哀歌-miele-【R-18】

鷹山みわ

文字の大きさ
上 下
45 / 51
プール

プール-4-

しおりを挟む
……幻聴だろうか?
胡桃は一瞬、誰を呼んだのか理解できなかった。


観客が一気にざわめいた。ジャグジープールの奥にある更衣室から一人の男性がマネージャーと共に歩いてくる。
紗良と同じ花柄のサーフパンツで上に無地の白シャツを着ていた。歩いてくる姿が胡桃にはスローモーションに見えた。


「…………うそ」
「うそっ、TAKESHIが一緒に撮影入るの?マジで」


美歩の驚いた声でかき消された。
ふふんと鼻を鳴らして、紗良は二人に顔を向けた。


「もう一度言うわ。貴方たちも見ていってね」


踵を返して彼女は戻っていく。ワンピースの裾が揺らめいていた。その仕草にまた男性のため息が漏れている。
紗良は剛史に近づいて挨拶しているが、目は彼を捉えているようだった。


「うわあ、TAKESHIかあ、ちょっと見てみたいかもね胡桃。……胡桃?」
「……」


言葉を失う。
ここで彼に会うなんて、想像もしていなかった。


嬉しさ以上に胡桃の心を支配するのは漠然とした“不安”だった。
実際、紗良の目で不安は大きくなる。男性の心を奪う女が、恋人に近寄っている。


今の一ノ瀬さんは、凄く、美人だった。


「ああそっか、胡桃はTAKESHIのファンだもんね。紗良みたいな奴と絡むのはやっぱり嫌なの?」
「……あ……えっと……そ、そうだね……」


美歩の言葉を半分も聞いていなかった。剛史から目を離す事ができなかった。


初めて仕事をしている彼の素顔を、本物を見た。画面越しだと分からない独特な空気だ。
普通の撮影なら喜んでじっくり見学していただろう。こっそり手を振って笑いかけてくれたら、それだけで一日が華やかになるのに。


今の彼は、一人ではない。
隣には男性の視線を引く知り合いがいる。
紗良と初めて会話した時の不安が、取られてしまうという感情が体内を渦巻いている。


関係者らしき男性が二人に軽く会釈して、カメラマンが準備を終わらせて近づいている。
最初は個々で撮影するらしい、紗良がプールの中に入っていく時、一瞬だけため息を吐いた剛史はすぐに笑顔になって他のスタッフと話し始めている。
何気なく、ふと、ギャラリーに目を向けた。


「…………あ」


思わず、声が出た。
瞳が、合った。
剛史の目が自分を捉えて数秒固まっている。


驚いているようだったが、数秒後すぐにスタッフに目を向けて談笑をし始めている。


「うわ、今TAKESHIがこっち向いた気がするっ。胡桃、目が合った?」
「え……えっと……どうかな……?」
「ちょっとファンなんでしょ。あ、ファンだから驚きすぎてもう言葉も出ない感じ?」
「あ……はは……」


一人で納得して美歩はニッコリ笑った。それどころではなかった。


確かに目が互いを認識していた。
剛史は、胡桃を、見つめていた。


「じゃあ私、紗良に興味ないし向こうに戻るけど、胡桃は見てく?」


迷う。ここにいて彼の仕事風景を見られるなら最後まで見学していきたい。
でも漠然とした不安がここから離れた方が良いと伝えてくる。二律背反のような思いがごちゃ混ぜしている。
ただ、紗良とは違う隣のプールに剛史が入って、カメラマンが構え始めたので、少しだけ安堵した。


「TAKESHIさん撮影するみたいだから、美歩ちゃん先に戻ってて」
「オーケー。本物が間近で見られて良かったね」


ファンの本望だろうと汲み取ったのか、美歩か片目を閉じて軽やかに戻っていく。


多くの人々の中にぽつんと胡桃はいる。
彼の水着姿を目で追いながら、カメラのシャッター音を聞いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...