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一章
8.八男のアルノー、育児に奔走する②
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王都の東は繁華街ではなく住宅街であった。その中でも「蔦が絡んだ家」は巨大で、分からなかったらどうしようなどという心配は不要だった。俺が馬で駆け付けると、門にいた私兵はすぐに取り次いでくれ、思ったよりもスムーズに屋敷の中に通された。
「風邪ですね。喉の腫れが酷いから水が飲みにくいようだ。薬と、蜂蜜を舐めるといいですよ。もう三歳だから、蜂蜜を食べても問題ないはずだ。後は水分を良くとって、消化によい食事をさせること。」
「ありがとうございます…。安心しました。」
俺は白いマントの男、ヒューゴ・クラテス医師に深々と頭を下げた。
「しかしアルノー殿下、こんなところに来てしまって叱られるのではないですか?妃が死んだのはお前の薬が原因ではないのかと疑われ、私を宮殿から追い出したのはあなたの夫、イリエス・ファイエット国王陛下ですよ?」
「ええ…!?ま、まさか…!私に処方していただいた貴方の薬は効きました!…しかし、そんな状況にもかかわらず、診ていただきありがとうございます。安心して明日を迎えられそうです。」
診察と簡単な処置、薬を飲ませてもらい、ようやくぐっすり眠ったシャーロットの頬を撫でて俺は安堵の息を漏らした。
「それはどうでしょう?殿下は先日私が渡した薬を…飲んでいらっしゃらないようです…。薬はお伝えした期間、続けていただかないと。」
「う…。そうなのです。詳しくは言えませんが薬を紛失してしまいまして。大変申し訳ありませんが、私にあの日頂いた薬をもう一度処方していただけないでしょうか?今度はきちんと決められた期間飲み切ります。シャーロット王女についても…。」
「ふふ、畏まりました。」
ヒューゴにもう一度薬を貰って、飲み干すと、明らかに体調が良くなったように感じた。
「あの。ありがとうございます。宮殿を追い出されたとおっしゃいましたが、あの日、なぜ私を…?」
「私も一応伯爵という身分ですから…結婚式に参列していたのです。するとあなたが倒れ、胸には湿疹が出ていると聞きました。」
「湿疹…?それは…?」
「妃たちは全員、湿疹が全身に広がって亡くなりました。…壮絶な最後でした。」
「……!」
それで陛下は、湿疹を気にされていたのか…。俺は自分の胸元を見て、少し不安になった。
「あなたのそれと、妃たちのものとは質が違う。それは診ればわかります。しかし…素人には判断がつかないかもしれませんね。陛下も…。」
ヒューゴはやれやれ、と肩を竦めている。
ヒューゴは先日、部屋で見た時よりも、堂々としているせいかやせ型の身体が、すらりと大きく感じられた。切れ長の目に銀の眼鏡で、顔周りは神経質そうだ。それはどんな情報も見逃さない鋭さに見え、経験ある医師の信頼として写った。
そんな男に“違う”と言われ、俺は単純だが安堵した。
「私も私の湿疹は呪いではないと思うのですが、確かに今、不安になりました。陛下にも“昨日来たばかりのくせに”と罵られましたが…今ようやく陛下のお気持ちを理解しました。こんな、恐ろしいことが次々に起これば、“呪いだ”と、信じてしまいます。」
「しかしそれで盲目になっては、真実を見失うでしょう。ましてや、星詠みに占わせる、など…。」
「星詠みに…?」
「ええ。」
ヒューゴは切なそうな顔をした後、俺の正面に腰かけるとブラウスのボタンを外していった。ブラウスの前をはだけさせると、「薬を塗って差し上げます」と言って微笑んだ。ヒューゴは時間をかけて湿疹に丁寧に薬を塗りこんだ。少し時間が長いような気がして俺は思わず声をかける。
「あ、あの…?!」
「ずいぶん乾燥しているようですね。」
「はあ…そうですか?」
「さあ、そろそろ時間のようです。」
ヒューゴが意味深に笑うと、診察室の扉が勢いよく開いた。
「陛下!」
入ってきたのは陛下だった。陛下は俺を見るなり思い切り顔を歪める。
「おい、前をしまえ!」
「えっ?!は、はい!!」
俺が慌てて、ブラウスのボタンを掛けなおすと、その様子を見ていたヒューゴはくすくすと笑った。
「イリエス、アルノー殿下を叱らないでくれ。ただ診察して薬を塗って差し上げただけだ。」
「陛下と呼べ、馴れ馴れしい。」
「イリエス陛下、ご結婚おめでとうございます。さすが陛下の見初めた方だ。心優しいアルノー殿下に私は感動しておりました。」
先程の会話の中に、そんな箇所あっただろうか?俺は良くわからなかったし、ただの社交辞令だったのか、陛下もヒューゴと俺の話をするつもりは無い様だ。
「ヒューゴ、薬だがここでもう一度調剤してくれ。それを持ち帰りたい。」
「なるほど。畏まりました。」
ヒューゴは目の前で材料の説明をしながら薬の調剤を行い、薬を陛下に手渡した。
帰りは陛下の馬車に乗ることになった。馬車の中は俺とシャーロットと、無言の陛下。気まずい、気まずすぎる!これなら叱られた方がずっとまし…!
ようやく後宮が見えて来て車寄せに入る…という段になって「明日、お前の部屋に行く。」とだけ宣告されたのだった。
何それ?!こわいっ!!!
車寄せでは、リリアーノとリディアが泣きながら待っていた。
俺がシャーロットを抱えて降りると、二人はシャーロットに駆け寄って顔を覗き込む。
「薬を飲んで落ち着いたよ。もうぐっすりだから、大丈夫。」
俺がそう言うと、二人は安心したようで、笑いあった。
良い子たちじゃないか…娘をこんな良い子に育てた母親が、呪いをかけるだなんて俺には信じられない。
乳母が逃げて不在のシャーロットは念のため、子育て要員である俺の部屋に寝かせることにした。陛下は俺の部屋までついて来て、俺がシャーロットを寝台に寝かせるとシャーロットの側に寄り、額をつけて熱を測っている。あ、それ俺にもやってたけど子供の熱測るやつなの?そうか…。
仕上げに陛下はシャーロットの頬にキスして、「おやすみ」と言った。
ついでに陛下はシャーロットの隣に俺を寝かせると、俺にも同じ事をした。陛下は俺の額におでこをつけたまま「熱は下がったな。」と呟いたあと、「おやすみ」といって頬にキスして部屋を出て行った。
なんで子供扱いなの…?俺は陛下の子供ではなく、妻なんだけど…。
「風邪ですね。喉の腫れが酷いから水が飲みにくいようだ。薬と、蜂蜜を舐めるといいですよ。もう三歳だから、蜂蜜を食べても問題ないはずだ。後は水分を良くとって、消化によい食事をさせること。」
「ありがとうございます…。安心しました。」
俺は白いマントの男、ヒューゴ・クラテス医師に深々と頭を下げた。
「しかしアルノー殿下、こんなところに来てしまって叱られるのではないですか?妃が死んだのはお前の薬が原因ではないのかと疑われ、私を宮殿から追い出したのはあなたの夫、イリエス・ファイエット国王陛下ですよ?」
「ええ…!?ま、まさか…!私に処方していただいた貴方の薬は効きました!…しかし、そんな状況にもかかわらず、診ていただきありがとうございます。安心して明日を迎えられそうです。」
診察と簡単な処置、薬を飲ませてもらい、ようやくぐっすり眠ったシャーロットの頬を撫でて俺は安堵の息を漏らした。
「それはどうでしょう?殿下は先日私が渡した薬を…飲んでいらっしゃらないようです…。薬はお伝えした期間、続けていただかないと。」
「う…。そうなのです。詳しくは言えませんが薬を紛失してしまいまして。大変申し訳ありませんが、私にあの日頂いた薬をもう一度処方していただけないでしょうか?今度はきちんと決められた期間飲み切ります。シャーロット王女についても…。」
「ふふ、畏まりました。」
ヒューゴにもう一度薬を貰って、飲み干すと、明らかに体調が良くなったように感じた。
「あの。ありがとうございます。宮殿を追い出されたとおっしゃいましたが、あの日、なぜ私を…?」
「私も一応伯爵という身分ですから…結婚式に参列していたのです。するとあなたが倒れ、胸には湿疹が出ていると聞きました。」
「湿疹…?それは…?」
「妃たちは全員、湿疹が全身に広がって亡くなりました。…壮絶な最後でした。」
「……!」
それで陛下は、湿疹を気にされていたのか…。俺は自分の胸元を見て、少し不安になった。
「あなたのそれと、妃たちのものとは質が違う。それは診ればわかります。しかし…素人には判断がつかないかもしれませんね。陛下も…。」
ヒューゴはやれやれ、と肩を竦めている。
ヒューゴは先日、部屋で見た時よりも、堂々としているせいかやせ型の身体が、すらりと大きく感じられた。切れ長の目に銀の眼鏡で、顔周りは神経質そうだ。それはどんな情報も見逃さない鋭さに見え、経験ある医師の信頼として写った。
そんな男に“違う”と言われ、俺は単純だが安堵した。
「私も私の湿疹は呪いではないと思うのですが、確かに今、不安になりました。陛下にも“昨日来たばかりのくせに”と罵られましたが…今ようやく陛下のお気持ちを理解しました。こんな、恐ろしいことが次々に起これば、“呪いだ”と、信じてしまいます。」
「しかしそれで盲目になっては、真実を見失うでしょう。ましてや、星詠みに占わせる、など…。」
「星詠みに…?」
「ええ。」
ヒューゴは切なそうな顔をした後、俺の正面に腰かけるとブラウスのボタンを外していった。ブラウスの前をはだけさせると、「薬を塗って差し上げます」と言って微笑んだ。ヒューゴは時間をかけて湿疹に丁寧に薬を塗りこんだ。少し時間が長いような気がして俺は思わず声をかける。
「あ、あの…?!」
「ずいぶん乾燥しているようですね。」
「はあ…そうですか?」
「さあ、そろそろ時間のようです。」
ヒューゴが意味深に笑うと、診察室の扉が勢いよく開いた。
「陛下!」
入ってきたのは陛下だった。陛下は俺を見るなり思い切り顔を歪める。
「おい、前をしまえ!」
「えっ?!は、はい!!」
俺が慌てて、ブラウスのボタンを掛けなおすと、その様子を見ていたヒューゴはくすくすと笑った。
「イリエス、アルノー殿下を叱らないでくれ。ただ診察して薬を塗って差し上げただけだ。」
「陛下と呼べ、馴れ馴れしい。」
「イリエス陛下、ご結婚おめでとうございます。さすが陛下の見初めた方だ。心優しいアルノー殿下に私は感動しておりました。」
先程の会話の中に、そんな箇所あっただろうか?俺は良くわからなかったし、ただの社交辞令だったのか、陛下もヒューゴと俺の話をするつもりは無い様だ。
「ヒューゴ、薬だがここでもう一度調剤してくれ。それを持ち帰りたい。」
「なるほど。畏まりました。」
ヒューゴは目の前で材料の説明をしながら薬の調剤を行い、薬を陛下に手渡した。
帰りは陛下の馬車に乗ることになった。馬車の中は俺とシャーロットと、無言の陛下。気まずい、気まずすぎる!これなら叱られた方がずっとまし…!
ようやく後宮が見えて来て車寄せに入る…という段になって「明日、お前の部屋に行く。」とだけ宣告されたのだった。
何それ?!こわいっ!!!
車寄せでは、リリアーノとリディアが泣きながら待っていた。
俺がシャーロットを抱えて降りると、二人はシャーロットに駆け寄って顔を覗き込む。
「薬を飲んで落ち着いたよ。もうぐっすりだから、大丈夫。」
俺がそう言うと、二人は安心したようで、笑いあった。
良い子たちじゃないか…娘をこんな良い子に育てた母親が、呪いをかけるだなんて俺には信じられない。
乳母が逃げて不在のシャーロットは念のため、子育て要員である俺の部屋に寝かせることにした。陛下は俺の部屋までついて来て、俺がシャーロットを寝台に寝かせるとシャーロットの側に寄り、額をつけて熱を測っている。あ、それ俺にもやってたけど子供の熱測るやつなの?そうか…。
仕上げに陛下はシャーロットの頬にキスして、「おやすみ」と言った。
ついでに陛下はシャーロットの隣に俺を寝かせると、俺にも同じ事をした。陛下は俺の額におでこをつけたまま「熱は下がったな。」と呟いたあと、「おやすみ」といって頬にキスして部屋を出て行った。
なんで子供扱いなの…?俺は陛下の子供ではなく、妻なんだけど…。
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