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プール
プール-4-
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……幻聴だろうか?
胡桃は一瞬、誰を呼んだのか理解できなかった。
観客が一気にざわめいた。ジャグジープールの奥にある更衣室から一人の男性がマネージャーと共に歩いてくる。
紗良と同じ花柄のサーフパンツで上に無地の白シャツを着ていた。歩いてくる姿が胡桃にはスローモーションに見えた。
「…………うそ」
「うそっ、TAKESHIが一緒に撮影入るの?マジで」
美歩の驚いた声でかき消された。
ふふんと鼻を鳴らして、紗良は二人に顔を向けた。
「もう一度言うわ。貴方たちも見ていってね」
踵を返して彼女は戻っていく。ワンピースの裾が揺らめいていた。その仕草にまた男性のため息が漏れている。
紗良は剛史に近づいて挨拶しているが、目は彼を捉えているようだった。
「うわあ、TAKESHIかあ、ちょっと見てみたいかもね胡桃。……胡桃?」
「……」
言葉を失う。
ここで彼に会うなんて、想像もしていなかった。
嬉しさ以上に胡桃の心を支配するのは漠然とした“不安”だった。
実際、紗良の目で不安は大きくなる。男性の心を奪う女が、恋人に近寄っている。
今の一ノ瀬さんは、凄く、美人だった。
「ああそっか、胡桃はTAKESHIのファンだもんね。紗良みたいな奴と絡むのはやっぱり嫌なの?」
「……あ……えっと……そ、そうだね……」
美歩の言葉を半分も聞いていなかった。剛史から目を離す事ができなかった。
初めて仕事をしている彼の素顔を、本物を見た。画面越しだと分からない独特な空気だ。
普通の撮影なら喜んでじっくり見学していただろう。こっそり手を振って笑いかけてくれたら、それだけで一日が華やかになるのに。
今の彼は、一人ではない。
隣には男性の視線を引く知り合いがいる。
紗良と初めて会話した時の不安が、取られてしまうという感情が体内を渦巻いている。
関係者らしき男性が二人に軽く会釈して、カメラマンが準備を終わらせて近づいている。
最初は個々で撮影するらしい、紗良がプールの中に入っていく時、一瞬だけため息を吐いた剛史はすぐに笑顔になって他のスタッフと話し始めている。
何気なく、ふと、ギャラリーに目を向けた。
「…………あ」
思わず、声が出た。
瞳が、合った。
剛史の目が自分を捉えて数秒固まっている。
驚いているようだったが、数秒後すぐにスタッフに目を向けて談笑をし始めている。
「うわ、今TAKESHIがこっち向いた気がするっ。胡桃、目が合った?」
「え……えっと……どうかな……?」
「ちょっとファンなんでしょ。あ、ファンだから驚きすぎてもう言葉も出ない感じ?」
「あ……はは……」
一人で納得して美歩はニッコリ笑った。それどころではなかった。
確かに目が互いを認識していた。
剛史は、胡桃を、見つめていた。
「じゃあ私、紗良に興味ないし向こうに戻るけど、胡桃は見てく?」
迷う。ここにいて彼の仕事風景を見られるなら最後まで見学していきたい。
でも漠然とした不安がここから離れた方が良いと伝えてくる。二律背反のような思いがごちゃ混ぜしている。
ただ、紗良とは違う隣のプールに剛史が入って、カメラマンが構え始めたので、少しだけ安堵した。
「TAKESHIさん撮影するみたいだから、美歩ちゃん先に戻ってて」
「オーケー。本物が間近で見られて良かったね」
ファンの本望だろうと汲み取ったのか、美歩か片目を閉じて軽やかに戻っていく。
多くの人々の中にぽつんと胡桃はいる。
彼の水着姿を目で追いながら、カメラのシャッター音を聞いていた。
胡桃は一瞬、誰を呼んだのか理解できなかった。
観客が一気にざわめいた。ジャグジープールの奥にある更衣室から一人の男性がマネージャーと共に歩いてくる。
紗良と同じ花柄のサーフパンツで上に無地の白シャツを着ていた。歩いてくる姿が胡桃にはスローモーションに見えた。
「…………うそ」
「うそっ、TAKESHIが一緒に撮影入るの?マジで」
美歩の驚いた声でかき消された。
ふふんと鼻を鳴らして、紗良は二人に顔を向けた。
「もう一度言うわ。貴方たちも見ていってね」
踵を返して彼女は戻っていく。ワンピースの裾が揺らめいていた。その仕草にまた男性のため息が漏れている。
紗良は剛史に近づいて挨拶しているが、目は彼を捉えているようだった。
「うわあ、TAKESHIかあ、ちょっと見てみたいかもね胡桃。……胡桃?」
「……」
言葉を失う。
ここで彼に会うなんて、想像もしていなかった。
嬉しさ以上に胡桃の心を支配するのは漠然とした“不安”だった。
実際、紗良の目で不安は大きくなる。男性の心を奪う女が、恋人に近寄っている。
今の一ノ瀬さんは、凄く、美人だった。
「ああそっか、胡桃はTAKESHIのファンだもんね。紗良みたいな奴と絡むのはやっぱり嫌なの?」
「……あ……えっと……そ、そうだね……」
美歩の言葉を半分も聞いていなかった。剛史から目を離す事ができなかった。
初めて仕事をしている彼の素顔を、本物を見た。画面越しだと分からない独特な空気だ。
普通の撮影なら喜んでじっくり見学していただろう。こっそり手を振って笑いかけてくれたら、それだけで一日が華やかになるのに。
今の彼は、一人ではない。
隣には男性の視線を引く知り合いがいる。
紗良と初めて会話した時の不安が、取られてしまうという感情が体内を渦巻いている。
関係者らしき男性が二人に軽く会釈して、カメラマンが準備を終わらせて近づいている。
最初は個々で撮影するらしい、紗良がプールの中に入っていく時、一瞬だけため息を吐いた剛史はすぐに笑顔になって他のスタッフと話し始めている。
何気なく、ふと、ギャラリーに目を向けた。
「…………あ」
思わず、声が出た。
瞳が、合った。
剛史の目が自分を捉えて数秒固まっている。
驚いているようだったが、数秒後すぐにスタッフに目を向けて談笑をし始めている。
「うわ、今TAKESHIがこっち向いた気がするっ。胡桃、目が合った?」
「え……えっと……どうかな……?」
「ちょっとファンなんでしょ。あ、ファンだから驚きすぎてもう言葉も出ない感じ?」
「あ……はは……」
一人で納得して美歩はニッコリ笑った。それどころではなかった。
確かに目が互いを認識していた。
剛史は、胡桃を、見つめていた。
「じゃあ私、紗良に興味ないし向こうに戻るけど、胡桃は見てく?」
迷う。ここにいて彼の仕事風景を見られるなら最後まで見学していきたい。
でも漠然とした不安がここから離れた方が良いと伝えてくる。二律背反のような思いがごちゃ混ぜしている。
ただ、紗良とは違う隣のプールに剛史が入って、カメラマンが構え始めたので、少しだけ安堵した。
「TAKESHIさん撮影するみたいだから、美歩ちゃん先に戻ってて」
「オーケー。本物が間近で見られて良かったね」
ファンの本望だろうと汲み取ったのか、美歩か片目を閉じて軽やかに戻っていく。
多くの人々の中にぽつんと胡桃はいる。
彼の水着姿を目で追いながら、カメラのシャッター音を聞いていた。
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