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一章
13.フェリシテの記憶
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****
――俺は夢を見ていた。それは『鷹見一生』の最後の、その数時間前の出来事。
「一生、これお弁当!教科書ちゃんともった?周りはみんな年下だと思うけど…威張っちゃだめ。実ほどこうべを垂れる稲穂かな~!」
「うるせーな、ババア!遅れるだろーが!」
「ちょっと、またそんな口の利き方…!お友達ができないわよ?!」
「『お友達』って歳じゃねーんだよ」
もう行く、そう言って俺は家を出た。
「先生の言うことは聞くのよ~!?」
年老いた女は、決して綺麗ではない古びたマンションのベランダから俺に大きく手を振った。
あれは、俺のばあちゃんだ。若くして子供を産み、暴力をふるう夫を捨て、ついでにその子供も捨てて男と逃げた母親に変わって俺を陰ながら支えて育ててくれた俺のばあちゃん。
三十を前に高校卒業の資格をとるため夜間の定時制高校に入ることを決めたのは、ばあちゃんが来年七十になるからだった。そろそろ俺の幸せな家庭を見せて少しは安心させようかな、なんて柄にもなく考えて、それには資格をとって安定した職に就こうと考えたんだ。
しかし、俺のまっとうな人生への第一歩は、自らの過ちにより闇に消えた。
ばあちゃんは悲しんだだろう…。いや、怒っていたかもしれないなあ…。
でも俺は『タイムリープ』の巻き戻りからはじき出されたというから、巻き戻った世界でばあちゃんは俺のいない平和な老後を生きているのかもしれない。どうか、そうでありますように……。
「いや、案外それはそれで彩のない人生だったかもしれないよ…?」
遠くで優しくて懐かしい声がしたような気がした。
****
レオナードに置いて行かれたあの日からずっと、部屋でぼんやりと過ごしていた。子供の頃みたいに自己憐憫に陥っていたのかもしれない。しかし懐かしい夢を見て目が覚めたら久しぶりに、外に出てみようかなという気持ちになったのだ。
修道士の宿舎、修道院を出ると、裏手には畑が広がっていた。小麦だろうか…?今はちょうど収穫期のようで金色の稲穂が陽に輝いている。
「実ほどこうべを垂れる稲穂かな~」
「なんの呪文です?それ…?」
俺のつぶやきに応えたのは、騎士団副団長の妻セレナだった。ちょっと困ったような顔をして俺を見ている。
「フェリシテ様。フェリシテ様の身柄は我ら『貞操委員会』預かりとなっております。お部屋を勝手に出られては困ります」
「申し訳ありません…」
でも、外に誰もいなかったので分からなかった。
「…お部屋には結界を張っていたのですが、フェリシテ様には無効のようですね…。流石というかなんというか」
それで、人がいなかったんだな。なるほど…。それより。
「ずっと気になっていたのですが『貞操委員会』とは何ですか?」
「…フェリシテ様…本当に記憶を失くしてしまわれたのですね?『貞操委員会』は姦淫を取り締まる教会組織です。先日夫が言った通り、昔よりだいぶ寛容になっておりますが、現在も不貞については教会で罰を決定いたします。委員会の会頭・役員はルーベル辺境伯家が務めておりフェリシテ様も勿論名を連ねてらっしゃいました」
「そうでしたか…」
俺は自分で質問したくせに、眼前の揺れる稲穂に気を取られていた。それだけ見事な畑だった。
「すばらしい畑でしょう?フェリシテ様が来てから、より、実か重くなったように感じます」
「まさか…」
「本当ですよ。フェリシテ様がこちらの畑を自分で耕されて、ここまで育てられました。瘴気で作物は不作が続き、食糧不足が深刻でしたから少しでも助けになりたいと仰って…」
俺が「そうなの…?」と呟くと、稲穂が揺れてまるで『そうだよ』と答えているみたいだった。そうか、フェリシテって、頑張っていたんだなあ…。
「フェリシテ様、私は信じられません。いえ、フェリシテ様は不貞などしていない、と信じています。確かにフェリシテ様はアリエス様のおそばにいることが多く、死後もこちらに通ってらっしゃいましたが、きっと何か理由があったんだと思います。フェリシテ様は思慮深い方でした」
思慮深かったらもっと、疑われない方法を選んだはずだ。でもフェリシテは間違いなくレオナードを愛していたはずなのに、なぜアリエスの側にいたのだ…?
今は分からないし、思い出せないけど…。
思い出したい。思い出して俺は『フェリシテ』を取り戻したい。
レオナードを心から愛して、この地の人たちのためにこんな立派な畑を作った、前向きに生き直していた『フェリシテ』を。そしてフェリシテの潔白を証明したい…。
愛した人と両想いにはなれないかもしれないけど、今度こそ、正しく生きていくんだ。そしていつか幸せになる。きっと、フェリシテも同じ気持ちだと思う。
――フェリシテを取り戻すためには、フェリシテがどうして窓から落ちたのか…。それを調べなければならない。そう考えると足がすくむ…。
でも今は確信してる。フェリシテはレオナードとの結婚生活を悲観して窓から飛び降りたりなんかしないってことを…。
「セレナ、俺、記憶を取り戻したいんだ。協力してもらえる…?」
「も、勿論です!ここはフェリシテ様の味方しかおりません!」
そうなんだ…?確かに、昨日みたいに胸が痛くならない。
俺が昨日『親切にしないとギリ、死んてましまう』能力を発動した際、サインをしたけど少しだけ胸が痛んだ。それは『サインをしろ』という勢力の方が大きかったけど、『サインするな』と思ってる人もいたから死ぬような痛みではなくチクチクした軽い痛みを感じたのではないだろうか?つまり、気持ちが大きい方に影響されるってこと…!
それなら俺の味方を少しずつ増やしていけば、女神のチートに振り回されることもなく、自分の意思で生きていける!
「なんか出来る気がしてきた!」
「その意気です!フェリシテ様っ!」
「やっぱり俺TUEEE!」
「何ですかそれ?!」
頭の中で「正解!」の声とともに、「また調子に乗って…!」という俺を諫める声も、微かに聞こえた気がした…。
――俺は夢を見ていた。それは『鷹見一生』の最後の、その数時間前の出来事。
「一生、これお弁当!教科書ちゃんともった?周りはみんな年下だと思うけど…威張っちゃだめ。実ほどこうべを垂れる稲穂かな~!」
「うるせーな、ババア!遅れるだろーが!」
「ちょっと、またそんな口の利き方…!お友達ができないわよ?!」
「『お友達』って歳じゃねーんだよ」
もう行く、そう言って俺は家を出た。
「先生の言うことは聞くのよ~!?」
年老いた女は、決して綺麗ではない古びたマンションのベランダから俺に大きく手を振った。
あれは、俺のばあちゃんだ。若くして子供を産み、暴力をふるう夫を捨て、ついでにその子供も捨てて男と逃げた母親に変わって俺を陰ながら支えて育ててくれた俺のばあちゃん。
三十を前に高校卒業の資格をとるため夜間の定時制高校に入ることを決めたのは、ばあちゃんが来年七十になるからだった。そろそろ俺の幸せな家庭を見せて少しは安心させようかな、なんて柄にもなく考えて、それには資格をとって安定した職に就こうと考えたんだ。
しかし、俺のまっとうな人生への第一歩は、自らの過ちにより闇に消えた。
ばあちゃんは悲しんだだろう…。いや、怒っていたかもしれないなあ…。
でも俺は『タイムリープ』の巻き戻りからはじき出されたというから、巻き戻った世界でばあちゃんは俺のいない平和な老後を生きているのかもしれない。どうか、そうでありますように……。
「いや、案外それはそれで彩のない人生だったかもしれないよ…?」
遠くで優しくて懐かしい声がしたような気がした。
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レオナードに置いて行かれたあの日からずっと、部屋でぼんやりと過ごしていた。子供の頃みたいに自己憐憫に陥っていたのかもしれない。しかし懐かしい夢を見て目が覚めたら久しぶりに、外に出てみようかなという気持ちになったのだ。
修道士の宿舎、修道院を出ると、裏手には畑が広がっていた。小麦だろうか…?今はちょうど収穫期のようで金色の稲穂が陽に輝いている。
「実ほどこうべを垂れる稲穂かな~」
「なんの呪文です?それ…?」
俺のつぶやきに応えたのは、騎士団副団長の妻セレナだった。ちょっと困ったような顔をして俺を見ている。
「フェリシテ様。フェリシテ様の身柄は我ら『貞操委員会』預かりとなっております。お部屋を勝手に出られては困ります」
「申し訳ありません…」
でも、外に誰もいなかったので分からなかった。
「…お部屋には結界を張っていたのですが、フェリシテ様には無効のようですね…。流石というかなんというか」
それで、人がいなかったんだな。なるほど…。それより。
「ずっと気になっていたのですが『貞操委員会』とは何ですか?」
「…フェリシテ様…本当に記憶を失くしてしまわれたのですね?『貞操委員会』は姦淫を取り締まる教会組織です。先日夫が言った通り、昔よりだいぶ寛容になっておりますが、現在も不貞については教会で罰を決定いたします。委員会の会頭・役員はルーベル辺境伯家が務めておりフェリシテ様も勿論名を連ねてらっしゃいました」
「そうでしたか…」
俺は自分で質問したくせに、眼前の揺れる稲穂に気を取られていた。それだけ見事な畑だった。
「すばらしい畑でしょう?フェリシテ様が来てから、より、実か重くなったように感じます」
「まさか…」
「本当ですよ。フェリシテ様がこちらの畑を自分で耕されて、ここまで育てられました。瘴気で作物は不作が続き、食糧不足が深刻でしたから少しでも助けになりたいと仰って…」
俺が「そうなの…?」と呟くと、稲穂が揺れてまるで『そうだよ』と答えているみたいだった。そうか、フェリシテって、頑張っていたんだなあ…。
「フェリシテ様、私は信じられません。いえ、フェリシテ様は不貞などしていない、と信じています。確かにフェリシテ様はアリエス様のおそばにいることが多く、死後もこちらに通ってらっしゃいましたが、きっと何か理由があったんだと思います。フェリシテ様は思慮深い方でした」
思慮深かったらもっと、疑われない方法を選んだはずだ。でもフェリシテは間違いなくレオナードを愛していたはずなのに、なぜアリエスの側にいたのだ…?
今は分からないし、思い出せないけど…。
思い出したい。思い出して俺は『フェリシテ』を取り戻したい。
レオナードを心から愛して、この地の人たちのためにこんな立派な畑を作った、前向きに生き直していた『フェリシテ』を。そしてフェリシテの潔白を証明したい…。
愛した人と両想いにはなれないかもしれないけど、今度こそ、正しく生きていくんだ。そしていつか幸せになる。きっと、フェリシテも同じ気持ちだと思う。
――フェリシテを取り戻すためには、フェリシテがどうして窓から落ちたのか…。それを調べなければならない。そう考えると足がすくむ…。
でも今は確信してる。フェリシテはレオナードとの結婚生活を悲観して窓から飛び降りたりなんかしないってことを…。
「セレナ、俺、記憶を取り戻したいんだ。協力してもらえる…?」
「も、勿論です!ここはフェリシテ様の味方しかおりません!」
そうなんだ…?確かに、昨日みたいに胸が痛くならない。
俺が昨日『親切にしないとギリ、死んてましまう』能力を発動した際、サインをしたけど少しだけ胸が痛んだ。それは『サインをしろ』という勢力の方が大きかったけど、『サインするな』と思ってる人もいたから死ぬような痛みではなくチクチクした軽い痛みを感じたのではないだろうか?つまり、気持ちが大きい方に影響されるってこと…!
それなら俺の味方を少しずつ増やしていけば、女神のチートに振り回されることもなく、自分の意思で生きていける!
「なんか出来る気がしてきた!」
「その意気です!フェリシテ様っ!」
「やっぱり俺TUEEE!」
「何ですかそれ?!」
頭の中で「正解!」の声とともに、「また調子に乗って…!」という俺を諫める声も、微かに聞こえた気がした…。
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