を迎えたこの日に、ファイエット国議会の満場一致の採決によって、王位継承権を授与された。
 リリアーノは議会の中央に立ち「ありがとうございます。」とお辞儀をしてから、挨拶を始めた。

「私たちは六人姉妹で、全員母親に名を付けられました。母親は三人いましたから、その傾向が母親ごとにございます。王妃の子の私はリリアーノ、次女はリディア。側妃の子はマリーにマリア。愛妾の子はアイラ。しかし、六人目の子は側妃の子ですが“シャーロット”なのです…。なぜなら…シャーロットは女児であると分かり失望した側妃によって、生後名前を付けられずに放っておかれたのです。見かねた私とリディアが名前を付けたのですが、子供だからこの法則に気が付かず、シャーロット、と一人だけ違った名前になってしまった。実は、王配のアルノーも同じらしいのです。ふふ、それは余談ですが…。
 私が王位継承権を与えられた意味は、陛下を始めとした、王族の決意の表れなのです。これからは男児、女児に関わらず…全ての命に祝福を…!私は王族の一員として、今後二度と教会の女児誘拐のような不幸をおこさないことを誓います!」

 そしてまた議会は地鳴りのような拍手に包まれた。

 父上は事件の後、“後宮の呪い”…男児を重んじ女児を軽視するという考えを改めるために尽力された。
 その一つは「男児のみに王位継承権を与える」というファイエット国の法律の撤廃。こちらはかなり苦労をされたのだが、三年ほど前に成立し、リリアーノが成人することで初めて王女が王位継承権を得た。
 もう一つは、教会の組織について。
教会で、女児の誘拐が起こったのも、女性の位階が認められていないからだと、修道女の地位向上に取り組んでいる。こちらはまだ、抵抗勢力が強く実現していないが、生涯を通して取り組むおつもりだ。

 父上が改革を実行される中で、貴族や市井も少しずつ変化している。貴族でも女児が家を相続することが認められたのだ。市井でも女性の就職先の拡大…それについても父上は水面下で支援されている。学校も然り。

 私が目を閉じて、これまでのことに思いを馳せていると、隣に座っていた王配のアルノーの嗚咽が聞こえてきた。

 目には涙。顔も鼻水でぐちゃぐちゃである。
 
 七年前、私たちを呪いから救ったアルノーは父上と愛を誓った。しかし呪いが解けたとたんに後宮には沢山の、父上あての縁談が舞い込んだので、愛し合っているとはいえ王子をもうけなければならない父上はそのうち第二妃を迎えるのだろうと周囲も私たちも考えていた。
 だってねぇ…、あの日面白がってアルノーを後宮に捕えるって言ったけど…。私達の母も三人いたのよ?そもそも後宮ってそう言う所じゃない?
 しかし現在でも、父上の妃はアルノーただ一人。
 王女に王位継承権まで与えてしまって…!父上…まさか…?!すべての命が平等だという立派なお考えで私たちに王位継承権をお与えになったのですよね?!まさかとは思いますがアルノーだけを妻にしておきたい、アルノーしか好きじゃない…みたいな執着系の理由じゃありませんよね?!

 私は一瞬脳裏にそのような考えが浮かんだのだが、慌てて追い出した。だってそんな父親嫌でしょ!?

 わたしはチラリと、アルノーを盗み見た。
 アルノーは少し気まずいと思ったのか、私に別の話題を振った。

「あの、実は今度、私が孤児院にいた頃の子供が王宮の騎士団に入ることになったのです。それで、“騎士の誓い”をリリアーノかリディアにお願いしたくて。」

 騎士の誓いとは、騎士の任命式のことで、主になるものに忠誠を誓う儀式だ。
ん?なんで私たち?私は嫌な予感がした。だって、アルノーが孤児院にいた時の子供って、私たち関係なくない?普通、父上かアルノーがやるんじゃないの?私は率直にアルノーに尋ねた。

「その…美しい王女達にしていただければ、きっと、いい影響があるだろうと思いまして…。」
 アルノーはなんだかやたらと口ごもっている。何故そんなに口ごもっているのか、そもそもその「子供」が希望するなら、なぜそんなに口ごもるのか、私がアルノーを追及すると、ついに口を割った。
「私よりも王位継承権をお持ちになる王女殿下達の方がよいだろうと、陛下がおっしゃるのです。」

 おいおい!なんだそれ…!妻に忠誠誓われるのが気に食わない夫に反対されたってことでいいですか?!やっぱり父上、執着説、あるよ!

 呆れた私は立ち上がった。この話を急ぎ、姉に報告しなければならない。

「あ、リディア!もし良かったら、このあと一緒に診療所を見に行きませんか?建物がついに完成して、あとは内装を少し…というところまで出来ているのです!」

 そうだった。父上はあの事件の後、宮廷医ヒューゴ・クラテス伯爵に謝罪するとともに、医療の発展のため王宮の隣に診療所を作ることに決めたのだ。今まで医療は教会が担っている部分が大きかったが、今後は教会から切り離すことで宗教的禁止事項から解放され、遺体の解剖なども行い、病の原因の解明と医術を向上させる目論見だ。教会では寄付の少ないものは治療を受けられないなど問題も抱えていたから、王宮の側につくり、市民も受け入れることにしたのだという。
 教会から医療を切り離すというのは賛否があり、長く議論していだが結局、議会の承認は得られなかった。そこで父上はその診療所を私財で建てることにしたのだが… 父上だけでなくアルノーも私財を支払ったのだ。
 アルノーはなんと、王家からの寡婦財産も侯爵家からの持参金もすべて出してしまったらしい。「もともと頂いたものなので」と言っていたが…。それは通常、離縁した場合など、生活に使う財産のはずだ…。それを全部賭してしまうなんて…!アルノー!父上に退路を断たれてるよ!気づいてる?!

 私は眩暈がして、もう一度席に座った。すると議会の中心にいたはずの父上が、すぐそばまで来ていた。

「アルノー!」

 父上はアルノーを見つけて心配そうに走って来た。ポケットからハンカチを取り出して、アルノーの頬の涙を拭いている。
 その手には、いつの日にか私とリリアーノが縫った「両想いになるおまじない」付きのハンカチが握られていた。

 私たちはどうやら、とんでもないおまじないを掛けてしまったらしい。
 摩訶不思議な力など、とうにこの世から消えたというのに…不思議ね。
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