前世を思い出したら愛したはずの旦那様を忘れてしまいました

あさ田ぱん

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一章

10.楽しい夜

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「喜びますよ。レオナード様」
「……どうでしょう…」

「喜ばなかったら、その服は取り上げましょう!」
「……え?」
 突然、ロダンでもない男の声がした。執務室の扉がうっすら開いていて、そこから複数の目がこちらを伺っていたのだ。

「おい!覗くな!ここをどこだと思ってる…!」
 ロダンが扉を開けると、覗いていた騎士たちが崩れ落ちるように部屋に入って来た。一、二、三、四、五人…いやもっと?

「一言、フェリシテ様にあの日のお礼が言いたくて、つい…!」
「あの日、フェリシテ様に助けられたのです!でなければあのくっさい魔犬の餌食になっていました!」

 部屋に入って来た騎士たちは俺の座ってるソファーの前までやって来て、跪いて礼をした。

「いえ、そんな…。もとはと言えば私の魔力補充が十分ではなかったからでお礼を言われるようなことではありませんから」
「今回は魔力を貯めていた魔道具の故障が原因です。だからフェリシテ様のせいではありません!」

 そうなんだ。ロダンは「機密情報を漏らすな!」と慌てていたが…ありがたい情報を教えてもらった気がする…。

「ありがとうございます」
 にこ、と笑いかけたら。ロダン含めてみんな固まってしまった。そして皆んな赤くなって、部屋から出て行ってしまう。
 ん…?笑わない方が良かった?
 

 日が落ちて、夜になってもレオナードはなかなか戻らなかった。
 ロダンは俺が縫った服、レオナードは喜ぶだろうと言っていたけど…。それを少しだけ楽しみに、騎士服を縫いながら、俺はレオナードが戻るのを待った。
 腹が減ってお腹がキュルキュル鳴ったけど、レオナードも仕事で食べていないかもしれないと思って、飲み物だけで我慢した。
 
「済まない、遅くなってしまった…」
 
 夜遅く戻ってきたレオナードからは少し、いい匂いがする。どうやら、何か食べて来たらしい。

「フェリシテ様、ずっと待ってたんですよ?帰してあげればよかったのに!」
「……お前は先日の騒ぎを知らないのか…」
  レオナードは少しムッとしてロバートに言い返した。先日の騒ぎ…。そうか、レオナードは俺がまた窓から飛び降りたりしないか、見張っていたんだな?見張なんていなくても、前世を思い出した俺はそんなことしないのに…。俺は今、信用がないんだな。

 俺たちは朝と同じ道を通って帰った。俺たちが暮らす別邸の前には見たこともない召使が数人、待っている。レオナードは馬車を降りるなり出迎えた召使に命じた。

「フェリシテに食事を用意してくれ」
「は…はい。かしこまりました。では、お部屋にお持ちします!」
「いや、食堂に用意を。私も酒を飲む」 
「では少しお待ちください。本邸に行って参ります。用意ができ次第…」
「なぜ別邸での用意がないのだ?」
「お帰りが遅い様でしたので…」
「帰りが遅れると、会食予定のないフェリシテには食事を用意しないのか?騎士団に確認をしたのか?」
 召使はレオナードにきつい口調で言われて、しどろもどろになってしまった。レオナードは更に、召使を責めた。
「それに毒味役もつける様に言っておいたのだがつけていないな?まさかとは思うが…。おい、本邸へ言ってセバスチャンを呼んでこい!」
「れ、レオナード様!私なら大丈夫です!適当に済ませますから!」
 レオナードの剣幕に俺は『人に親切にしないとギリ、死んでしまう』能力が発動してしまい、思わず召使を庇うため口を挟んだ。
「適当にすませる?」
「ええ。台所にチーズとワインがあるんですよ。それで十分ですので」
「……それで昨日も?昨日も、と言うことはまさか…」
  レオナードが顔を顰めると、召使は震え出した。俺はまた咄嗟に、その召使を庇う。

「あ、あの~。たぶんこの方は今日だけの担当で…昨日のことは分からないかと…」
「だから分かるものを連れてこいと言ったのだ」
「そうですが、そんなに責めなくても。本当に大丈夫ですから。とても美味しいワインを沢山飲みました」
 俺が召使に合図すると、頭を下げて走って行った。レオナードは納得していない顔をしている…。これは、取り敢えず酒でも飲ませて機嫌を直してもらわないと明日面倒な事になるな。

 俺はレオナードをキッチンヘ連れて行った。

 台所に行くと、昨日よりも少し材料が増えている。ひょっとして、帰りが遅くなければ作ろうとはしてくれていたのかもしれない。良かった、頭ごなしに叱ったりしなくて。
 しかも、卵とパンがある!じゃあ、あれにしよう。彼女に作ると高確率で喜ばれる、あれ!

「レオナード様、コンロの火の付け方は分かりますか?」
「何となくは分かるが…。何をする気だ?」
「ふっふっふ」

 俺は早速調理を始めることにした。台所を探してボウルと、泡立て器を発見した。牛乳が無いのが残念だけど水を少し入れて…卵と砂糖を混ぜて卵液を作った。それにパンを浸す。
 熱したフライパンにバターを入れ、溶けてきたら卵液に浸したパンを焼く。フライパンの上でじゅうじゅうと美味しそうな音がする…。それに甘い卵液が焼ける匂いとバターのこげる匂いがたまらない…!

「出来たー!けっこう上手く出来たと思うんだけど…!」
「匂いはいいな」
「匂いだけじゃないですよ!」

 レオナードの機嫌が少し、上向いた気がする。一緒に甘いものに合いそうな辛口のワインを用意して、出来上がったものを食堂にもって行く。席に座ったらお互いのグラスに交互にワインを注いだ。
 グラスを軽く当てて乾杯をしてから、フレンチトーストを口に入れる。

「ん!美味しい…!」
「ああ、美味い!」
「良かった…!」
 牛乳がなくても、結構いける!俺は無い方が好きなくらいだ。
「……記憶がなくて、読み書きも出来ないのに、料理ができるなんて…」
  レオナードは嫌味ではなく、不思議だな、と呟いた。
「俺も不思議なんです。頭からは消えてるけど、身体が覚えてるんだ。だから、読めないけど文字は手が覚えてて書けそうだなって今思いました」
「へえ…」
「だから、レオナード様に……」
「私…?」
「……レオナード様の服に刺繍をしました。着ていただけますか?」
「刺繍?」
「そうです。刺繍が…縫い物が得意だったのです。そう言えばそれで自分で下着を…」
  そこまで言って顔が熱くなった。思わずフェリシテの日記の内容を話してしまった。しかも後ろに穴が空いてるいやらしい下着を作って、この人を怒らせたのに…!

  俺はグラスの酒を煽った。二杯目は手酌で…。

「おい、大丈夫か?そんなに飲んでしまって…」
  飲まないと気まずくて無理!二杯目も一気に煽ると、視界が霞む。
「レオナード様…」
「だからいったんだ…。飲みすぎだ…」
  レオナードは俺からグラスを奪うと、ワインの瓶に栓をした。そして立ち上がると俺を抱き上げる。

「今日は疲れただろう。もう寝ろ」

 レオナードは俺を部屋に連れて行った。レオナードのお姫様抱っこはゆらゆら揺れて気持ちがいい。 
 ベットに降ろされると、寂しくて涙が出た。俺、どうやら泣き上戸だったようだ。

「明日も一緒に……?」
「……そのつもりだ」
 そうか、レオナードは俺を監視しているんだったな。
「今日作ったフレンチトーストも美味しかったけど、牛乳で作るのが正式なんだ。だから…」
「わかった」

  そのわかった、は何の分かった?明日も一緒に食事ができるってこと?
 最後に「おやすみ」は、言わなかった。それを言ったら楽しい夜が終わってしまう気がして…。
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