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1章

16.訪い

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 ヤボシユ領での魔獣討伐は、騎士団員を追加で招集した事で目処が立ったらしい。
 まもなく、王国議会が開催されるため、王太子であるギルフォードは一旦、王都に戻る事になったようだ。


 アナベルにお土産があること。それを渡す為に、アナベルの部屋を訪ねることが書いてあった。

 アナベルは、その手紙を読んですぐ、ディボルの所へ向かった。




「あの、ディボル様、実は…… 」

「アナベル様。既に存じ上げております。マキノ、これへ 」

 ディボルは召使を手招いた。

「アナベル様、お待たせいたしました。すっかり直っておりますよ 」
   
 ディボルの召使は、アナベルに包みを差し出した。アナベルが包みをそっと開くと、ギルフォードから貰った貫頭衣が入っていた。賊に襲われた時に出来た傷は、すっかり修繕されている。アナベルは感動して、ディボルの召使、マキノに抱きついた。 

「ありがとう、嬉しい!」

 ディボルはアナベルをマキノから引き剥がすと、優しく笑った。

「アナベル様は抱きつく者を間違えていらっしゃる。お礼はギルフォード殿下に仰って下さい 」

 やはり、先触れは検閲を通っていたからギルフォードの訪いをディボルも知っているらしい。ディボルだけではない。後宮には広く知れ渡り、他の妃からは「同情で殿下の気を引くなんて!」と不興を買っているのだ。
 他の妃から何を言われても平気だったが、アナベルが最も恐れたのはエリザベートだった。また無茶な指示をされるのではと身構えていたのだが、当日まで何もなかったから、拍子抜けした。

 前回は、エリザベートの召使たちに色々準備されたのだが、アナベルの新しい召使たちは、当日の朝になっても何もする気配がなかった。
 正確に言うと、部屋を整えたり、ギルフォードに出すお茶の種類や軽食などは確認されたのだが、夜の準備については何も言われなかった。
 
(夜の訪いなのだから、自分ですべきだろうか?それとも特に指定されていなければ、不要なのか…?)

 修繕した服を受け取る目的もあったが、初めての夫の訪いについてどうしたらいいものか、アナベルは同じ男性の愛妾であるディボルに教えを乞いたかったのだ。

 アナベルはなかなか、その事を言い出せなかったのだが、ディボルは割とすぐに察したらしい。

「まったく、主人が気が利かないと、召使も気が利かなくなるんですねえ…」

 とディボルは楽しそうに笑った。

「きちんと準備をしておかないと、傷が出来てしまいますからね…。マキノ、準備を」

 ディボルの指示を受けた召使に、夜の準備も手伝ってもらい、更に髪や肌の手入れもしてもらった。
 後宮にきてから、髪を切っていなかったから、アナベルの髪は肩に届くくらいまで伸びていた。前髪を少しすいてもらい、全ての準備が終わるとディボルからも「うん、いいでしょう」と褒めてもらえた。

「私はギルフォード殿下の気持ちが少しわかりました」

「ディボル様が、ギルフォード殿下の気持ちを…?私にはわかりません。殿下が、どんな気持ちでいるのか。……知りたいです」

「では、アナベル様が思っていることを、そのまま殿下に仰ってみて下さい。ふふふ」

 アナベルは本気で相談したのだが、ディボルにはまた、楽しそうに笑われてしまった。



 部屋に戻ってギルフォードから貰った貫頭衣に着替えて、ピアスの位置を確認した。

 程なくして、ギルフォードの訪が告げられた。




 久しぶりに会ったギルフォードは、アナベルを見て目を見開いた。

「アナベル!ずいぶんと痩せたな。食事はできるようになったのか?」
「は、はい」

 アナベルはおや、と思った。ギルフォードはアナベルが食事をできていなかった事を知っていたのだろうか? 

「アナベル、私の思慮が足りなかったせいだ。すまなかった」

 ギルフォードは途端にその美貌を曇らせた。 

 ギルフォードは、アナベルが賊に襲われたこと、召使に毒を盛られていたこと、そのせいであまり食事が取れていなかったことを知っていた。
 ギルフォードは誰から聞いたのか、はっきりとは言わなかったが、ギルフォードが後宮に潜り込ませている手のものから情報を得ていたのだろう。
 アナベルも探られていたのかも知れない。エリザベートとの事も知られているのかも…。

 アナベルはギルフォードに会ったら、貫頭衣や絵葉書のお礼を言ってから、ヤボシユ領の様子などを聞こうと思っていた。2人で、楽しく会話する想像をしていたから、思ってもみない展開に、アナベルは口を噤んでしまった。

「召使は入れ替えさせてもらった。出自が確かなもの達だから、今後は問題はないと思うが、足りない事があったら言ってくれ」


(召使は、ギルフォード様の手のものだったのか。だから今日の準備を何もされなかったんだ……)

 アナベルはそう考えると心底、悲しくなった。ギルフォードがアナベルに会いに来たのはただ、今までの事件のことを放っておけなかっただけなのだろうから。

 何も言えないでいると、ギルフォードはヤボシユからの手土産を、アナベルに渡した。

「この間、お守りをくれただろう?ありがとう…嬉しかった。お守りの礼がしたいんだ。何がいい?」

「そんな、あの…あれは、ただのまじないのようなもので。それに先日もこの服と、それにお土産も頂きましたし」


(何もいらない。ただ、また、お会いできればそれだけで……)

 アナベルはそう思ったが、ギルフォードはそうではないと思うと、言えなかった。

(でも、ディボル様が、私が思った事を言ってみろと、仰っていたっけ…)


「あの、ものではないのですが…。その、私は後宮から出た事がなく、王都の街を見たことがありません。昔、モール領の豊穣祭を一緒に見た時のように、殿下と王都の街を見てみたい。…だめでしょうか…?」

 
 ギルフォードはアナベルの話を聞いて、目を瞬いた。
その後直ぐに「わかった」と言って微笑んだ。

 
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