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四章

48. 親愛なる、アルノー・ヴァレリー様 ①

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―親愛なる、アルノー・ヴァレリー様―

 アルノー様がこの手紙を読んでいるということは、私はこの世にいないのでしょう。アルノー様、私の死に様はいかがでしたか?無様にイリエスに切られたのでしょうか?それを見た貴方は泣いてしまったのでは無いですか?私の名前を…「メアリー!」と叫びながら…。
 アルノー様に泣いて欲しくないので、私はこの手紙を書き残す事にいたしました。なぜなら私、メアリーことジャメル・ベルはアルノー様を恋慕って…いえ、愛しているからです。貴方に看取られて旅立ったのなら、私は本望です。

 しかし、私が貴方を愛していると自覚したのは、出会ってから随分と後のことでした。それは今思い出しても、胸が苦しくなるのですが…貴方がイリエスの寝台で眠っているのを見た時なのです。
 貴方は夫の寝台の上で、二日酔いも手伝ってぐっすりと眠っておられました。私の作った可愛らしい夜着をぴくりとも乱された様子もなく…。イリエスが貴方を抱かなかった事はすぐに解りました。私は心から安堵して、そしてすぐに絶望しました。愛しい貴方が、他の男の妻だという事実にその時、初めて打ちひしがれたのです…。しかも貴方達はその日、相思相愛になってしまわれた。
 だってそうでしょう?
 多分イリエスは酔った貴方を自分の寝台に連れて行き、大切なものを包む様に慎重に布団を被せた。そして貴方の横で眠っていたのです。貴方の隣にはイリエスの寝た跡が残っていた…。
 私はその日からイリエスに敬称を付けることをやめました。たとえイリエスが一国の王だとしても恋敵を敬うことなど出来ないからです。

 そして私は己を呪いました。そう、イリエスにあなたを差し出したのは、この私に他ならない。

 私と言う男は……。ほら、よくある生い立ちです。娼館の娼婦が妊娠してしまい、産んだ子供を孤児院に捨てたのです。それが私。孤児院は今よりずっと壮絶でした。虐待などという言葉は生易しい、そんな環境で私は育った。少し大きくなると、私は見目麗しい男に成長いたしました。アルノー様にお見せしたかったですねえ…。
 美しい男だった私には、男も女も、大勢寄ってきました。力のある、しかし男好きの未亡人の養子になった私は、“ジャメル・ベル”を名乗るようになりました。その女は当然のように性愛による奉仕を要求し、私は答えました。彼女が私に飽きると、私はまた教会に戻された。
 だからと言って落ち込んだりはしていませんよ?孤児院の子供が貰われて返されるというのは、よくあることですから。奴隷商人に売られなかっただけよしといたしました。
 けれど産みの母親に捨てられ、養母にも捨てられ…自分でも無意識に女を抱けなくなっていました。

 私にとって女は専ら、金づるだった。ですから私は、教会に捨てられた女児を女子修道院に送らず奴隷商人に売って小銭を稼いでいた…。そんな小悪党だった私ですが、ある日たまたま、王妃の告解を担当し…私の人生は変わった。
 王妃は苦しんでいた。王女を二人産んだ後、男児どころか子供が出来ず、側妃と愛妾を受け入れざるを得なくなり…。自分より若い二人へイリエスが渡るたびに深く傷つき燃えるような嫉妬心を持て余していた。
 王妃は、特に長女に厳しくそして冷たかった。私でさえ“あなたが王子だったなら…”と度々口にする姿を見ていたのだから、聡いイリエスはそれを知っていたのでしょうね。王妃とイリエスの間には隙間風が吹いていたようです。だから王妃をだますのは簡単でした。その後の妃たちしかり…。

 妃達亡き後、後宮に残されたのは幼い王女のみ。豊穣祭を執り行う為にも、イリエスはまた妃を迎える検討を始めました。周囲の勧めで今度は呪いの対象でない男を花嫁候補にする事にしたのです。この時イリエスは、余り乗り気では無かったようなのですが、数人の花嫁候補が教会に集められ素行調査が行われる事になり、それも偶然、私がその調査担当になりました。集まった男達はみな、美しく家柄のいい男達だった。

 アルノー様は実は、その候補者ではなかったのです。 アルノー様は王立学校を平凡以下の成績で卒業し、八男ということもあって何処にも貰い手がなく、しかし侯爵家のため市井に出すわけにもいかず、教会に放り込まれただけの普通の男でした。特に見た目が良いわけでは無い。肌は白いが薄い顔の、普通の容姿でしたから、候補に選ばれたわけではなく、貴方はたまたまそこに居合わせたのです。
 貴方は他の子息と同じ、行儀見習いだと思っていたようですが、他のものはみな事情を知っていて、貴方を馬鹿にしていましたよ?

 当然、私もです。

 馬鹿にしながら見ていて分かったのですが、アルノー様、貴方は正真正銘、本物の大馬鹿者でした。
 アルノー様は教会での仕事にそれはそれは一生懸命かつ真面目に取り組みました。教会にある治療院に、寄附の少ない患者が来たときも貴方は一生懸命世話をしていましたね。余命いくばくも無い、老人のためにも貴方は一晩中付き添った。
 他のものはそんな事はいたしません。なぜなら他の者たちは知っていたのです。持たざる者に、神など現れないと…。

 私は貴方を見ているうち、何だか貴方が可愛らしく見えるようになっていきました。私自身、若い時は美しい男でしたから、美男など見慣れていて…平凡な貴方が可愛らしく映ったのかもしれません。
 貴方がにこにこしていると、私もつい口元が緩んだ。あばたもエクボ…というやつでしょうか?私は貴方をもっと見ていたいと思うようになりました。それで、候補者では無かったのだけれど貴方の調査報告書を後宮に送ったのです。

 アルノー・ヴァレリー、善良で真面目な男、と書いて…。

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