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二章

22.嫁と姑がうまく行かないのは太古の昔より定められております

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 デュポン公爵家より正式に、家庭教師と閨教育について受諾するという連絡があった。一安心…しかし、安心ばかりしてはいられない。
 次に、豊穣祭に奉納する舞を習うため、陛下ご推薦の人物に会いに行く事になった。それはなんと、陛下のお母様、王太后テレーズ様であるらしい。王太后陛下は結婚式の時もいらっしゃらなかったから俺は初めてお会いする。父王は逝去されておられるので、てっきり…テレーズ陛下もお亡くなりになっていると思っていたのだが、どうやらそれは俺の大きな誤解だったようだ。
今朝も朝食の席でそのことを話し、王女達を誘ったのだが、リリアーノとリディアには拒否されてしまったのだ。なんで?!おばあちゃんちだよ?!お小遣いとかくれるかもだよ?! 
 リリアーノは今、初潮を迎えたばかりで体調が悪いからなのかもしれない。俺は無理強いする訳にもいかず仕方なくシャーロット達、年少組四人を連れて城を出た。
 
 目的地に到着後すぐ、陛下やリリアーノ達が渋った理由を理解した。

「アルノー・ヴァレリー…私はあなたの事を認めていないの。だから結婚式にも参列していないのよ?なのに今更のこのこと……!帰りなさいっ!二度と王太后邸の敷居を跨がないで頂戴!」

 しょ!承知しました!!もう二度と来ませんっ!俺はすぐに踵を返そうとした。
――しかし……後ろから首根っこを掴まれてしまった!!嫌だー!離してくれ!!俺は抵抗したが無駄だった。
「アルノー・ヴァレリー!挨拶もなしに帰ろうとはどういうつもりですっ!」
「だって、“敷居を跨がないでくれ”と仰るので…。」
「アルノー!!普通はそう言われても、そこを何とかと許しを請うものです!」

 そうなんだ…嫌だなぁ~…。でもさ、会ったとたん悪態をつく感じ…。ほら、結婚式の時の陛下と同じじゃない?!流石親子だなあ…。陛下も嫌がってはいたけど、親子ってどうしても似ちゃうんだよな、やっぱり。
 ――と、俺はひそかに感心していた。そう、俺に“敷居をまたぐな”と喧嘩を売ったのに首根っこを掴んで引き留めたこの人はイリエス・ファイエット国王陛下の実の母君にして王太后テレーズ様だ! 

「全く、私を後宮から追い出してからすべてが悪い方向へ向かったのです。王妃が亡くなり、側妃に愛妾まで…。」
「追い出した、とは?陛下がですか?」
「そうです。イリエスは王妃のいいなりでした。全く…王とあろうものが情けない!」
 でも、王妃のために嫌味な姑を追い出すなんて夫の鑑じゃないか?!うちの母様はいつも、父が姑の味方をすると怒っていたから、俺は陛下を見直した!
 俺が感心していると、テレーズ様は俺の首根っこを掴んだまま、邸の中に入ってしまった。

 王太后邸の応接室にもファイエット王国の国旗が掲げられている。調度品も重厚な雰囲気だ。その威圧感に、俺の気持ちもだいぶ重い…。
 俺と年少組の王女達は応接室のソファーにそれぞれ座らされた。遊べない雰囲気に、王女達はすでに不穏な気配を漂わせている。
 王太后テレーズ様、イリエス陛下のお母様は苦労の滲む顔面に更に皺を寄せて、金切り声を上げた。あ、その金切り声、リリアーノ王女に似ている。やっぱり血がつながっているんですね?遺伝とは神秘だなぁ。

「全く、イリエスと来たら私を追い出したばかりか、王妃達の死後、子供を産めない男を後宮に入れてしまうなんて!この男に豊穣祭の大役が務まる訳がありません!あれは女がやると、太古の昔より定められているのです!」
 うん。そうだよね。それは俺もそう思う。だって可愛くもない普通の男の俺がひらひらした衣装着て踊る姿、神様も喜ばないはずだよ?適材適所ってあるよね。それは分かるんだけどさぁ。

「全くあの子は、王家に恥をかかせた上に、神代から続く正統なる血筋を絶やすつもりですか?!」
「はあ、でも陛下にはこちらの王女初め、六人もお子様がいらっしゃいます。血筋が絶える、という事にはならないのではないでしょうか?」
「女に王位継承権はありません!男児でなければ、意味はないのです!」
「意味がないなんてそんな…そんな事ありません!王女達は立派です!」
 意味がない、なんて酷い!男なのに男に嫁いだ俺なんか、男女の前に子供が産めないないんだぞ?!六人も御子を産んだ妃達を褒めるべきだし、王女達がおられるという今ある幸せに目を向けたらどうなんだ?!そりゃー妃たちに煙たがられ後宮から追い出されるはずだ!
 俺はそんな意味も込めて非難したのだが、王太后テレーズ様の勢いは止まらない。

「だから私は王妃の人選に反対したのです!王妃が選んだ側妃は王妃の友人、愛妾は側妃の侍女…!後宮は仲良しこよしでは成り立たないのです。私は切磋琢磨する事で三人目で男児を産んだのですから!」
 え、そうなの?陛下、本当に王妃を愛してらっしゃったんですね!俺に結婚式で「愛するつもりはない」って言ったのは、王妃を本当に愛していたからだったんだ…。陛下の愛を改めて知り、俺の胸はまたチクりと痛んだ。
 しかし、王妃様達はリリアーノが言うように本当に仲が良かったんだな?だったら、余計にありえない。呪いなんて!

「聞いているんですか、アルノー!」
「は、はあ…。」

 俺が少し考え込んでいると、テレーズ様に叱られた。するとその金切り声に、ついに耐えきれなくなったシャーロット達が泣き出してしまった。阿鼻叫喚!である。

「まあまあ、なんです、泣いたりして!躾も出来ていないじゃない!」
「シャーロット王女殿下はまだ三歳ですから仕方ありません。それより今まで我慢していたことを褒めてください!」

 俺は立ち上がって、シャーロット達に「帰ろう」と声をかけた。シャーロット達を必死で宥める俺に、テレーズ様は容赦ない。

「あなた、それが教えを乞う者の態度なのですか?!そんな事で豊穣祭を迎えられるとお思いなのですか?!」

 浴びせられた金切声に、俺は深くため息を吐いた。

「…確かに、私は奉納する舞のことでテレーズ様に教えを乞うつもりでした。しかし、男児でなければ意味がない、と言うテレーズ様の教えは、王女殿下達に良い影響をもたらさないと思うのです。いっそ、この機会に新しい豊穣祭の在り方を模索すべきなのかもしれません。ですのでもう一度、陛下と相談いたします。」
「なんですって?!」

 テレーズ様はまた金切り声を上げ、テーブルを叩いた。こわいっ!少し言い過ぎた?!俺はテレーズ様を怒らせないよう出来るだけ落ち着いて説明した…つもりだった。別に喧嘩したい訳じゃないの、分かってもらえる?!

「王女殿下達は、意味がないどころか…勉強だって良く出来るし、刺繍も得意だし…。それに、リリアーノ王女殿下は先日、市井の子供達より早く大人の仲間入りをいたしました!立派に成長されており、今まで王妃様が後宮をきちんと運営されていた証拠です。決して悪い方向には向かっておりません!」
「…ではなぜ、呪い、などと?」
「呪いなどありません。それは必ず私が証明いたします。」
「ふうん、呪いがなければ、男を妃に据える意味はなくなりますが…?」
「…覚悟の上です。」
 
 テレーズ様はまだ俺を睨んでいたが、俺はできるだけ柔和な笑みを浮かべてその場を後に…。

 出来なかった!

「アルノー!」

 ひいい!すさまじい剣幕のテレーズ様に負け、俺は捕まり散々説教を食らってしまった。シャーロット達は泣くし、もう、散々。しかも、最後は王女達へのプレゼントだという大量のドレスや装飾品を手渡され、それを「今、後宮の予算がひっ迫しており、慎ましい生活をしようと先日も孤児院を慰問したりしておりまして。」とやんわり断ったら、さらに大激怒!

 ようやく、日が落ちてから帰路に着く事が出来たのだった。
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