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一章
9.多忙な花嫁は夜も手が抜けない
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陛下が部屋を出ていってからも俺は眠ることが出来ずにいた。
明日も陛下が俺の部屋に来ると言っていたから、その時相談しようと思い後宮の予算についてまとめることにした。
後宮の予算はザルだった。長女のリリアーノ筆頭にこども達は十一歳から三歳だ。そのため俺がいない間はそれぞれの後見人となる官吏が代行で行っていたようだが高価な買い物が多すぎる!ドレスとか装飾品とかなにこれ?!子どもなのにお茶会?!…たぶん使い込みもされているんだろう。じゃなかったらむしろ贅沢な暮らし過ぎて怖い!今上がってる稟議も中身を見直ししなければ…。子供たちにも事情を話して、慎ましい生活をしてもらおう。例えば、孤児院に体験に行くというのはどうだ?庶民の暮らしを知ることは勉強になるし、俺が口で言うよりずっと伝わりやすいはずだ。
それと困ったのが、辞める召使に支給する「退職金」。とにかく退職希望者が多くこれが予算を圧迫している。「大丈夫!後宮で働いても呪われないよ!」ということをアピールして退職者をつなぎ留めたい。
俺はこの二つの方針を陛下に相談することに決めて、ヒューゴに処方してもらった薬を飲むと明け方ようやく眠りについた。
翌日シャーロットの熱は下がっていたが、念のため食事は俺の部屋で取ることにした。部屋で朝食を済ませると、メアリーがテキパキと片付けをしながら俺にだけ聞こえるように囁く…。
「アルノー様、今日は忙しいですから覚悟をして下さい。まず朝食後、ヒューゴ・クラテス伯爵が往診にいらっしゃいます。その後、午後は夜に備えて休息を取ったのち、閨の準備に取り掛かります。」
「閨の?!なんで?!」
「カーーッ!アルノー様!今日こそ決めますよ!いいですね!」
決めるって何を?そんなことしたらまた陛下に怒られる!それに…。
「しばらくシャーロットが俺の部屋にいるから、そういうことは出来ないよ?」
「アルノー様、ご安心ください。シャーロット王女は陛下の訪い迄には寝てしまいますから。」
メアリーは「そんな事言い訳にもなりません」と鼻で笑った。
で、でもまさか隣で…なんて出来ない…そんなの子供に見せたら虐待だよ!いや、そもそも俺と陛下は出来ないんだって!ああー、嫌だなぁ…。
予定を少し遅れてヒューゴはやって来た。
「熱は下がったようだし、喉の腫れもほぼ引きましたね。」
ヒューゴはシャーロットを診ると「よし」と言って、その後俺を診察して、前回と同じように胸の湿疹に薬を塗った。
「これ、乾燥や傷にも効きますから、もし陛下が乱暴をしたら使って下さい。多めに置いていきます。」
「陛下が乱暴?!」
俺は動揺した。乱暴…?!それ以前の問題なんだけど…。そんな怪我絶対負わないからこの薬使う機会ないよ…?もしくはその分お肌に塗り込みすぎて、抱き心地抜群のツルツルもち肌になっちゃう…!ねえ、どっちにしろ無駄になるけどいいの?!…勿論そんな事聞けるはずもなく、俺は愛想笑いに終始した。ヒューゴはそれを勘違いをしたようで、控えめに笑った。
「あいつ、男は初めてだから、勝手か分からず無茶をするのではないかと。」
いやだから…!もうこの話終わってくれない?
それより俺は、ヒューゴの”アイツ”呼びが気になった。
「ヒューゴ先生は陛下と親しいのですか?先日も呼び捨てにされていましたが。」
「親しいかは分かりませんが、所謂ご学友という奴ですね。」
なるほど、それで先日も呼び捨てにしていたのか。しかしそのヒューゴを陛下が宮廷から追い出したということは、陛下は本気で、妃の死因をヒューゴの薬だと思っていらっしゃる…?まさか…。
「アルノー殿下、お願いがあるのですが。私をあなたの主治医として雇っていただけませんか?個人的にです。」
「ええ、それはこちらからお願いしたいくらいで…。」
「良かった。」
ヒューゴはふっと微笑むと、俺にずい、と椅子ごと近づいた。
「アルノー殿下、私に協力していただけませんか?この国の全ての民の為に、医術の進歩が必要だと私は考えています。いつまでも、摩訶不思議の力を失ったことを嘆いて夢見てはいけない。前を見て真実を見なくては。貴方は新しい時代の後宮の花嫁だ。真実を見極める聡明さも兼ね備えてらっしゃる。」
何?どういう事?意味がわからないし、この国の民とか規模感が大きすぎる!だって俺の、王立学校の成績知ってる?総合は中の下、学問だけならそれよりは上だけど優秀だったとは言い難い。その俺に、そんなことできる?!期待しすぎじゃない!?
俺の動揺をよそに、ヒューゴは颯爽と帰っていった。
ヒューゴと入れ違いで、俺の部屋には王女五人がやって来た。なんとシャーロットと合わせて、王女が全員揃ってしまったのだ。
「なぜここへ?」
「家庭教師の先生が、風邪をひいたそうで、今日はおやすみなの。」
なんだって?!まさか…?!早く呪いはない宣言しないと本当に人がいなくなるよ…!
特に年齢の若いものは次々と辞めていった。若い方が他の仕事を見つけやすいし、先の長い人生を呪いで失いたくないという気持ちが強いんだろう。残っているのはみな、メアリークラスの年老いた召使ばかりで、子供は疲れるから嫌厭する。結果俺の部屋に全員集まったという訳。陛下に今夜話す資料をまとめたかったのに…!俺は少しいやかなり困惑した。
「アルノー殿下、何か面白い遊びは無いですか?」
「なんだろうなー、孤児院ではこれでよく遊びましたね。」
俺はそう言ってリリアーノの目を手拭いで覆った。
「目隠し鬼!この部屋しか逃げられないのと、逃げる時は声か音を出すのがルールだよ。鬼さんこちらー手のなる方へ~。」
俺が囃し立てると他の子供達も真似して、きゃあきゃあ騒ぎながら逃げ出した。俺もつい楽しくなってしまい、部屋はとんでもなく散らかってしまった。
メアリーが夕方鬼のような形相で現れるまでそれは続いた。夕食を済ませて風呂に入ってからも何故か子供達は俺の部屋に集まって来て、結局、俺の部屋の寝室で身を寄せ合って眠ってしまった。
メアリーは子供がいても容赦がない。閨の準備を渋る俺にまた無理やり準備をさせ、着替えをさせた。
「前回の事があったから感覚が麻痺してるけど、これなら子供に見られても大丈夫な気がする!」
「アルノー様!今度こそちゃんと誘惑して下さいね!でなければ手を痛めてまで夜着を作った私の努力が水の泡です!それと子供達が起きないように声は控えめにお願いします!私はあやしませんから!」
俺はふわふわの耳がついたカチューシャを付けたまま頷いた。頷かないとメアリーがうるさいからだ。流石に陛下も子供達が居るのにそんなことをしない…っていうかそもそも俺たちは”そんなこと”がない結婚なのだけど…。
今日の夜着はなんだかモコモコしていて動物を彷彿とさせる。耳がついたカチューシャも付いているしたぶん兎?透けてもいないし丈も膝丈で短すぎない!俺は感動していた。これなら陛下にも怒られない気がする…!
「なんと言う格好をしているんだ!!」
けどやっぱり叱られた。怒ってはいるが、今日は出て行かないらしい。
寝室の子供達の様子を見て陛下は微笑んだ。
「王妃が健在の時は、全員仲が良かったんだ。でも、王妃が側妃たちを呪ったと噂されてからは同腹の姉妹でしか遊べなくなっていた…。」
陛下の横顔からは深い悲しみが感じられた。そうか、それでは俺に、昨日今日来たやつに何がわかる!と言いたくなるはずだ。
「あの、先日は申し訳ありませんでした。呪いの証拠があるのか、なんて…。」
「いや、私こそすまなかった。お前が謝ることではない。」
陛下は寝室の扉の前に立ったまま、俺を見つめた。あまりにも美しい碧い瞳にみつめられて俺は、弓矢で射抜かれた獲物のように動けなくなった。ジタバタ動くと、弓矢はより深く刺さって抜けなくなる。危ないんだ…。
「フォルトゥナの花を生けるのは辞めさせた。安心するといい。」
「え…宜しいのですか?…申し訳ありません。」
陛下は寝室で眠る子供達の頬に順番にキスをした。おやすみ、と小さく囁いて、寝室を出ると、扉の前にいた俺の頬にもキスした。
おやすみのキス。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
俺は用意していた事をなに一つ話せなかった。
明日も陛下が俺の部屋に来ると言っていたから、その時相談しようと思い後宮の予算についてまとめることにした。
後宮の予算はザルだった。長女のリリアーノ筆頭にこども達は十一歳から三歳だ。そのため俺がいない間はそれぞれの後見人となる官吏が代行で行っていたようだが高価な買い物が多すぎる!ドレスとか装飾品とかなにこれ?!子どもなのにお茶会?!…たぶん使い込みもされているんだろう。じゃなかったらむしろ贅沢な暮らし過ぎて怖い!今上がってる稟議も中身を見直ししなければ…。子供たちにも事情を話して、慎ましい生活をしてもらおう。例えば、孤児院に体験に行くというのはどうだ?庶民の暮らしを知ることは勉強になるし、俺が口で言うよりずっと伝わりやすいはずだ。
それと困ったのが、辞める召使に支給する「退職金」。とにかく退職希望者が多くこれが予算を圧迫している。「大丈夫!後宮で働いても呪われないよ!」ということをアピールして退職者をつなぎ留めたい。
俺はこの二つの方針を陛下に相談することに決めて、ヒューゴに処方してもらった薬を飲むと明け方ようやく眠りについた。
翌日シャーロットの熱は下がっていたが、念のため食事は俺の部屋で取ることにした。部屋で朝食を済ませると、メアリーがテキパキと片付けをしながら俺にだけ聞こえるように囁く…。
「アルノー様、今日は忙しいですから覚悟をして下さい。まず朝食後、ヒューゴ・クラテス伯爵が往診にいらっしゃいます。その後、午後は夜に備えて休息を取ったのち、閨の準備に取り掛かります。」
「閨の?!なんで?!」
「カーーッ!アルノー様!今日こそ決めますよ!いいですね!」
決めるって何を?そんなことしたらまた陛下に怒られる!それに…。
「しばらくシャーロットが俺の部屋にいるから、そういうことは出来ないよ?」
「アルノー様、ご安心ください。シャーロット王女は陛下の訪い迄には寝てしまいますから。」
メアリーは「そんな事言い訳にもなりません」と鼻で笑った。
で、でもまさか隣で…なんて出来ない…そんなの子供に見せたら虐待だよ!いや、そもそも俺と陛下は出来ないんだって!ああー、嫌だなぁ…。
予定を少し遅れてヒューゴはやって来た。
「熱は下がったようだし、喉の腫れもほぼ引きましたね。」
ヒューゴはシャーロットを診ると「よし」と言って、その後俺を診察して、前回と同じように胸の湿疹に薬を塗った。
「これ、乾燥や傷にも効きますから、もし陛下が乱暴をしたら使って下さい。多めに置いていきます。」
「陛下が乱暴?!」
俺は動揺した。乱暴…?!それ以前の問題なんだけど…。そんな怪我絶対負わないからこの薬使う機会ないよ…?もしくはその分お肌に塗り込みすぎて、抱き心地抜群のツルツルもち肌になっちゃう…!ねえ、どっちにしろ無駄になるけどいいの?!…勿論そんな事聞けるはずもなく、俺は愛想笑いに終始した。ヒューゴはそれを勘違いをしたようで、控えめに笑った。
「あいつ、男は初めてだから、勝手か分からず無茶をするのではないかと。」
いやだから…!もうこの話終わってくれない?
それより俺は、ヒューゴの”アイツ”呼びが気になった。
「ヒューゴ先生は陛下と親しいのですか?先日も呼び捨てにされていましたが。」
「親しいかは分かりませんが、所謂ご学友という奴ですね。」
なるほど、それで先日も呼び捨てにしていたのか。しかしそのヒューゴを陛下が宮廷から追い出したということは、陛下は本気で、妃の死因をヒューゴの薬だと思っていらっしゃる…?まさか…。
「アルノー殿下、お願いがあるのですが。私をあなたの主治医として雇っていただけませんか?個人的にです。」
「ええ、それはこちらからお願いしたいくらいで…。」
「良かった。」
ヒューゴはふっと微笑むと、俺にずい、と椅子ごと近づいた。
「アルノー殿下、私に協力していただけませんか?この国の全ての民の為に、医術の進歩が必要だと私は考えています。いつまでも、摩訶不思議の力を失ったことを嘆いて夢見てはいけない。前を見て真実を見なくては。貴方は新しい時代の後宮の花嫁だ。真実を見極める聡明さも兼ね備えてらっしゃる。」
何?どういう事?意味がわからないし、この国の民とか規模感が大きすぎる!だって俺の、王立学校の成績知ってる?総合は中の下、学問だけならそれよりは上だけど優秀だったとは言い難い。その俺に、そんなことできる?!期待しすぎじゃない!?
俺の動揺をよそに、ヒューゴは颯爽と帰っていった。
ヒューゴと入れ違いで、俺の部屋には王女五人がやって来た。なんとシャーロットと合わせて、王女が全員揃ってしまったのだ。
「なぜここへ?」
「家庭教師の先生が、風邪をひいたそうで、今日はおやすみなの。」
なんだって?!まさか…?!早く呪いはない宣言しないと本当に人がいなくなるよ…!
特に年齢の若いものは次々と辞めていった。若い方が他の仕事を見つけやすいし、先の長い人生を呪いで失いたくないという気持ちが強いんだろう。残っているのはみな、メアリークラスの年老いた召使ばかりで、子供は疲れるから嫌厭する。結果俺の部屋に全員集まったという訳。陛下に今夜話す資料をまとめたかったのに…!俺は少しいやかなり困惑した。
「アルノー殿下、何か面白い遊びは無いですか?」
「なんだろうなー、孤児院ではこれでよく遊びましたね。」
俺はそう言ってリリアーノの目を手拭いで覆った。
「目隠し鬼!この部屋しか逃げられないのと、逃げる時は声か音を出すのがルールだよ。鬼さんこちらー手のなる方へ~。」
俺が囃し立てると他の子供達も真似して、きゃあきゃあ騒ぎながら逃げ出した。俺もつい楽しくなってしまい、部屋はとんでもなく散らかってしまった。
メアリーが夕方鬼のような形相で現れるまでそれは続いた。夕食を済ませて風呂に入ってからも何故か子供達は俺の部屋に集まって来て、結局、俺の部屋の寝室で身を寄せ合って眠ってしまった。
メアリーは子供がいても容赦がない。閨の準備を渋る俺にまた無理やり準備をさせ、着替えをさせた。
「前回の事があったから感覚が麻痺してるけど、これなら子供に見られても大丈夫な気がする!」
「アルノー様!今度こそちゃんと誘惑して下さいね!でなければ手を痛めてまで夜着を作った私の努力が水の泡です!それと子供達が起きないように声は控えめにお願いします!私はあやしませんから!」
俺はふわふわの耳がついたカチューシャを付けたまま頷いた。頷かないとメアリーがうるさいからだ。流石に陛下も子供達が居るのにそんなことをしない…っていうかそもそも俺たちは”そんなこと”がない結婚なのだけど…。
今日の夜着はなんだかモコモコしていて動物を彷彿とさせる。耳がついたカチューシャも付いているしたぶん兎?透けてもいないし丈も膝丈で短すぎない!俺は感動していた。これなら陛下にも怒られない気がする…!
「なんと言う格好をしているんだ!!」
けどやっぱり叱られた。怒ってはいるが、今日は出て行かないらしい。
寝室の子供達の様子を見て陛下は微笑んだ。
「王妃が健在の時は、全員仲が良かったんだ。でも、王妃が側妃たちを呪ったと噂されてからは同腹の姉妹でしか遊べなくなっていた…。」
陛下の横顔からは深い悲しみが感じられた。そうか、それでは俺に、昨日今日来たやつに何がわかる!と言いたくなるはずだ。
「あの、先日は申し訳ありませんでした。呪いの証拠があるのか、なんて…。」
「いや、私こそすまなかった。お前が謝ることではない。」
陛下は寝室の扉の前に立ったまま、俺を見つめた。あまりにも美しい碧い瞳にみつめられて俺は、弓矢で射抜かれた獲物のように動けなくなった。ジタバタ動くと、弓矢はより深く刺さって抜けなくなる。危ないんだ…。
「フォルトゥナの花を生けるのは辞めさせた。安心するといい。」
「え…宜しいのですか?…申し訳ありません。」
陛下は寝室で眠る子供達の頬に順番にキスをした。おやすみ、と小さく囁いて、寝室を出ると、扉の前にいた俺の頬にもキスした。
おやすみのキス。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
俺は用意していた事をなに一つ話せなかった。
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