哀歌-miele-【R-18】

鷹山みわ

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「胡桃ちゃん、浮かない顔してるけどどうしたの」

アルバイト先のスーパー。後輩の朋香トモカから声を掛けられる。
最近入った自分の二つ下の後輩は覚えが早く、愛嬌もあってすぐに馴染んでいた。胡桃自身も同世代の友達が出来て嬉しかったので、色々話す仲だ。商品の値引きをしながら胡桃はぼうっとしていた。

「朋香ちゃん、急に電話番号とアドレスが書かれた紙を貰ったら、どうすればいい?」
「ええっ、それナンパだよっ。胡桃ちゃん声掛けられたの?」
「あ、えっと何て言うか……お話して最後にメモを貰って、そこに連絡先があって」
「すごい、今でもそんな風に紙で交換とかあるんだっ」

まるで旧時代の文明のように朋香は言っているが、胡桃は上の空だった。

あのライブ。抽選会で剛史が発表したチケット番号に自分のものがあった時は何かの間違いじゃないかと思った。でも終わってから看板に貼られた番号には自分の番号が確かにあって、まるで合格発表のように表示されていた。

夢見心地でツアー待ちの列に並んだら最後だった。スタッフにチケットを見せて「どうぞ」と言われた時、本当にTAKESHIに会えるという実感が湧いてきて急に緊張した。何を話せばいいのか考えていなかった。

あっという間に自分の出番が来て、ステージに立っていた彼が机を挟んだ目の前にいた。
サインが貰えるのでCDを持ってきたのは覚えていたが、何を話したかはほとんど忘れた。

ただ、あの絵の話をした時の剛史の目が変わった事は鮮明に残っている。

黒い薔薇を見た時と同じ“本能の瞳”、それを彼は自分に向けているような錯覚を感じた。
自分の名前を可愛いと呟いた声に、耳が反応した。
体に電流が走ってきた。
初めての感覚。甘い痺れ。
もっと近くで囁いて欲しいと願うほど。

最後に握手をした時、何か紙を握らされた。楽屋を出て帰り道に聞くと電話番号とアドレスのようなものが書かれてあった。
それからはメモを眺めてはスマートホンを取り出して唸る日々が続いている。

「気になるなら連絡してみれば良いんじゃない」

朋香が言う。

「直接本人から貰ったんでしょ、胡桃ちゃんが気になるならやってみても良いかもね」

休憩時間。オレンジジュースを飲んでいる。胡桃は紙パックのリンゴジュースを飲んでいた。

「偽物だったらどうしよう」
「そうしたら直前に会わなきゃいいんだよ」
「うーん……」

それでもまだ一歩を踏み出せない。
恋愛経験ほとんどなしの自分には未知の世界だった。

「やめた方が良いと思うな、胡桃ちゃんが危ない気がするよ」

言いながら近づいてきたのは上司の尚人ナオトだった。
休憩時間が被ったようで、エプロンを外している。顔は心配しているようだった。
朋香は頬を膨らましている。上司だろうが関係無く、彼女は顔に出やすい。

「どんな素性か分からないのに迂闊には近づかない方が良いんじゃないかなあ」
「えー、尚人さん妬いてません?」
「……僕は胡桃ちゃんが心配なだけだよー」

苦笑いしていた。あながち間違ってはいないだろうなと朋香は心の中で思っていた。

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