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会いたい
会いたい-1-
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夕方。バイトのためにスーパーに来た時、スマートホンを取り出した。
メールも着信も入っていない。
仕事だと言っていたので仕方ないけれど、胡桃は少しだけ淋しかった。
エプロンに着替える前、更衣室に誰もいないのを確認して、そっと襟をずらす。
胸の谷間に赤い薔薇が咲いていた。
しばらく消えないだろう、と言われた彼との証。
彼の舌が自分の体を這う姿、吐息が耳に蘇る。手が自分の乳首を握る瞬間、そして重なって声を交わらせる自分と彼、様々な昨日の夜の場面が浮かんでくる。
――会いたい。会って、また触ってほしい
ほんの数時間前のことなのに、遙か昔に絡まったように錯覚する。
頭を横に振って仕事に切り替えた。思ったより時間が過ぎていて慌てて更衣室を出た。
「お疲れ様、胡桃ちゃん」
「尚人くん、お疲れ様です」
前から尚人が書類を持って歩いてくる。
微笑んでいた彼が、ふっと真顔に変わった。
「どうしたの?……顔赤いみたいだけど」
「え、あ、ううん、何でもない。ちょっと暑かったからかなあ」
手で仰ぐ。ぎこちなくて恥ずかしい。
でも尚人はもう一度笑って「そっか、暑いもんね」と合わせて手を仰いでくれた。
朋香と違って彼は詮索しない。
そっとして欲しい時も黙って隣にいてくれたり、必要なことだけ教えてくれる。
大切な上司で大切な友達だった。
「胡桃ちゃーん、あれからどうなったのー」
「開口一番それはダメだよ朋香ちゃん。まずは引き継ぎの仕事をしてね」
書類とノートを出す尚人に頬を膨らませながらも、はーいと返事をする彼女に胡桃は笑う。
恋愛のことを詳しくは話せないけど、この二人とのバイトは楽しい。
一人暮らしを始めて、心細くなった時には二人や美歩と話すことが自分の心の安寧だった気がする。
学校でもバイト先でも普通に楽しく過ごせているのは、彼らのおかげだった。大切な人たちだった。
それでも、自分は別の人を求めている。
あの熱いものをくれた彼が欲しい。
ちらちらとスマートホンを見てはため息を吐く。
「くーるみちゃん、仕事中だよ」
尚人の言葉に目を覚ます。
「あっ、すみません」
「ここはバックヤードだからいいけどさ。あと二時間頑張って」
「……ごめんなさい」
苦笑いする彼。尚人は怒るというより注意をしてくれる。叱責ではない分申し訳なかった。
更衣室に置いて仕事に戻る。朋香や他の先輩と協力しながら、着実に業務をこなした。今日は閉店の9時で片付けをした後、部屋に帰ってきた。
なんだか酷く疲れた気がする。足下が覚束ない。
今更ながら、彼とのセックスで動いた反動が来ているようだった。
座り込んでテーブルに突っ伏す。
このまま寝てしまいそうだったが、気になってまたスマートホンを確認する。
反応は無し。
「……たけし……さん……」
目が潤む。
悲しいからではない。欲が溢れているからだ。情動が抑えられない。
音が鳴った。
間違いなくスマートホンからだった。
ディスプレイを見て慌てて姿勢を正す。
『たけしさん』
他の人が偶然に見ても知られないように平仮名で登録した。
願っていた彼の名前が映し出されていた。
メールも着信も入っていない。
仕事だと言っていたので仕方ないけれど、胡桃は少しだけ淋しかった。
エプロンに着替える前、更衣室に誰もいないのを確認して、そっと襟をずらす。
胸の谷間に赤い薔薇が咲いていた。
しばらく消えないだろう、と言われた彼との証。
彼の舌が自分の体を這う姿、吐息が耳に蘇る。手が自分の乳首を握る瞬間、そして重なって声を交わらせる自分と彼、様々な昨日の夜の場面が浮かんでくる。
――会いたい。会って、また触ってほしい
ほんの数時間前のことなのに、遙か昔に絡まったように錯覚する。
頭を横に振って仕事に切り替えた。思ったより時間が過ぎていて慌てて更衣室を出た。
「お疲れ様、胡桃ちゃん」
「尚人くん、お疲れ様です」
前から尚人が書類を持って歩いてくる。
微笑んでいた彼が、ふっと真顔に変わった。
「どうしたの?……顔赤いみたいだけど」
「え、あ、ううん、何でもない。ちょっと暑かったからかなあ」
手で仰ぐ。ぎこちなくて恥ずかしい。
でも尚人はもう一度笑って「そっか、暑いもんね」と合わせて手を仰いでくれた。
朋香と違って彼は詮索しない。
そっとして欲しい時も黙って隣にいてくれたり、必要なことだけ教えてくれる。
大切な上司で大切な友達だった。
「胡桃ちゃーん、あれからどうなったのー」
「開口一番それはダメだよ朋香ちゃん。まずは引き継ぎの仕事をしてね」
書類とノートを出す尚人に頬を膨らませながらも、はーいと返事をする彼女に胡桃は笑う。
恋愛のことを詳しくは話せないけど、この二人とのバイトは楽しい。
一人暮らしを始めて、心細くなった時には二人や美歩と話すことが自分の心の安寧だった気がする。
学校でもバイト先でも普通に楽しく過ごせているのは、彼らのおかげだった。大切な人たちだった。
それでも、自分は別の人を求めている。
あの熱いものをくれた彼が欲しい。
ちらちらとスマートホンを見てはため息を吐く。
「くーるみちゃん、仕事中だよ」
尚人の言葉に目を覚ます。
「あっ、すみません」
「ここはバックヤードだからいいけどさ。あと二時間頑張って」
「……ごめんなさい」
苦笑いする彼。尚人は怒るというより注意をしてくれる。叱責ではない分申し訳なかった。
更衣室に置いて仕事に戻る。朋香や他の先輩と協力しながら、着実に業務をこなした。今日は閉店の9時で片付けをした後、部屋に帰ってきた。
なんだか酷く疲れた気がする。足下が覚束ない。
今更ながら、彼とのセックスで動いた反動が来ているようだった。
座り込んでテーブルに突っ伏す。
このまま寝てしまいそうだったが、気になってまたスマートホンを確認する。
反応は無し。
「……たけし……さん……」
目が潤む。
悲しいからではない。欲が溢れているからだ。情動が抑えられない。
音が鳴った。
間違いなくスマートホンからだった。
ディスプレイを見て慌てて姿勢を正す。
『たけしさん』
他の人が偶然に見ても知られないように平仮名で登録した。
願っていた彼の名前が映し出されていた。
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