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珈琲
珈琲-1-
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家で何度も確認したのに、歩きながらも自分の姿を見直してしまう。
お気に入りの服は水色のワンピース。淡い黄色のカーディガンを羽織った。彼のライブグッズである薔薇のペンダントを首から下げて、靴はヒールが5センチあるベージュのパンプスを履いた。
友人から似合っていると言われてもまだ自信はない。19年間彼氏というものを作った事がなくて、何も経験なんてしていなかったから。恋愛に対して消極的だった。楽しく恋愛している朋香たちが羨ましかった。
夜のカフェの外観はひっそりと佇む家のようだった。小さな木の看板で『miele-ミエーレ-』と立てられている。
芸能人御用達と謳われる場所だけあって、オープンな場所ではなかった。看板を見つけるまでに時間がかかりそうだ。
鞄を持つ手がきゅっと引き締まる。
本物じゃなかったら帰ればいい。
そう何度も心の中で言いながらここまで来た。
スマートホンにショートメールが届いている。
“中で待ってる”
恐る恐る扉を開けると、ベルがカランと鳴った。
スタッフらしき男性が胡桃を見て訝しんだ。
「あの……剛史さんから」
男性が自分の薔薇のペンダントを見た瞬間、営業スマイルに激変した。
「お待ちしていました。どうぞ」
どうやら認めてもらえたらしい。
ほっと安心して胡桃は男性の後を付いていく。
奥にある個室に来た。カーテンで遮断されている1か所を指して、彼は頭を下げて引き返した。
戻れない空気になってきたけど、どこか楽しかった。好奇心が大きく膨らんでいた。
カーテンを捲ると、四人座れる向かい合わせのソファーに一人、書類を見ている彼が座っていた。
なりすましではなかった。
黒の襟付きシャツにグレーのジーパンを履いている。
黒縁眼鏡を掛けて文字を追っていた目が、ゆっくりと見上げてきた。
「こんばんは」
「……こ、こんばんは」
「来てくれてありがとう。座って」
向かい側を手で示してくれた。
失礼します、と素直に従う。
微笑む剛史は楽屋で会った時と違い、ごく普通の大人だった。
目が胡桃の胸元に下がる。
「良かった。薔薇のペンダント付けてきてくれたんだね」
「はい。グッズを調べたら、買ってました」
微笑む。スタッフが分かるような物を付けてほしいと言われた時、何があったかこれまで買ったグッズを漁った。剛史からファーストライブで売っていた薔薇のペンダントを持っているかと聞かれて、奥の箱にあるのを見つけた。赤と黒が混じり合った天然石の薔薇が一つ付いたもの。
「なんとなく、君はそれを持ってる気がしたんだ」
「薔薇の絵の話をしたからですか」
頷かれて、胡桃の目もペンダントを眺める。
ファーストライブはグッズだけ買った。一目でこのペンダントが欲しくなった。お小遣いを使い果たした気がする。学生が買うには少し高めの値段だったので、既に社会人になっていた大人が買っている印象だった。しかし、ライブを重ねる毎にこれを付ける人は減った。真新しいグッズに惹かれていくものだ。
胡桃も今回のライブでは付けなかった。人前でこれを付けたくなかった。自分の部屋で親に隠れてこっそり付けていた。剛史を身近に感じていた。
「スタッフにそれを伝えれば俺の紹介者だって分かるだろ。……普通の人とも会いづらいからな」
遠い目をする男、やはり有名人になると活動範囲が狭まるんだろうなとぼんやり思う。
お気に入りの服は水色のワンピース。淡い黄色のカーディガンを羽織った。彼のライブグッズである薔薇のペンダントを首から下げて、靴はヒールが5センチあるベージュのパンプスを履いた。
友人から似合っていると言われてもまだ自信はない。19年間彼氏というものを作った事がなくて、何も経験なんてしていなかったから。恋愛に対して消極的だった。楽しく恋愛している朋香たちが羨ましかった。
夜のカフェの外観はひっそりと佇む家のようだった。小さな木の看板で『miele-ミエーレ-』と立てられている。
芸能人御用達と謳われる場所だけあって、オープンな場所ではなかった。看板を見つけるまでに時間がかかりそうだ。
鞄を持つ手がきゅっと引き締まる。
本物じゃなかったら帰ればいい。
そう何度も心の中で言いながらここまで来た。
スマートホンにショートメールが届いている。
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恐る恐る扉を開けると、ベルがカランと鳴った。
スタッフらしき男性が胡桃を見て訝しんだ。
「あの……剛史さんから」
男性が自分の薔薇のペンダントを見た瞬間、営業スマイルに激変した。
「お待ちしていました。どうぞ」
どうやら認めてもらえたらしい。
ほっと安心して胡桃は男性の後を付いていく。
奥にある個室に来た。カーテンで遮断されている1か所を指して、彼は頭を下げて引き返した。
戻れない空気になってきたけど、どこか楽しかった。好奇心が大きく膨らんでいた。
カーテンを捲ると、四人座れる向かい合わせのソファーに一人、書類を見ている彼が座っていた。
なりすましではなかった。
黒の襟付きシャツにグレーのジーパンを履いている。
黒縁眼鏡を掛けて文字を追っていた目が、ゆっくりと見上げてきた。
「こんばんは」
「……こ、こんばんは」
「来てくれてありがとう。座って」
向かい側を手で示してくれた。
失礼します、と素直に従う。
微笑む剛史は楽屋で会った時と違い、ごく普通の大人だった。
目が胡桃の胸元に下がる。
「良かった。薔薇のペンダント付けてきてくれたんだね」
「はい。グッズを調べたら、買ってました」
微笑む。スタッフが分かるような物を付けてほしいと言われた時、何があったかこれまで買ったグッズを漁った。剛史からファーストライブで売っていた薔薇のペンダントを持っているかと聞かれて、奥の箱にあるのを見つけた。赤と黒が混じり合った天然石の薔薇が一つ付いたもの。
「なんとなく、君はそれを持ってる気がしたんだ」
「薔薇の絵の話をしたからですか」
頷かれて、胡桃の目もペンダントを眺める。
ファーストライブはグッズだけ買った。一目でこのペンダントが欲しくなった。お小遣いを使い果たした気がする。学生が買うには少し高めの値段だったので、既に社会人になっていた大人が買っている印象だった。しかし、ライブを重ねる毎にこれを付ける人は減った。真新しいグッズに惹かれていくものだ。
胡桃も今回のライブでは付けなかった。人前でこれを付けたくなかった。自分の部屋で親に隠れてこっそり付けていた。剛史を身近に感じていた。
「スタッフにそれを伝えれば俺の紹介者だって分かるだろ。……普通の人とも会いづらいからな」
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