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1章

3.意外な歓迎

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 指定された輿入れの六日前に、アナベルはモール領を出発した。モール領から王都まで、馬なら丸四日、馬車だと五日かかる。王家からの書状では、王都の手前で後宮を管理する官吏が迎えに来るので、馬車を乗り換えるように指示されていた。

 王都の手前で後宮の馬車を乗り換えると、モール領で家族同然に暮らしてきた侍従たちとは別れることになっている。別れの時間を十分に取るため、アナベルは一日余分に時間を取って出発した。
 アナベルの両親は側仕えの侍従をアナベルと一緒に後宮へ向かわせるつもりだったが、後宮からは許可が降りなかった。後宮の官吏は厳格な身分調査と、特別な試験を受けて合格した者しかなれないと、取り付く島もなかったのだ。

 馬車を乗り換える前に、アナベルを子供の頃から見守ってくれた侍従に髪を梳いてもらう。

「アナベル様、結婚式を楽しみにしています。」

 侍従はまるで祈るように言って、アナベルの髪に涙を落とした。結婚式は行われないような、予感がしていたからかもしれない。アナベルは侍従の手を握って心細さを隠すように笑った。



 後宮から迎えに来た馬車は、ローゼンダール王国の家紋が入ったそれはそれは豪華だった。後宮の官吏は恭しく礼をしてアナベルを迎えたが、その後は会話もなく王都までの道を進んでいく。

 王都は国の中央よりやや南に位置するため、温暖な気候からか、日に焼けて褐色の肌をした者が多くいる。一方モール領は国の北側で、山もあり雪深い地域で日照時間も少ないから、アナベルも領民も、みな肌が白い。

(まったく、別の国に来たみたいだ…。)

 明らかに他国のものと思われる異国情緒あふれる商品を売る店もあり、聞き取れない言語も飛び交っている。モール領に比べてずっと人も多いようだ。
 見慣れない街並みや人々に目を奪われていると、しばらくして街並みが途絶え、荘厳な門が見えてきた。


 門を通り抜けると、大きな王城の手前で、騎士たちが整列している。その先頭で、金の刺繍をあしらった豪華な赤いマントに身を包んだ美丈夫が馬に跨っていた。

 それはローゼンダール国王、ギゼルハール・ローゼンダール、その人である。



 アナベルは慌てて馬車から降りてすぐ、跪く。
 
「面をあげよ 」

「ご挨拶申し上げます。モール辺境伯四男、アナベルでございます。この度は…… 」

「堅苦しい挨拶はよい。面をあげよ 」


 ギゼルハールはアナベルの挨拶を遮ると、馬を降りて、跪くアナベルの前までやってきた。アナベルが顔を上げると、ギゼルハールと至近距離で目が合う。
 ギゼルハールも、ギルフォードと同じく王家の特徴である金髪碧眼を持っている。ギゼルハールの方が彫が深く目鼻立ちがはっきりしており、年齢相当の皺も相まって所々影がさすその顔は、近くで見るとゾクリとするような美しさだった。

「久しいな、アナベル。美しく成長したではないか 」

 ギゼルハールがアナベルを記憶していた事に、アナベルは驚き目を瞬いた。

「ふふ、私の目に狂いはなかった。白い肌に、深い緑の瞳、銀の髪も美しい…ギルフォードには勿体無いな。今からでも間に合う、私の側妃にならないか?」

「ご、ご冗談を…… 」

 そう言うのが精一杯…。アナベルは親子ほど歳の違う男に『妻』の対象として見られたと思うと、恐ろしくなり、語尾が震えた。

「はは!冗談だ!」

 ギゼルハールは笑いながら踵を返すと、また馬に跨った。

「アナベル。お前を歓迎する 」

 そう言い残すと、ギゼルハールは颯爽と去っていく。

 アナベルはただ、呆然とその場に立ち尽くした。



 
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