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一章

10.美しい星詠みと呪われし花嫁①

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 富と権力の象徴である巨大なシャンデリアの明りは、鏡の間に集まった人々を妖しく照らしていた。鏡の間と呼ばれるその大広間には、地上にまだ摩訶不思議な力が存在した時代の魔道具とも言われる大きな姿見が置かれている。そこには美しい、輝くような美貌を放つイリエス・ファイエット国王陛下がまるで絵画のように映し出されていた。

 イリエス国王陛下は優雅にグラスを掲げた。
「本日はお集まり頂き、感謝いたします。ここに、豊穣祭を執り行う為、志を同じくしたものと集えること、神に感謝いたします。」
  陛下の挨拶で、その会は始まった。豊穣祭の事務局立ち上げのため、協力者である貴族を夜会に招待したのだ。人選は結局陛下が行った。俺は誰がどう選ばれたのか、何を協力してもらうのかを覚えるだけで精一杯で…しかも…。

「まあまあ、これはお美しい。アルノー殿下、初めてお目にかかります。今後ともお見知りおきを。」
 本日何度目かの挨拶。始めの枕詞いらなくない?聞いてるこっちが気まずいっての!お互い思ってないんだから言わなくて良いのに、俺は心の中で思ったが表面上は「ありがとうございます」と言った。

 みんな呪いを恐れて陛下には近寄らないのかと思いきや、そうでもない。陛下はあっという間に人の波に揉まれて遠くへ行ってしまった。陛下がいなければ、俺に声を掛けるものは居ない。

 なるべく目立たないよう、少し薄暗くて目立たない壁の近くの椅子に腰掛けていると「隣、宜しいですか?」と美しいテノールが響いた。俺が良いですよ、という前にその人は俺の隣に腰を下ろすと、光沢のある夜空のような濃紺の長いストールの間から顔を覗かせた。
  美しい男だった。黒の長い髪に、褐色の滑らかな肌をしている。黒の髪をかきあげると金色の眼が爛と輝いていた。俺が陛下の夫でなければ、きっとその男に見惚れていただろう。

「こんな美しい方がお一人でいるなんて…ああ、夢のようです。」
  え?俺?いやあきらかなお世辞だな。だって俺は陛下が絶対愛さない善良なだけの男だ…彼の方がずっと繊細で美しい。俺はそのお世辞にどう答えて良いものか迷った。取り敢えず、いつものように「ありがとうございます。」とだけ口にした。
「あなたのような美しい方は、どのような星の下にお生まれになったのか、見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「星?」
「ええ。」
 占星術…占い?ひょっとして、彼が陛下が雇っている星詠みだろうか?俺が迷っているうちに彼は記号が書かれた一枚の紙を広げながら俺に生年月日、生まれた場所、時間など次々に尋ねた。俺が馬鹿正直に答えると彼は瞳を閉じてはらはらと涙を流した。

「ああ、何という数奇な運命だ…。」

 彼は何やら呪文のようなものを唱え始めた。取り憑かれたような彼の表情に俺は、底知れぬ恐怖を感じた。
 呪文を唱える彼の周り…気づけば俺と彼は注目を集めている。後宮の妃の俺を恐れて近寄りはしないが、遠巻きに多くの視線が集まっていた。

「あなたはかつてない厄災に見舞われるでしょう。しかし、あなたを守護する神の力があればそれを跳ね除け、この国に豊穣をもたらすだろう。」

 何を言っているのかわからない…。神の力?それは魔法の事だろうか?魔法はもう何代も前の王が地上から完全に失われたと宣言したはずだ。

 彼は立ち上がり、俺の腕を掴んだ。華奢な手からは想像もつかない力強さでメアリーのようだな、と俺は思った。

 彼は俺を立ち上がらせると、腰に刺していた細い剣で俺の服を切り裂いた。
 俺の服が切り裂かれて肌が露わになると、辺りからは大きなどよめきが起こった。

「呪われた後宮の、呪われし花嫁…。」
  
そう言ったのは星詠みだったのか、参列者だったのだろうか…?

  美しいシャンデリアの光の下、露わになった俺の肌には湿疹…と言うにはドス黒い痣のようなものが大量に浮かび上がった。

 それを見た参列者たちは悲鳴を上げて一斉に部屋の外へと逃げて行った。しかし大勢の人が逃げる中、流れに逆らってイリエス陛下だけはこちらに向かって来る。

「アルノー!」

  陛下は眉を寄せ、唇をプルプルと振るわせている。陛下、それ、シャーロットの泣く前の顔ですよ…!

 陛下、と叫ぼうとしたのだが、星詠みの男に制された。
 
「さあ祈りましょう。あなたの神に…。」

  その男が跪き祈りを捧げると、刹那、大きな音を立ててシャンデリアが落下した。

「アルノー!」
  暗闇の中、陛下の取り乱した声が響く。
 シャンデリアは俺のギリギリ後ろを掠めたが、辺りは暗闇。周囲に俺の姿は映らない。

 陛下は俺の方に向かおうとしたのか、シャンデリアの破片を踏んだ音がして、それを聞いた誰かが「灯りを!」と叫んだ。

 その叫びに呼応するかのように、燭台に明かりが灯される。
 再度俺が照らされた時…湿疹…あのドス黒い痣のようなものは跡形もなく消え去っていた。
 
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