上 下
3 / 58
一章

3.絶対抱かれない花嫁

しおりを挟む
「鼻水にくしゃみ、咳、湿疹…多分原因はこの花の花粉でしょう。」
「花粉?!」
「ほらブーケのこの小さい黄色い花、小さいんですが花粉がかなり多くて…時々いるんですよね。酷い場合は熱が出たりもしますよ。」
 白いマントを羽織い、愛想がどこかに家出したような無表情な男は、俺の寝台の側に置かれたブーケを指差した。ねえ、もし本当に花粉が原因だったらそこに置かないでくれない?と、俺は思った。 
「薬を飲めば直に良くなります。一週間分おいていきますから。」
  たぶんその、医師の男は感情のない声で言うとさっさと出ていってしまった。
 
  医師と入れ違いで召使のメアリーがドタバタと駆け込んできた。
「アルノー様!大変です!今からお渡りがございます!急ぎご用意を!」
 メアリーは勢いよく俺の布団を捲り上げると、ものすごい力で俺を立ち上がらせ服をはぎ取り浴室へ放り込んだ。
「痛ーーッ!」
  俺の叫びなどものともせず、メアリーは準備を進めた。なんと、閨の準備を…。ねえメアリー、俺がさっき倒れてたの見てたよね?いやそれを言ったら陛下もだ。忘れちゃったの?!
 確かに閨の準備は教会でも教わったが、結婚式の時陛下は「お前を愛するつもりはない」って言ってたから無いものと思っていた。愛さないけど身体は別とかそういう事ある?!いやだ嫌すぎる!初めては好きな人としたかったのにぃ!
 俺が泣き叫ぼうが暴れようがメアリーは俺を抑えつけ準備を進めた。最終的には他人にされるのは恥ずかしいので嫌々、自分で準備を完了させた。あーもう、好きにしてくれ!俺はかなり投げやりな気持ちだった。

「本当は陛下との同衾は”記録係”が直ぐそばに控えるのですが、本日の騒ぎでそれは無いようです。アルノー様は恥ずかしがり屋だから…初夜は二人きりで過ごせますよ!よかったですね!」
 そうだ、記録係…。陛下に不当なおねだりをしないよう、陛下の閨には記録係が同席するんだった。それが来ないってどういうこと?
「アルノー様がお倒れになったのはやはり後宮の呪いだと騒ぎになったあと何故か…記録係が次から次へと病に臥せった次第です。」
「ねえ今、風邪流行ってるの?!」
「季節の変わり目ですから…。」
 メアリーはお辞儀をしてそそくさと出ていった。おいいっ!お前も逃げたな!?

 でもさ…俺が倒れたのは呪いじゃ無いよ?花粉だって医者が言ってたし。処方された薬を飲んだらかなり気分がよくなった気がするんだ。だからみんな戻ってきてよ。心細いよ…。いまから陛下に…いや考えたく無い。誰かがいた方が陛下も乱暴にはしないんじゃ無いか?!いやそもそも陛下は女性が好きなはず。何にもされないとは思うけど、念のため…!  
 俺はそういうことは初めてなんだ!接吻キスでさえ…!こわいよ!誰かそばにいて!
 
 俺は恐る恐る陛下の訪を待った。暫くすると扉を叩く音がして、召使と一緒に陛下はやって来た。陛下は既に夜着姿だった。夜着は上質で滑らかな生地で作られているようで、陛下の逞しい身体が透けて見える。
 俺はどきりとした。しかし同時に恐ろしくもあり身構えた。

 陛下は俺の部屋のソファーに腰を下ろすと、召使を下がらせてしまった。いていただいていいのに…。仕方なく俺は陛下にお茶でも入れようと、メアリーが置いていったカップを陛下の前に置いた。
「これはなんだ?」
 陛下はソファーの近くに無造作に置いてあった花粉たっぷりのブーケが入った麻袋を摘み、止める暇もなく中を勝手に見てしまった。
「…。」
  陛下は中身を確認すると、無言で元に戻した。恐ろしいことに、なんだか機嫌が悪い。元々こういう人なの?!どっち?!

「体調はどうだ?」
「お医者様に薬を頂いて、飲んでからは楽になりました。」
「医者だと…?そんなもの後宮にはいないはずだ…。」
「え…?でも確かに…。」
「幻を見たのではないか?」
「幻ではありません。薬を一週間分いただいております。」
 陛下に薬袋を差し出すと、奪うように取り上げられてしまった。
「これは何か調べておく。」
「でも…。」
  俺は反論しようとしたが、陛下は俺の腕を掴みソファーの背に身体を押し付けて黙らせた。

 俺の顔、首、胸元と順に視線を落とし、胸元で視線が止まる。俺の夜着は紐で軽く結んであるだけで簡単に解けて脱がせられる仕様のものだから、陛下に紐を引かれると悲鳴を上げる暇もなく脱がされてしまった。やめてぇっ!まだ心の準備が…っ!

「この湿疹はなんだ?」
 陛下は忌々しい、といった表情で俺の湿疹を見つめた。今からしようって時に、湿疹を見て萎えたってこと?!だからいいのに、無理しなくて…!

「これはブーケの花粉に反応して…でも薬を飲んだら少し落ち着きました。」
「花粉だと…?」
 俺は麻袋の中のブーケを指差した。すると陛下は麻袋の中に先ほどの薬を入れて床に放り投げた。
「これも私が調べておく。」

 陛下は俺から離れてソファーに座り直した。難しい顔をして何か考え込んでいたが、俺が茫然としているのに気が付いてため息をついた。
「おい、いつまでそうしている。服を着ろ。」
 自分で脱がせたくせに?!俺は頭に来たが無言で夜着を着なおした。
 
 そして、重苦しい沈黙が流れる…。

 ねえ、何もしないなら帰ってくれない?さっき飲んだ薬のせいなのか、めちゃくちゃ眠いんだけど…。俺は口から出かかった言葉を飲み込んで、陛下のティーカップにお茶を入れようとしたが、手で制止された。
「もう眠っていいぞ。」
「え、でも…陛下は…?」
「頃合いを見て帰る。」

 俺も眠りたいのは山々だが、陛下を見送りもしないで寝るなんて…そんなこと出来ないよね?!いっそのこと早く帰ってほしいんだけど…。しかし俺にそんなこと言えるはずもなく、どうしようか迷っていると、追い打ちをかけるように陛下は言った。
「初夜などない。早く下がれ!」

 あーん?!そうですか!!!それはそれはありがとうございます!!!
 俺は頭に来て勢いよく立ち上がる。
「ありがとうございます。」
 可能な限りの笑顔で告げると、振り向かずに寝室に向かった。

 寝室に向かう間、二年間のことが走馬灯のように頭を駆け巡った。
 元気かな?孤児院の子供たち…。俺が後宮に嫁いだら、もう少し寄付を増やしてやれるかな、なんて思っていたけど出来そうにない。ごめんな。

 俺はもうすぐ寝室、というところで転倒し、「人間の最後って案外あっけないもんだな…」、そう思いながら目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。

はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。 騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!! *********** 異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。 イケメン(複数)×平凡? 全年齢対象、すごく健全

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...