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三章

29.せっせと刺繍をする花嫁

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 ――明けない夜は無い。

 それは本当だ。…良いのか悪いのかは別にして!
 
 俺は教会の控室でせっせと刺繍をしていた。とんでもない枚数を、だ。なぜなら…。
 今日は教会でバザーが開かれている。そこにファイエット国教会首長であり国王であるイリエス陛下とその王女達が揃って参加したのだ。王女と陛下は手製のハンカチを手売りして、その売り上げ全額を寄付すると仰った。しかもそのハンカチには好きな人と両想いになれるおまじないが付いているという。購入の際に王女か陛下にイニシャルを伝えると、それを刺繍してもらえる。美貌の国王陛下と、生き写しの美しい王女達。陛下たちと話せるらしい…と噂が噂を呼び市民たちが大勢詰めかけて…ハンカチはほぼ完売、という勢い…。

 陛下たちはハンカチを売る「看板」であるので、表舞台に立たなければならない。しかし美貌の一族とは何の血のつながりもない平凡な俺は別。消去法によって俺は教会の控室で注文を取った分の刺繍を縫う担当になった、というわけ。
 でもさあ、この量…一人じゃ無理だよ!だから言ったじゃん!この仕組みは大変なことになるって…!誰かぁ、助けてえっ!
 
 俺が心の中で叫んでいると、孤児院の子供たち数人と、マルセルがやって来た。

「アルノー…。少し手伝ってやるよ。」
「マ、マルセル…!」
 ありがとう。昨日俺、お前に結構ひどいことしたよな?それなのに…!天使かっ、お前は?!

 マルセルは俺の頭をポン、と撫でた。「しょうがねえな、アルノーは!」といってテキパキと子供たちに指示をだして分担してくれる。自分も何枚かハンカチを取って俺の隣に腰かけると、黙々と刺繍を始めた。

「ありがとう。マルセル…。あとごめん。」
 俺は感動のあまり、泣きそうになった。良い子だな!マルセル!
「なんだよ、改めて言うなよ!まあ、アルノーのことは一度結婚の時に諦めてるから耐性がついてるんだけどさ、そうは言ってもまだ少し、傷付いてるんだぞ!」

 傷付いていると言いながらも、マルセルは俺を見て微笑んだ。

「もう直ぐ、アルノーの誕生日だから、少し早いけどプレゼント代わりだな。」

  マルセルは器用に刺繍を縫いながら、話を続けた。
「でも少し安心した…アルノーが噂より大切にされてたみたいで、さ。それで昨日は告解室で二人…じっくり“仲直り”をしたわけ?」

 昨日陛下と告解室に入ったのを見られていたらしい。ちょっと恥ずかしい…しかも何か含みのある言い方をされたような…?

「たまにいるんだよなあ~。そういう使い方しちゃうやつらが…!ま、首長がそうなんだから、もう仕方ないな。」
「そういう使い方?って、どういう使い方?」
「え…?本当に普通に話してただけ?あんなに長い間?…てっきり抱かれちゃってるのかと思って俺、人払いとかしてたんだよ?」
「はあーーーー?!」

 まさかそんな…!俺は絶対抱かれない花嫁なんだぞ?!

「そ、そんな…神聖な場所でそんなことしません!」
 神聖で無い場所でもしてはいないのだが…!マルセルはゲラゲラ笑っている。そんなに俺が抱かれないことがおかしいか?!ま、いいけど。

「真面目だねえ…アルノーは。悪い奴がいるって思ってないだろ?でもさ、いるんだぜ、教会にも。だから昨日みたいに、護衛撒いたりしちゃだめだぞ!お前、一応国王陛下の妻なんだし。それは絶対言っとかないと、って思ってて…。」
「危ないやつ…?」
「そーだよ。教会って貴族の息子から孤児まで色んな奴がいて…だから中にはおかしな思想の奴もいる。ここだけの話だけど…。」
 マルセルは俺に更に近づいて、声を顰めた。

「最近、分かったことなんだけど…教会に捨てられた子供のうち、女の子供がかなりの数、行方不明になってるらしいんだ。普通、男はここの孤児院、女は女子修道院に預けられるはずなんだけど…修道院に送るふりして、人売りに出したのかもしれない…。」
「なんだって…?!」
「たまたま親が、引き取りに来て発覚した。今、調べてる。」
 俺は絶句した。なんだって、そんな…。
「犯人は…?」
「分からない。分からないけど、司祭が一人、行方不明になってる。…たぶんそいつだな。許せねえよな、無抵抗な子供を…。」
「…陛下に、報告は?」
「そこまでは、俺にはわからないけど…揉み消されるかも知れない。秘密主義だから、教会の上は。」

 マルセルは俺の頬を撫でた。

「もし揉み消されたら、アルノーから陛下に言ってくれ。“ジャメル・ベル”司祭だ…。」
「ジャメル・ベル…。」

 俺が復唱すると、マルセルは良くできました、と言うように頭を撫でた。なんだか、どちらが子供なのかわからない。
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