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2.救出

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 宴が催されている広間からなんとか抜け出す事に成功したのだが、廊下でへたり込んでしまった。ああ、なんて事だ。こんなにαが大勢集まる場所で発情期ヒートがきてフェロモンを出していたら、また事故を起こしてしまうかもしれない。ルイの父親だって、俺がヒートを起こさなければ、きっと…。

「ニコラさん!」

   あっという間に、ライアンに追いつかれてしまった。ライアンはへたり込む俺の後ろにしゃがんで、背中をさすってくれる。

「大丈夫ですか…?あの、一体…これは…?」

 ライアンは多分、Ωのヒートの匂いまでは初めてなのだろう、黙っていてもきっと察してくれない。

「す…みません。発情期ヒートがきてしまったようで…。く、薬をもらってきて頂けないでしょうか?抑制剤を…」

  もつれる舌で、何とか言い切ると「わかりました」と、小気味良い返事が聞こえてホッとした。
 良かった…。今はαと一緒にいたくない。しかも、彼はルイの友達だ。

 しかしライアンは俺を抱き上げてしまった。

「え、え?!」
「医務室へ行きましょう。薬ならそこに!」
   
  俺を抱き上げたライアンは、迷路のような王宮の、内部へどんどん進んでいく。そうかライアンは現国王の孫だったな…!王宮には詳しいんだろう。でも……。さっき俺をダンスに誘ったりしていたし、まさかとは思うけど、何処かに連れ込んだりしないよね…?

 見上げると、ライアンの顔も少し赤く上気している。聞いてはいないけど、以前も俺の匂いが分かったと言っていたし、きっとライアンはαだ。ひょっとして、俺のフェロモンに当てられてるのか?

「ライアン…!俺のことは置いて行っていいから!」
「置いて行けません!他の、αがもしきたら…!」

  俺を離さない、というようにライアンの俺を抱きしめる腕の力が強くなった。
 俺の心臓は早鐘を打つ。抱きしめられた胸からライアンの匂いを嗅いでしまったのだ。余りにも甘美な香りにクラクラする。このままでは、理性を失ってしまいそう…!
 でも堪らない…。俺はライアンの胸に顔を埋めた。こんなことしたら、ダメなのに、止められない。自制出来ない。

「着きました…!」

   ライアンが医務室に到着するまで、どのくらいの時間がかかっていたのかは分からない。実際には大した時間では無かったのかもしれないが俺には永遠にも感じられた。着いた、と言う言葉に安堵したのだが、部屋の中は静まり返っていて、少し不安になる。

「誰もいない…」
「え…」

  俺は軽く絶望した。だって、医務室まで我慢すれば良いって思ってこの衝動を耐えていたのに…これ以上どうしろと?今まで、耐えていたものが崩壊して、涙が溢れ出てきた。

 ライアンは俺を医務室の寝台に寝かせると、その場を離れようとした。俺はライアンの手を掴んで引っ張り、その胸に抱きついた。

「はぁ…ぁ……、ライアン、抱いて…!もう、耐えられない…っ!」
「に、ニコラさん……」
 
  ぐにゃぐにゃする視界の中で、もう既に何がよくて何が悪いのかわからなくなっていた。とにかく体の熱を納めたい。その一心で俺はライアンに口付けようとした。

「ダメです…!」
「どうして…?やっぱりその気になれない…?」
「そうではありません…。このまま貴方を抱いたら、きっと傷付けてしまいます」
   ライアンは俺をぎゅと抱きしめた後、耳元で「薬を探してきます。この部屋にあるはずです」と言って俺をまた寝台に寝かせた。

 ガチャガチャと薬瓶を出す音がして、すぐライアンは戻ってきた。

「これで間違いありません。瓶に、一回ひと匙と書いてあります」

   ライアンが抱き起こしてくれて薬を匙から飲ませようとしてくれたのだが、上手く飲めずに溢してしまった。するとライアンは薬を口に含み、俺に口付けた。

「ん…、ふう…」

   口移しで、舌を絡めながら薬を飲まされた。身体に薬が入ると、徐々に熱が冷めていく。
 
「もう少し、休んだ方がいい」

  ライアンに頭を撫でられたところで、俺は意識を失った。



 次に目が覚めた時は、息子のルイが俺を心配そうに見下ろしていた。

「父さん!大丈夫?!」
「うん。ごめん…心配かけた…」
「本当だよ…。まさか、全然治癒院に行ってなかったなんて、驚いた。これからは、ちゃんと診てもらって薬も飲まないとだめだよ?チョーカーも買わないと…」
「わかった」
   俺は反省した。いくら何もないからって、定期検診くらいは行くべきだったんだ…。それにチョーカーも。

「ライアン君は大丈夫だった…?その、気持ち悪かったよね。友達の父親がさ…」
「ううん、あいつはすごい良いやつだから、Ω差別なんてしたの見たこともないし、平民の俺の事も気にかけてくれてさ。父さんの事情も話してたから…。また間違いが起こらないように守ってくれたんだと思う」
『また間違いが』という言葉を聞いて、自分の軽率さがルイを傷付けたと分かった。

「ルイ…。俺はさ、確かにルイを妊娠した時…事故的なものだった。でも妊娠を後悔したことはないよ。本当に一度も…」
「知ってる…」

 帰りは息子に背負われて帰宅した。情けない父親で、涙が溢れる…。



****


   その後、教会の治療院で抑制剤を処方してもらい、仕事にも復帰。体調が落ち着いた頃、リファー公爵にお礼を伝えていない事と、ライアンにお詫びをしていない事を思い出した。

 リファー公爵に面会を求めるのも憚られたので、お礼状をしたため、ライアンに渡してもらう事にした。ライアンには騎士団の寄宿舎の皆んなで食べられるような、ちょっとだけ高級なお菓子の詰め合わせを用意した。それと、項を隠す、チョーカーも。

 先日ヒートを起こした時、ライアンとは何も無かった。
 あの日ライアンは、ヒートを起こして理性を無くし抱いてくれと懇願する俺に紳士的に振る舞ってくれた。Ωがフェロモンを出して抱いてくれと訴えたのに何もしないなんて…、ライアンには俺のフェロモンは無効なのかも。ダンスに誘ってくれたけど、あれは特別な意味はなかったんだな…。きっと。
 それなのに、友達の父親が急にチョーカーなんかして現れたら『おじさんの癖になに意識してるんだ!』と思われてしまうかもしれない…。でもそこは、ルイが言う『ライアンは良いやつ』説を信じる事にした。

 仕事終わりに、俺は王城から騎士団の寄宿舎へ向かった。城の敷地内にある寄宿舎へと続く道を歩いて行くと、正面から誰かが走ってくる。

「ニコラさん!」
「あ、ライアン君…!」 

  走って来たのはライアンだった。随分と急いで来たらしく額に汗をかいている。

「ニコラさんが歩いているのが見えたので…。こんな所、一人で歩いては行けませんよ」

 危ないですよ、とライアンは言う。危ないって言っても、城の敷地内だから余程のことがない限り大丈夫だとは思うけど。 
 でもライアンを訪ねるつもりだったからちょうど良かった。俺は持参したお礼状と手土産を手渡した。

「リファー公爵へのお礼状と、これは先日ご迷惑をおかけしたのでライアン君に。お菓子です。甘いもの、食べられますか…?」
「そんな、気を使わなくて良かったのに。ありがとうございます。大切にします」

 ん?大切にします…?でもそれ、食品で賞味期限一週間くらいしかないから大切にしちゃダメなやつだよ?あと結構な量だから騎士団のみんなでどうぞ的な感じでもあるんだけど独り占めするつもり?それとも、お菓子は食べられないから取っておくってことなのか??どっちにしてもだめだけど。

「先日は、お菓子くらいでは足りないことをして頂いたので…、他に何か、お礼になりそうな物があったらおっしゃってください。食べ物でなくても、洋服とか装飾品とか…?」
 お菓子が嫌なのかもと思い、洋服などを提案してみた。でもそう言ったものは趣向品だし、家格もあるから俺が買うのは難しいかな…?

 ライアンは俺の顔をじっと見つめていたが、やや間があったのち「何でも良いんですか?」と小さく呟いた。

「私にできる事でしたら…」
「何でも?」
「え、ええ…」
「では、私の『初めて』を貰っていただけませんか?」
   
   
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