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一章
1.呪われた後宮に嫁ぐ花嫁の条件
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「アルノー様。思ったより素敵です!行けます!これなら!」
教会から派遣され俺についてきた年嵩の召使、メアリーはわざとらしく枯れ木のような手を胸の前で叩いて俺を褒めた。
でも、“思ったより”って何だよ?!
もう間も無く二十一歳になる成人男性に似合うはずがない、白いレースの花嫁衣装を身につけた俺、アルノー・ヴァレリーは心の中で悪態をついた。
どうしてこうなってしまったんだ?鏡に映る似合わない花嫁衣装を着た自分の姿を眺めて俺は深くため息をついた。
遡ること二年前。俺はヴァレリー侯爵、父のアルベール・ヴァレリーに王立学校を卒業すると同時に、十八歳で教会に放り込まれた。歴史あるファイエット国教会の総本山には同時期に俺以外にも数人、貴族の子息が行儀見習いとして仕えていたので、当然俺もただの行儀見習いのつもりだった。しかし半年後、他の貴族の子息は家に戻ったのに、俺だけ取り残されてしまったのだ。ヴァレリー侯爵家八男の俺は多分、口減しの憂き目に遭ったのだと思った。
そこから更に一年、教会が運営している孤児院で朝から晩まで懸命に働いた。清貧といえば聞こえはいいが、つまり貧しいのである。食事も寝具も足りないのだ。ちょうど秋から冬にかけての寒い時期で、子供たちと身を寄せ合って眠るしかなかった。
そんな生活にも慣れて、このまま、これはこれで楽しくやっていけるのではないか、と思っていた俺を父親が突然訪ねてきた。教会に放り込まれてから、既に一年半が経過していた。
やって来た父親からは衝撃の内容が告げられた。
「喜べ!お前の輿入れが決まったぞ!」
男の俺が輿入れ…?
俺は侯爵家の子息とはいえ八男だし、そういった可能性もあるとは思っていた。家柄のいい貴族は家督争いを嫌い、三男以降は男を嫁に欲しがることがあるからだ。どちらかというと恋愛対象が女性の俺は、行儀見習いに行けと言われた時から男性に嫁ぐこともあるのではと覚悟はしていた。ただ、出来るだけ条件がいい所に行きたい。我儘が通るとは思えないが俺は祈るような気持ちで尋ねた。
「えーと、その、お相手というのはどちら様でしょうか?」
「イリエス・ファイエット国王陛下だ」
「こ、国王陛下?!」
「側妃さまがお亡くなりになり、喪が開けて半年経った。三年に一度の豊穣祭まで時間がない。後宮に新たに妃を迎える事に決まったのだ」
豊穣祭とは文字通り国の豊穣を祈る、国を挙げての祭りだ。その昔、旱魃による飢餓に苦しんだ時の王が豊穣祭を執り行って危機を凌いだ事に始まる。昔の祭りとは神事で、雨ごいのため神に後宮の姫を生贄として捧げたのだが、今は後宮の王女たちが舞を捧げるという内容に変化している。そのため現在は後宮の主たる国王の妃が祭りを取り仕切るのだが、三年前に王妃が、二年前に愛妾と側妃が立て続けに亡くなってしまったのだ。
「三人とも不治の病でお亡くなりになり、呪われた後宮と言われているのは知っているな?」
「いえ、存じ上げません。私は何せ、王立学校を出てすぐ教会に放り込まれましたので社交界の情報などなく…。しかし地上世界から魔法が失われてもう数百年は経っているといわれています…。呪いなんてまさか…?」
「王族は特別だ。現に国中、いや世界中の名医を集めたのに妃たちをお救いできなかったのだ!」
なるほど、だから呪いか…。
「そこでだ!三人には共通点がある。なんだと思う?」
「え、全くわかりません…何ですか?」
「アルノー!こんな簡単なことも分からないなんて…お前、そんなことで血で血を洗う王族の一員になれると思っているのか?」
「呪いにかかわることですよね?すると生まれた月、生まれた星…占星術的な何か?」
「アルノー!そんなことではないというのに鈍い奴!三人とも女性だろう!?」
「えっ?!まさかそんなこと?!」
俺は驚いた。だってもったい付けた共通点が“女性”って…そんなこと?!
「馬鹿者!そんなことではない!大きな理由だ。お隠れになった王妃というのは国王陛下とは幼馴染でな。国王陛下を深く愛しておられた。それゆえ嫉妬深く、死してなお後宮に呪いを残されたといわれている。何せ、陛下には王女ばかりで王子はいらっしゃらない。愛する陛下の世継ぎを産ませてなるものかと、側妃や愛妾たちを呪い殺したのでは無いかと言われている」
父は俺にずい、と顔を寄せ小声で話した。
「しかしお前は男だ。子供が産めない上に、国王陛下の恋愛対象外の性別だ!」
「な…っなるほど!私は王妃殿下に嫉妬される心配がないから、呪いがかかる心配がない、というわけですね?!し、しかしファイエット王国の王位継承は男子にのみ認められています。王子がいないのに、いくら呪われないからと言って子が産めない私でよろしいのでしょうか?」
「陛下は“身ごもっても死んでしまうのなら仕方がない”と申されてな。世継ぎは血縁から養子を迎えられるご意向だ。しかしそれも…呪われていることが原因で思うように進んでおらぬ」
父は陛下を思いやったのか遠い目をした。
俺が呪われた後宮に行っても呪われないから、子供をあきらめた陛下のところに嫁に行くという理由は分かった。でもなあ…。俺だって、少しは結婚に夢を見ていたんだぞ?男に嫁ぐのは仕方ないにしろ、長い人生を楽しく過ごせるような…それなりの愛情をもって過ごせる相手が良いなんて思っていたのに…。
「お前は見事、複数いた候補の中から選ばれたのだぞ!最も、陛下が好きにならなそうな、かつ善良で真面目な男としてな!」
「最も好きにならなそう…?!」
俺ははっとした。ひょっとして、一年前に行儀見習いが終わって家に帰った男たちって…?!確かに俺よりずっと気品のある美しい男たちだった。きっと良い家に嫁ぐのかな、なんて思っていたらそういうこと?!確かに俺は、特に際立ったところがない普通の男だ。身長も百七十ちょっと、髪は特徴のない暗めのダークブラウン、瞳も同じ色。寒い国の出だから色は青白く不健康そうとよく言われる。顔は…普通だと思う。目が大きくて美しいとかそういう特徴もなく、成績も中の下…学校でも特に誰かに愛を告白されるということもなかった。
そうか、恋愛対象相手が完全に女性だという陛下は、俺みたいな「普通の男」は恋愛対象外というわけか。それで選ばれたと考えると、俺は虚しさに襲われた。「善良で真面目な男」との評価を頂きましたがこの事実で、物凄く捻くれてしまいそうなんだけど?!
それから孤児院を出てまた教会に戻った。今度は後宮に嫁ぐための“行儀見習い”が始まったのである。教会で行儀見習いが行われるのには理由があった。教会はファイエット国の国教として、深くつながっており、特に豊穣祭を取り仕切る後宮とはつながりが深く神事など学ぶことが多いためだ。
厳しい行儀見習いをさらに半年行った後、後宮に輿入れすることになった。
まだまだ不安な俺にはファイエット国教会から年嵩の召使、メアリーが派遣されることに決まった。それ以外、味方…知り合いさえゼロである。
そして今日、俺は市場に売られる牛みたいに教会の控室に連れてこられ、白いレースの花嫁衣装を着せられた、というわけ。式の本番を待つ俺はまるで処刑場に向かう罪人のように顔面蒼白。だって、文字通り公開処刑だ。こんなの…!
鏡に映る自分を見て、また何度目かのため息をついた。
いよいよ本番…。公開処刑が間もなく、始まる。
教会から派遣され俺についてきた年嵩の召使、メアリーはわざとらしく枯れ木のような手を胸の前で叩いて俺を褒めた。
でも、“思ったより”って何だよ?!
もう間も無く二十一歳になる成人男性に似合うはずがない、白いレースの花嫁衣装を身につけた俺、アルノー・ヴァレリーは心の中で悪態をついた。
どうしてこうなってしまったんだ?鏡に映る似合わない花嫁衣装を着た自分の姿を眺めて俺は深くため息をついた。
遡ること二年前。俺はヴァレリー侯爵、父のアルベール・ヴァレリーに王立学校を卒業すると同時に、十八歳で教会に放り込まれた。歴史あるファイエット国教会の総本山には同時期に俺以外にも数人、貴族の子息が行儀見習いとして仕えていたので、当然俺もただの行儀見習いのつもりだった。しかし半年後、他の貴族の子息は家に戻ったのに、俺だけ取り残されてしまったのだ。ヴァレリー侯爵家八男の俺は多分、口減しの憂き目に遭ったのだと思った。
そこから更に一年、教会が運営している孤児院で朝から晩まで懸命に働いた。清貧といえば聞こえはいいが、つまり貧しいのである。食事も寝具も足りないのだ。ちょうど秋から冬にかけての寒い時期で、子供たちと身を寄せ合って眠るしかなかった。
そんな生活にも慣れて、このまま、これはこれで楽しくやっていけるのではないか、と思っていた俺を父親が突然訪ねてきた。教会に放り込まれてから、既に一年半が経過していた。
やって来た父親からは衝撃の内容が告げられた。
「喜べ!お前の輿入れが決まったぞ!」
男の俺が輿入れ…?
俺は侯爵家の子息とはいえ八男だし、そういった可能性もあるとは思っていた。家柄のいい貴族は家督争いを嫌い、三男以降は男を嫁に欲しがることがあるからだ。どちらかというと恋愛対象が女性の俺は、行儀見習いに行けと言われた時から男性に嫁ぐこともあるのではと覚悟はしていた。ただ、出来るだけ条件がいい所に行きたい。我儘が通るとは思えないが俺は祈るような気持ちで尋ねた。
「えーと、その、お相手というのはどちら様でしょうか?」
「イリエス・ファイエット国王陛下だ」
「こ、国王陛下?!」
「側妃さまがお亡くなりになり、喪が開けて半年経った。三年に一度の豊穣祭まで時間がない。後宮に新たに妃を迎える事に決まったのだ」
豊穣祭とは文字通り国の豊穣を祈る、国を挙げての祭りだ。その昔、旱魃による飢餓に苦しんだ時の王が豊穣祭を執り行って危機を凌いだ事に始まる。昔の祭りとは神事で、雨ごいのため神に後宮の姫を生贄として捧げたのだが、今は後宮の王女たちが舞を捧げるという内容に変化している。そのため現在は後宮の主たる国王の妃が祭りを取り仕切るのだが、三年前に王妃が、二年前に愛妾と側妃が立て続けに亡くなってしまったのだ。
「三人とも不治の病でお亡くなりになり、呪われた後宮と言われているのは知っているな?」
「いえ、存じ上げません。私は何せ、王立学校を出てすぐ教会に放り込まれましたので社交界の情報などなく…。しかし地上世界から魔法が失われてもう数百年は経っているといわれています…。呪いなんてまさか…?」
「王族は特別だ。現に国中、いや世界中の名医を集めたのに妃たちをお救いできなかったのだ!」
なるほど、だから呪いか…。
「そこでだ!三人には共通点がある。なんだと思う?」
「え、全くわかりません…何ですか?」
「アルノー!こんな簡単なことも分からないなんて…お前、そんなことで血で血を洗う王族の一員になれると思っているのか?」
「呪いにかかわることですよね?すると生まれた月、生まれた星…占星術的な何か?」
「アルノー!そんなことではないというのに鈍い奴!三人とも女性だろう!?」
「えっ?!まさかそんなこと?!」
俺は驚いた。だってもったい付けた共通点が“女性”って…そんなこと?!
「馬鹿者!そんなことではない!大きな理由だ。お隠れになった王妃というのは国王陛下とは幼馴染でな。国王陛下を深く愛しておられた。それゆえ嫉妬深く、死してなお後宮に呪いを残されたといわれている。何せ、陛下には王女ばかりで王子はいらっしゃらない。愛する陛下の世継ぎを産ませてなるものかと、側妃や愛妾たちを呪い殺したのでは無いかと言われている」
父は俺にずい、と顔を寄せ小声で話した。
「しかしお前は男だ。子供が産めない上に、国王陛下の恋愛対象外の性別だ!」
「な…っなるほど!私は王妃殿下に嫉妬される心配がないから、呪いがかかる心配がない、というわけですね?!し、しかしファイエット王国の王位継承は男子にのみ認められています。王子がいないのに、いくら呪われないからと言って子が産めない私でよろしいのでしょうか?」
「陛下は“身ごもっても死んでしまうのなら仕方がない”と申されてな。世継ぎは血縁から養子を迎えられるご意向だ。しかしそれも…呪われていることが原因で思うように進んでおらぬ」
父は陛下を思いやったのか遠い目をした。
俺が呪われた後宮に行っても呪われないから、子供をあきらめた陛下のところに嫁に行くという理由は分かった。でもなあ…。俺だって、少しは結婚に夢を見ていたんだぞ?男に嫁ぐのは仕方ないにしろ、長い人生を楽しく過ごせるような…それなりの愛情をもって過ごせる相手が良いなんて思っていたのに…。
「お前は見事、複数いた候補の中から選ばれたのだぞ!最も、陛下が好きにならなそうな、かつ善良で真面目な男としてな!」
「最も好きにならなそう…?!」
俺ははっとした。ひょっとして、一年前に行儀見習いが終わって家に帰った男たちって…?!確かに俺よりずっと気品のある美しい男たちだった。きっと良い家に嫁ぐのかな、なんて思っていたらそういうこと?!確かに俺は、特に際立ったところがない普通の男だ。身長も百七十ちょっと、髪は特徴のない暗めのダークブラウン、瞳も同じ色。寒い国の出だから色は青白く不健康そうとよく言われる。顔は…普通だと思う。目が大きくて美しいとかそういう特徴もなく、成績も中の下…学校でも特に誰かに愛を告白されるということもなかった。
そうか、恋愛対象相手が完全に女性だという陛下は、俺みたいな「普通の男」は恋愛対象外というわけか。それで選ばれたと考えると、俺は虚しさに襲われた。「善良で真面目な男」との評価を頂きましたがこの事実で、物凄く捻くれてしまいそうなんだけど?!
それから孤児院を出てまた教会に戻った。今度は後宮に嫁ぐための“行儀見習い”が始まったのである。教会で行儀見習いが行われるのには理由があった。教会はファイエット国の国教として、深くつながっており、特に豊穣祭を取り仕切る後宮とはつながりが深く神事など学ぶことが多いためだ。
厳しい行儀見習いをさらに半年行った後、後宮に輿入れすることになった。
まだまだ不安な俺にはファイエット国教会から年嵩の召使、メアリーが派遣されることに決まった。それ以外、味方…知り合いさえゼロである。
そして今日、俺は市場に売られる牛みたいに教会の控室に連れてこられ、白いレースの花嫁衣装を着せられた、というわけ。式の本番を待つ俺はまるで処刑場に向かう罪人のように顔面蒼白。だって、文字通り公開処刑だ。こんなの…!
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