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四章

56.絶対抱かれてる花嫁と囚われの後宮

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「せっかく、かわいい令嬢達でしたのに…。聡明かつ健康そうでしたわ、それを、どこかの誰かが嫉妬に狂い、全て断ってしまって…。」
「は、はあ…。しかし最終的には陛下がお断りになったと、私は聞き及んでおりますが…。」
「まあ~!あなたねえ、イリエスは彼女たちに会ってもいないのよ!?王女達もです!きっと会いさえすれば、気に入ったはずなのに…閨に記録係も付けず、卑怯な真似をする男が断るように仕向けたのです!!」
 テレーズ様は血の巡りが良くなるというお茶が入ったティーカップを乱暴に置いた。額には血管がくっきりと浮かんでいる。それを見た、医師のヒューゴ・クラテス伯爵は慌てて止めに入った。
「テレーズ王太后陛下!落ち着いてください!またそんなに興奮されては…今度こそ血管が切れてしまいます!」
 そういってヒューゴはテレーズ様のティーカップにお茶をつぎ足し、俺をちらりと盗み見る…。

 そう、なんとテレーズ様は俺の部屋の応接室で堂々と俺の悪口を言っているのだ!
 嫁から言わせていただければ、閨に記録係を付けなかったのは陛下ですよ?!だってあの日、陛下が後宮の召使達に休暇を与えてしまったのだから、あなたの息子さんの計画的犯行なんですよ?!俺も後から気になって聞いたら「記録係なんてうっとおしいだろう」とか言ってにやっと笑っていました!

 元気が有り余って、嫁いびりがとまらないらしいテレーズ様はなおも続ける。

「私が生きている間に、世継ぎに会うことが出来るのかしら…?ねえ、アルノー、どうなのです?」

 俺はテレーズ様に、苦笑いで返した。
 陛下と俺は「白い結婚」を終わりにして、本当に結ばれた。そう俺は“絶対抱かれない花嫁”を卒業してしまったのだ!陛下と添い遂げる…そのためにはこのくらいの嫌味は受け流さなければ…。でもこの嫁いびりは流石に堪える…。

「テレーズ様、そんな意地悪を言うと前王妃の時の様に…アルノー殿下にも後宮を追い出されてしまいますよ?」
「フン!この男にそんな度胸はありません!第二妃を怖がるような根性なしなのですから!」
 ヒューゴは俺を見て苦笑いした。俺も、取り合えず笑った。

 テレーズ様の薬を処方していただいた後、俺はヒューゴを見送るふりをして部屋を出た。やっと解放された…!ヒューゴと二人で廊下を歩きながら自然と、話題はテレーズ様のことになってしまった。

「アルノー殿下、テレーズ様に負けないでください。私も微力ながら、お力添えしたいと思っております。」
「はあ…ありがとうございます。でも、テレーズ様のお気持ちも分からなくもないので…。」
「そうですか。でも辛くなったら言ってください。いつでもイリエスに言いますよ。“アルノー殿下を傷つけるなら私に下げ渡してくれ”と。」
「下げ渡す…?」
「ええ、案外本気です。その…そのくらい、私は貴方に感謝している、ということです。」
 ヒューゴは後宮の事件について潔白を証明し、宮廷医に復帰した。それにヒューゴの妹の死因もわかり犯人も捕まえたから、俺に感謝している、ということだろうか?
 ヒューゴは少し顔が赤くなっているような気がした…。ん…?
 具合でも悪いんだろうか?俺が尋ねようとすると、リリアーノとリディアが呼ぶ声が聞こえた。二人は走ってこちらにやって来る。

「アルノー!探していたのよ!」
「明日の豊穣祭の舞台が出来たのです!見に行きましょう!」

 俺はリリアーノとリディアに手を引かれて、あわただしくヒューゴと別れた。


 王城前には立派な舞台が作られていた。壇上には神事に相応しい、厳かで美しい花が飾られている。俺はつい、ため息を吐いた。俺、本当にこの舞台に上って大丈夫だろうか?
 不安に思っていると、リリアーノとリディアに顔を覗き込まれた。
「アルノー、顔が赤くないですか?」
「うん。赤いわ。一体ヒューゴとなんの話をしていたの?もう、フォルトゥナの花は咲いていないのに、定期健診なんてどういうつもり?」
「ヒューゴの診察の事?それなら…今日はテレーズ様のお薬を処方いただいたのですよ。ほら以前もお倒れになったでしょう?」
 二人は「ふう~ん。」と声を揃えて言うと、俺をジロジロと見回した。何だか意味深な視線である。
 な、何…?!

 その後三人でしばらく舞台を眺めていたが、明日はいよいよ本番だから王女達にも早く寝よう、と話をして後宮に戻った。

 しかし、早く眠らない大人が一人…陛下である。俺はそれに巻き込まれて…。つまり、まあそういうこと!

 豊穣祭当日の朝、俺と陛下は王女達に扉を叩かれて起こされた。昨日の情事の後そのまま眠ってしまって…。 俺は飛び起きて、陛下を寝室の奥の扉から陛下の部屋へ押し込んだ!なんとか誤魔化せた、と思ったのだが。

 俺の部屋をぐるりと見まわしたリリアーノは少し怒った顔をしている。
「お父様は?アルノーをちゃんと捕まえておいて!って言っておいたのに…。」
 だから昨日はここにいるって約束したのに!と言って頬を膨らませた。
 な、なんだ…そういう事?!じゃあ、陛下がいないと余計、変だった?俺は必死に「準備があると言って、先に出て行かれました。」と言い訳をした。

 それを聞いたリディアーノとリディアは視線を合わせて頷き合った。ん?また?なに…?

 すると、陛下が隣の部屋から出て来た。さっきも見ていたけど今も目がくらむような美丈夫である。
 陛下は優雅に俺の方にやって来ると、腕を上げ真っ直ぐに俺を指さした。

「アルノー・ヴァレリーを捕らえよ!」
「はぁっ?!」
 
 陛下は俺を見てにやりと笑った。王女達はまるで騎士団の兵士のように「は!」と返事をして俺を取り囲む。

「アルノーを逃がすな!」

 陛下が号令を掛けると、王女たちは口々に言う。

「他の男に言い寄られて、頬を染めた罪、よ!厳罰に処します!」
「そうよ!アルノー・ヴァレリーはイリエス国王陛下の後宮に捕らえます!」 

 他の男に言い寄られて頬を染めた?!そんなことしていないし、そんな出来事はなかったと思うけど…!俺は王女達に手を引かれ部屋から連れ出されてしまった。

 俺が連れてこられたのは、豊穣祭の控室のようだ。しかし、姿見の隣に掛けてある衣装を見て俺は固まった。

 直ぐにまた扉が開いて一斉に中に人が入って来る。
 入って来たのは皆、女の召使だ。彼女たちは容赦なくおれの夜着を脱がせると寝ぐせの付いた髪を強引に梳いた。

「痛――っ!」
 なんて乱暴な女たちなんだ!ちょっとは優しくしてくれ!俺の抵抗むなしく、女たちはテキパキと準備を進めていく。

 どのくらい時間がたったのだろう?窓からは良く晴れた、青い空が見える。そろそろ昼前…神事が始まる時間帯ではないか?

 準備に少々時間がかかったのは、花嫁衣裳を着せられたからだ。以前着たものより露出は減っているが、純白のドレスを俺はきせられた…。お世辞にも似合ってないやつ!大丈夫か?!これ!

 支度を済ませ部屋を出ると、王女達が待っていた。

「アルノー!素敵よ!似合ってるわ!はい、これ!」
 そう言ってリディアは俺にブーケを手渡した。フォルトゥナの花が入っていない白い花だけのブーケだった。
「フォルトゥナの花を抜いて、私たちが手作りしたのよ!」
 リディアの笑顔に、隣にいたリリアーノは少し複雑な顔をした。
「ずっと後悔していたの、二人の結婚式のこと…。お父様も同じ気持ちよ。だから…。今日はお父様とアルノーの結婚式をすることにしました!お祭りだから司祭も沢山いるしあの日の招待客もほぼ全員来ているし、アルノーの孤児院の子供達も呼んだし、ちょうどいいって!お父様の発案よ!」
「えっ、陛下の?!で、でも今日は伝統の…豊穣祭で…!」
「だから伝統通りじゃない?豊穣祭は雨ごいのために後宮の姫を生贄に差し出すのが始まりなのよ?アルノーは後宮の人柱…、生贄だったんだから同じじゃない!」
それは俺が、呪いのために後宮に来た人柱ってことがいいたいのだろうか?リリアーノは理解の追い付かない俺を無視して、リディアや小さい王女達に視線を送って合図した。

「おめでとう!アルノー!」

 王女達は全員で声を合わせて言ってくれた。なにこれ、泣かないなんて無理…!
 俺が泣きそうになると、リリアーノとリディアは慌てた。

「せっかく整えたんだから泣かないで!」
「そうよ!さあ、行きましょう…!」

 長いベールの裾を、王女達が持ってくれた。
 普通の結婚式はベールボーイ…貴族の子供たちがするのだが…。なんだかこれも“新しいことが始まる序曲”のように感じてわくわくした。

 昨日見た舞台の前には、舞台に向けて長い赤いじゅうたんが引いてあり、それを囲むようにして貴族や市民など観客たちが集まっている。

 俺は王女達にベールの裾をもってもらい途中まで、絨毯の上を歩いて行く。
 その先には俺の夫であるイリエス・ファイエット国王陛下が優雅にたたずんでいた。

「アルノー!」

 満面の笑顔で、俺の名前を呼んだ。その声を聴いた途端、弾かれたように俺は走り出して、両手を広げて待っている、その人の胸に飛び込んだ。

「結婚式のあの日、お前だけ愛を誓っていないんだ。だからこの場で誓ってくれ。」
 ひょっとしてそれ、割と気にしていらしたんですか…?そんな事、気にすることなんてないのに…。だって言うまでもない…。
「誓います。愛しています。イリエス…。」
「私も愛している。こんどこそ誓う。永遠を…。」
 
 会場はあっけにとられていたが、王女達が舞台に上がってきて、「おめでとう!」と声をかけ花びらを撒くと、会場からも万雷の拍手が沸き起こった。

 同時に楽器の演奏、賛美歌…。

 その時、良く晴れた青空から霧のような雨が風と共に降り注いだ。

 それは新しい神事について、神からの承認だったのか、それとも誰かの、涙雨だったのだろうか…。

 雨はあっという間に消えてしまい、もう誰も覚えていないほどだった。
 
 
 俺はイリエスと抱き合って口付けた。
 そして腕の中で、祈り、歌う。

 神よ汝 罪深きわれらをゆるしたまえ
 罪深きわれらに 永久の救いをあたえたまえ
 
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