上 下
12 / 58
二章

12.抱かれない花嫁は傷付いていたようです

しおりを挟む
 どうしてこうなった?

「アルノー殿下…このお茶、私が煎じたものです。どうです?香りが違うでしょう?」
 まるで夜闇の精のような美しい星詠みの青年、ナタは俺に不思議な香りのするお茶を差し出した。
「アルノー殿下。あなたは繊細な方だ。フォルトゥナの花粉にも反応してしまうのですよ?こんな出どころ不明なものを口にしてはいけません。」
 神経質そうな切れ長の鋭い目をした医師、ヒューゴは俺からナタが入れたお茶を取り上げてしまった。

 一触即発、である。
 こわいっ!俺の前で揉めるのは辞めてくれっ!

「陛下から王妃様達の死後、宮廷医はいないと伺っておりましたが?」
「先日、アルノー様の治療をした功績が認められて、アルノー様の主治医として後宮に使える事、陛下より任を受けております。」
「陛下が、妃を四人も見殺しにした男にお任せになるでしょうか?私は昨日、アルノー様の危機をお救いし、直々にこの後宮て尽力してくれと拝命されておりますが…。」
「左様でございますか。どんな寸劇を演じられたのか、絡繰を見極めようと言う心づもりでは?どうやって妃達に取り入ったのかも含めて…。」
「ふふ…。」

 妃たちは三人なのにナタは四人、と口にした。ヒューゴもナタが妃たちに取り入ったと言う。どういうこと?俺の疑問を他所に二人は俺を挟んでテーブルを囲み、意味深に笑い合った。
だから怖いって!

昨日俺が陛下に「花粉のせいで涙が出た」と言ったことが伝わったようで、診察をすると言って朝食後、ヒューゴが部屋までやって来たのだ。
それと同時に星詠みの青年ナタも俺の部屋に入って来てしまい…この舌戦である。

「おい、そろそろ出ていけ。診察できない。」
「出ていくのはあなたの方では?私はここに、部屋を与えられておりますゆえ。」

 えーーっ?!後宮に部屋まで?!
 確かに昨日の、ナタの神がかりを見れば、呪われた後宮に居てくれと懇願したくなるのもわかる気がする。しかもこの男は美しい…シュミーズを着ても抱かれない俺と違って!

「私がいるからには必ず殿下を呪いから守ります。ご安心下さい。殿下。」
「いや、こいつが最も安心できない。いつ陛下の褥に潜りこもうとするか…。」
「殿下を差し置いて、そんなまさか…。」

 そのまさか…!あるよ、ありえる。だって陛下はたいして美しくもない俺を愛さないって言っていて…なのにこんな美しい男…ナタに後宮の部屋を与えてさ…フツー、目的は一つじゃない?!
 ああ、またちょっと涙が出て来た…。いや、こ、これは花粉なんだ!

「殿下…。大丈夫です。イリエス陛下はきっと、男性に不慣れなのですよ。殿下が少しだけリードして差し上げれば…。今度私が教えて差し上げましょう。」
 でも下着姿でさえ怒られてるのにリードも何もなくない?!ナタは心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。だから大丈夫だって!ぐすっ!

「おい、お前何のつもりだ。そんな事が許されると思うな!殿下は娼婦ではないんだぞ!」
ヒューゴは強い口調でナタを非難した。ちょっ…、本気で庇われたら余計可哀想な感じになるからやめて欲しいんだけど…!

「”そんな事”ではありません。こんなに傷付いてらっしゃるのに!」
 ナタに言い切られて俺は、愕然とした。俺は陛下の態度に怒っていると思っていたのだが、実は、傷付いていたんだろうか…?いーや、違う!違うはずだ、たぶん…!じゃないと惨めすぎるだろ!?

 俺が一言も発さないでいると、ヒューゴはついにナタを力尽くで追い出した。俺を診察したヒューゴは「少し薬を変更いたしましょう。」と苦笑いした。
変更すると言いながらヒューゴは前回と同じ塗り薬と、飲み薬を置いて帰っていった。

 ヒューゴの診察が終わると、子供達全員がやって来て、それと入れ違いにメアリーが姿を消した。なんだか慌ただしいなぁ…。

 王女達の家庭教師はまた風邪を引いたらしい。もうこのまま辞めるつもりだろうか?それなら別の教師か、何か考えないとまずい。予算のこと、豊穣祭のこと、陛下にも相談しなければ…。
でも陛下に相談するのは嫌だ。今、話したく無い。

 俺の思惑を知ってか知らずか、後宮の官吏が陛下が今夜お渡りになるという知らせを持ってやって来た。
 ちょうどメアリーがいなかったということもあって、俺は咄嗟に断ってしまった。具合が悪いと言って。

 あー、子供か俺は。自分に呆れる…。

 そんな断り方をしたから夕食には行けず、メアリーにも断った事がバレてしまった。

「なぜ、お断りになったのですか?!仮病ですよね?!」

 メアリーに激怒されたが話す気になれない。

「全く…お断りになった隙に、あの男が陛下の閨に入り込んでしまったらどうなさるおつもりなのですか?!既に後宮に部屋を与えられ…正式に愛妾か側妃になるのかも知れませんよ?!」

 俺はメアリーの言葉にまた衝撃を受けた。俺は呪われた後宮に嫁いだから、俺の後から誰かが嫁いで来ることは無いとタカを括っていた。
 ナタは男とは言え、俺と違って美しいから、呪われる危険もあると判断されるのではないだろうか?呪われる危険があるなら、正式に輿入れとはならないのでは…。
そこまで考えて、俺は全然、その心配がないから王配なんだという事実にまた落ち込んだ。

やっぱり俺は傷付いていたのかも知れない。俺の顔を見たメアリーでさえそれ以上何も言ってこなかったのだから。

陛下からは夜、書簡が届けられた。それは豊穣祭に協力してくれる貴族のサロンへの招待状だった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】生贄赤ずきんは森の中で狼に溺愛される

おのまとぺ
BL
生まれつき身体が弱く二十歳までは生きられないと宣告されていたヒューイ。そんなヒューイを村人たちは邪魔者とみなして、森に棲まう獰猛な狼の生贄「赤ずきん」として送り込むことにした。 しかし、暗い森の中で道に迷ったヒューイを助けた狼は端正な見た目をした男で、なぜかヒューイに「ここで一緒に生活してほしい」と言ってきて…… ◆溺愛獣人攻め×メソメソ貧弱受け ◆R18は※ ◆地雷要素:受けの女装/陵辱あり(少し)

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...