堅物王子の側妃は降嫁と言われたので王宮騎士になって返り咲く

あさ田ぱん

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一章

12.お守り

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 アナベルは具合が悪いことにして、部屋に籠る時間を全て勉強に費やした。その為共用語以外の言語も、理解できるようになっていたが、教師の授業では、わざとわからない振りをした。
 すると官吏や召使い達はアナベルを侮って、色々な秘密をアナベルの前で話した。アナベルはその話を元に後宮への理解を深めていった。


 後宮の最大勢力はヘリオプシス家だ。

 元々、魔力に溢れる家柄で灌漑工事を得意としていたため、後宮や宮殿に深く潜り込み、帝国の利権を得ていた。
 特に後宮予算の大部分はエリザベートに当てられているため、ヘリオプシス家にもかなりの金額が流れているのではないかと言われている。

 ヘリオプシス家出身のエリザベートは、服や宝石類を買う事が好きな散財家であったために、その噂は信憑性を増した。また、癇癪持ちで、召使いに度々鞭を振るうなどしたため、彼女の悪い噂は、真偽不明なものも含め沢山聞く事ができた。
 その予算を守るために後宮縮小を目論むギルフォードを奸計に嵌めようとしているが、一方で保険として弟のエメルソンを皇太子に据えることも検討していると。

 アナベルは、ギルフォードの力になりたいと思った。
 エリザベートの奸計をアナベルなら証言できる。でもそれを証言したら、ギルフォードとの婚姻関係は終わるかも知れないと思うと、躊躇った。
 
(何か策がないか、もう少し探ってみよう。それでも難しければ、覚悟を決めよう……)


  

   アナベルは早速、後宮の図書室で、手がかりがないか書物を読んでみることにした。寝転がっていても退屈だと言ったら、あっさり許可が出たのだ。

 図書館へ行くために部屋から出ると、見慣れない兵士と出会した。

「アナベル様ですね?こちらが、騎士団の定期通信書類に入っていました」 

 兵士はそう言って、一枚の絵葉書をアナベルに手渡した。

「これは… 」
 
 それは、ギルフォードからの返信だった。ヤボシユ領の景色が描かれた素敵な絵葉書に、達筆な文字で押し花のお礼が書いてある。アナベルは嬉しくて、つい顔が綻んだ。
 同時に、アナベルが直接受け取らなかったら、捨てられていたかも知れないと思うと、騎士団の兵士とイーリスに感謝した。


 
 兵士にお礼を言った後、アナベルは急いで部屋に引き返して、返事をしたためた。寂しくなったら見ようと思って実家から持ってきた押し花で飾って。

(もし返事をいただけるなら、騎士団の定期便でくるのだろう。それなら来週の同じ頃のはず。)



   次の週の同時刻、アナベルは部屋の前の廊下で兵士を待った。兵士はアナベルを見つけると、小走りで駆け寄ってくる。

「部屋までお届けしますから、お待ちにならないでください!」

 「いえ、どうしても直接受け取りたくて…その、もしよろしければ、騎士団の詰め所まで取りに伺っても良ろしいでしょうか?いつもこの時間に待っていられるとは限らなくて」

 兵士は渋っていたが、頼み込むアナベルに根負けして、定期便の到着する時刻を教えてくれた。
 また、返事をいただけるかは、分からないけど。


 その後も定期便に乗せて、ギルフォードと手紙のやり取りは続いた。
 
 決まった日時に、騎士の詰め所に手紙をとりに行くと、いつもの兵士が一人で出迎えてくれる。兵士は後宮でのアナベルの立場を知っているのか、人気のない時間を選んでくれたようだ。

 そんな兵士にお礼として、イーリスを形どった紙に押し花を飾った、手製のお守りを渡す事にした。
 アナベルのお守りは、兄やモール領の侍従には人気だった。兵士に喜んでもらえるか不安だったが、公宮で何の権限もないアナベルには、他に渡せるものが無かった。

「あの、これお守りです。わがあるじイーリスを形どった故郷の伝統で・・あなたとあなたの家族が息災であるよう祈りを込めました 」

「そ、そんな、大したことはしていませんから、いただけません!」

「……宗教が違うから、迷惑だったでしょうか?」

 アナベルがしゅんとすると兵士は、「ありがとうございます」とぎこちない笑顔で受け取った。

 
  
 兵士は仕方なく受け取ってくれたのだと思っていたのだが、後日、改めてお礼と追加でもう一つ欲しいとお願いされた。

「妻は産褥期で苦しんでおりました。妖精様にお守りをいただいたと、妻に渡したら、すっかり起き上がれるようになったのです。お守りのお陰だと、夫婦共々大変感謝しております。そこでお願いなのですが…ヤボシユへ召集された私にも、お守りをいただけないでしょうか?子どもも小さいので、必ず帰りたいのです。どうかご慈悲をいただけないでしょうか……?」

(妖精様?イーリスは妖精ではないのだけれど。そう見えたのだろうか…?)


「私でお役に立てるなら。いつお立ちになるのですか?」

「一週間後です 」
 アナベルは、一週間後の約束をして兵士と別れた。

 ヤボシユに行くと、悲壮感で一杯だった兵士を見て、ギルフォードの身を案じた。

(ヤボシユは、状況が良くないのだろうか。それなのに、手紙なんて迷惑だったかもしれない……)


  
 考え事をしながは後宮へ戻ろうとした時、突然、背後から声をかけられた。

「何を約束したのかは知りませんが、後宮のものを勝手に下渡すのは禁止されていますよ 」


 振り返ると、黒髪に紫色をした切れ長の瞳の、まるで氷のような表情の麗人が立っていた。

「あ……あの、後宮の物ではありません。故郷から持ってきた押し花で作ったお守りで。紙に押し花を飾って、祈りをこめただけの物なのです 」

「紙に祈りを込めたお守り?魔術式や、魔力を込めたのではなく?」

「いえ、わが主に、祈りを捧げたものです。故郷の伝統で 」

「はぁ、さすが『イーリスの神子』。ご自分の祈りの価値を、ずいぶんと高く見積もっていらっしゃる」

「そ…そのような事では…!」

「第一、後宮の妃ともあろう人が、こんな所で男と2人きりで会うなど、どんな噂を立てられても文句は言えないのでは?」

「そ、そんな。私はただ、手紙を受け取りたかっただけで……後宮に渡ったら、誰かに捨てられてしまうかもしれないから…… 」

 アナベルは男だけど、ここでは妃なのだから確かに、浅はかな行動だったかもしれない…。しゅんとして下を向くと、その麗人は驚いたような声を出した。

「そんなにギルフォード様のことを、好きなのですか?」

 彼は今にも「信じられない」と言いそうな顔をしている。
 その人は、アナベルがどれほど、ギルフォードからの返事を心待ちにしていたのか、知らない。八年間もずっと待っていたなんて、知らないのだ。だから、信じられない。
 
 アナベルは自分の頬が赤く染まるのを感じた。
 
「何とまあ、愚かな…。後宮で、好きや嫌いがまかり通るとでもお思いか 」
 
 確かに、愚かかも知れないが……。そう反論しようとして顔を上げて、アナベルは動揺した。
 愚かだと、馬鹿にされたと思ったのに、その人は存外、優しく微笑んでいた。


「申し遅れました。ディボル・セノと申します。アナベル様におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 ディボルはそういうと、また氷の表情にもどった。
 
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