絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮

あさ田ぱん

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一章

7.八男のアルノー、育児に奔走する①

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「まったくアルノー様という人は…あんなはしたない下着まで使って抱かれないってどういうことです?!」
 メアリーは腕を組み、俺を睨んでいる。
「もうあんな下着を用意するのはやめてくれ!陛下に叱られたんだ!」
「なぜです?結構似合っていたのに?」
「メアリー…寸法が合っているのと“似合っている”というのは別モノなんだぞ?」
「はは~ん…ああいった下品なものはお好きではない、ということですか?かしこまりました。」
 なにが“はは~ん”なんだか…しかし俺はそれ以上何か言うことをあきらめた。
「それより、リディア王女に貸していただいたハンカチ、洗ってくれた?」
「ええ、こちらに。」
 メアリーは俺の鼻水まみれになっていたリディア王女のハンカチを差し出した。
「何か、リディア王女にお礼がしたいんだけど…あのくらいの年の女の子は何が好きなのかなあ?」
「さあ?老婆に聞かれましても…。」
「そうだよな。じゃあ、シャーロットは何がいい?!」
 俺は膝の上にいたシャーロットに話を振った。そう、今日も乳母は風邪を悪化させて休んでいるのだ。
「おままごとっ!」
「そっかあ…でもリディア王女はもう十歳らしいから…うーん。」
 シャーロットも俺の真似をして“うーん?”と考えるポーズをした。かわいらしい。女の子って本当にかわいいな!今まで孤児院でも家でも俺は男にばかり囲まれていたから知らなかった。俺の両親は女の子が欲しくて八人も子供を作ってしまったらしい。だから八番目に俺が生まれた時、股間についているものを見て母は失意の底に落ち、生後一週間ほど名前も付けられず放っておかれたのだ。だから俺の“アルノー”という名は兄弟たちがつけてくれたものだ。「負けるな!鷲のように強くなれ!」という意味で。その後も両親の俺への扱いには失望することも多かったが、シャーロットを前にすると、両親の気持ちも多少理解できる。
「じゃあさ、甘いお菓子はどう?」
「すきっ!」
 俺は頷いて、シャーロットと一緒に調理場に向かった。調理場の召使たちは俺の来訪に動揺していたが、クッキーを作りたい、というと手早く材料を用意してくれた。
 クッキーなら混ぜるだけで危ない要素がないし、おままごとがしたいシャーロットにぴったりだと思った。クッキーは教会で寄付のお礼としてよく作っていたから自信もあった。
 俺とシャーロットはクッキーを焼きながらママごとをして遊んだ後、夕方にリディア王女を訪ねた。

 リディア王女は分厚い眼鏡の奥から俺を品定めするように見ていた。俺はその視線に気が付かないふりをして、リディア王女に礼を言い、洗濯済みのハンカチを手渡した。
「あとこれ、クッキーなんだけど…シャーロット王女と一緒に作ったんだ。な?」
  俺は、俺の後ろに隠れているシャーロットをずい、とリディアの前に押し出した。リディアはシャーロットを興味のなさそうな目で一瞬見たが、すぐに視線を戻してしまう。
「ありがとうございます。」
「あのー、それとシャーロット王女の事なんだけど、もし良かったら一緒に遊んだりしてもらえないかな?俺は男で、女の子と遊んだことがなくて。」
「でしたらそれは、マリアかマリーに依頼するべきです。私とリリアーノは母親が違うので。」
「え、でも…。」
 リディアはぷいっと背を背けると部屋に戻ってしまった。シャーロットはその反応に、眉を寄せ、唇をプルプルと振るわせている。まずい、これは泣き出す顔だ!俺は昨日今日でシャーロットの泣く前兆を把握済み!
 慌てて抱き上げて部屋まで走ったが、もう少しと言うところで大泣きが始まった。

 部屋についてシャーロットを泣き止ませようと試みたが、シャーロットの機嫌は治らない。結局散々泣いて疲れ、また眠ってしまった。
 夕食は食堂に行けなかったが、その時間を利用して俺は、昨日渡された予算関係の資料に目を通すことにした。目を通して驚愕。シャーロットじゃないが、癇癪を起しそうになった。ナニコレ…!?
「メアリー、今、何月だ?」
「女神の中の最高神の誕生月でございます。殿下。」
「…。」
 今はまだ初夏だ。それなのに、来年の春までの予算がもう底をつきそうなんて…どうなってるんだ?!このままじゃ冬を越せない…!!俺は頭を抱えた。
 頭も痛いが、熱もある。早く薬を貰わないと…!
 俺が項垂れていると、寝室でまたシャーロットが泣いた。

 寝室に駆けつけると、シャーロットは真っ赤な顔をしていた。まさか、機嫌が悪かったのって…?
俺がシャーロットの額に手をやると、熱い。間違いない、発熱してる!
「メアリー!医師を呼ぶように手配してくれ!それと氷嚢と、飲み水も!」
 メアリーは頷くとすぐに出て行った。俺はその間、シャーロットを抱きかかえてあやした。
 大丈夫。孤児院でもよくあった…子供にはよくあることなんだ。頭を冷やして暖かくして、栄養を取れば…。そう思いながらぐずるシャーロットをあやしていると、シャーロットは昼間に食べたクッキーなどを吐いてしまった。
 よりによって、メアリーや後宮の召使たちがちょうど戻ってきた時だった。

「や、やはり呪いなのではないですか?!」
 召使たちは後ずさりした。
「違う!子供にはよくあることだ!着替えと、湯を頼む!」
 俺は冷静に声をかけたが、メアリー以外の召使は悲鳴を上げると、逃げ出してしまった。

「メアリー、氷嚢と、水は?!」
「アルノー様!氷嚢と水は用意できましたが、医師は宮殿にいないようです!」
「陛下は?!」
「陛下は今夜は公務で遅くなるとのことで…。」
 俺は大きくため息をついた。
「メアリー、湯と着替えを用意したら、陛下のところへ知らせに行ってもらえないか?」
「…畏まりました。」
 メアリーは湯と着替えを手早く用意すると、走って部屋を出て行った。俺はシャーロットの吐いたものを片付け、着替えをさせた。水を飲ませようとしたが、飲めないようだ。荒い呼吸を繰り返している。水が飲めないのは良くない…やはり医者に診てもらいたい。
 俺が悩んでいると、長女リリアーノとリディアが部屋にやって来た。

「アルノー様…、やはりそれは、呪いなのではないでしょうか?星詠みを呼んだほうが…!」
「呪いではありません。これは子供にはよくあることだ。私も孤児院で何度も経験しました。大丈夫です。」
「しかし…アルノー様も熱があると伺いました。嫉妬に狂った母上が…。」
 顔面蒼白のリリアーノに俺はなるべく静かに語り掛けた。
「リリア―ノ様…あなたの思い出のお母さまは、こんな幼子に呪いをかけるような方でしたか?お母さまを信じて差し上げられないのですか?」
 するとリリアーノとリディアは泣き出した。
「お母さまはいつも…男の子が欲しかった…世継ぎがほしい、そればかりでした!私たちの事なんて、なにも…!」
「…!」
 返す言葉が見つからない。お母さま…!あなた子供になんてことを…。しかしこの場にいないものを責めても何も解決しない。俺はすぐに決意した。

「では私がシャーロット王女の病気がお母さまの呪いではないと証明いたします。リリアーノ様、前宮廷医であったクラテス伯爵家がどこにあるかご存じですか?」
「ヒューゴ・クラテス医師のことですか?それでしたら自宅は、王都の東だと伺ったことがあります。」
「他になにか、場所の目印はありますか?」
「家中に蔦が絡んで、難儀している…とお話しされていたことがあります。もう、随分前になりますが…。」
「ありがとうございます!」
 
 俺はシーツをナイフで切り裂いてひも状にした。シャーロットを負ぶってそのひもで固定すると、茫然としているリリアーノとリディアに声をかける。

「医者に行ってまいります!」

 俺は走って部屋を飛び出した。馬車は期待できないし遅いから馬を使うつもりで厩舎に向かう。厩舎にいた召使は俺の勢いに負けて馬を出してくれた。ざっくりとした道順だけを聞いて、俺は馬を走らせた。
 
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