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ライブ終わりは達成感と高揚感で体が熱い。
熱気がまだ籠もっていて、誰にも触られたくなかった。際どい部分に触れたら一瞬で失神しそうなくらいに。
汗だくの衣装を脱いで、この後のファンサービスのためのライブTシャツに着替える。
「今日は女性三人と男性一人、親子一組。時間は五分。いつも通りでよろしくお願いします」
「はーい」
マネージャーの言葉に剛史は頷く。
バランスが良かった。女性ばかりだと気疲れするし、後で不公平だとSNSで言われることがある。
公平にするために、ライブの最中にチケットの半券を無造作に引いて、その座席の人をツアーに招待しているだけなのに、意図的ではないかと以前古参のファンに叩かれたことがあった。
面倒くさかった。こちらは何も考えずにやっているのに。
どうして少数は間違った方向に捉えてしまうのだろう。
夢を与えるアイドルなんかではないのに。どこまで理想を押し付けるのか、身勝手なファンに嫌悪感すら持っていた。
程よい距離を考える内に、自分の何かにも蓋をした。
元からコミュニケーション力が高いだの、みんなから愛されているだの優しい言葉で褒められていたが、本来の自分は多分もっと違っているだろう。……まあ、元から出すつもりはないけれど。
今回もそうやっていつものように楽しく話した。
泣いていた女の子にはサイン入りのハンカチをあげて、男子とは好きな絵の話をして、親子には漫画やゲームの話をして、露出度高めの狙っている女性はほとんど無視をして。
小さくため息を吐いた後、彼女は現れた。
「は、初めまして」
「……」
しばらく彼女を見つめていた。目が離せなかった。
ライブ限定の黒のロゴ入りTシャツは少し汗ばんでいて、でも柔軟剤の香りがほんのり漂ってきた。
茶髪は肩まで伸びているふわりとした髪の毛、色白の肌、長めの睫毛、頬は上気して赤く、唇はとても柔らかそうで、濃い青色のスラックスを履いていた。
彼女の体を一つずつ覚えようとする自分の体。
何故か、答えはすぐに分かった。
視線を合わせた瞬間に下半身が急速に力を付けたから。欲情した。まるで甘い蜜に引き寄せられる虫のようで。
ファンサービスという概念が頭から離れていた。
ただ、彼女を眺める。
じっとりと、それに気づかれないように。
「あの……剛史、さん?」
新曲が入ったアルバムCDを持ったまま棒立ちになっている彼女に、我に返って剛史は手を伸ばしてCDを受け取った。
「名前教えてくれる?」
「あ、くるみです。よろしくお願いします」
「……可愛い名前」
小声で呟いた声は彼女に聞こえたようで、さらに顔を赤くして感謝を伝えてきた。
いつもは数秒でサインを書き終えるが、漢字を聞きつつゆっくりと時間をかけてペンをジャケットに走らせる。
“胡桃”
そう何度も心の中で呼んだ。
熱気がまだ籠もっていて、誰にも触られたくなかった。際どい部分に触れたら一瞬で失神しそうなくらいに。
汗だくの衣装を脱いで、この後のファンサービスのためのライブTシャツに着替える。
「今日は女性三人と男性一人、親子一組。時間は五分。いつも通りでよろしくお願いします」
「はーい」
マネージャーの言葉に剛史は頷く。
バランスが良かった。女性ばかりだと気疲れするし、後で不公平だとSNSで言われることがある。
公平にするために、ライブの最中にチケットの半券を無造作に引いて、その座席の人をツアーに招待しているだけなのに、意図的ではないかと以前古参のファンに叩かれたことがあった。
面倒くさかった。こちらは何も考えずにやっているのに。
どうして少数は間違った方向に捉えてしまうのだろう。
夢を与えるアイドルなんかではないのに。どこまで理想を押し付けるのか、身勝手なファンに嫌悪感すら持っていた。
程よい距離を考える内に、自分の何かにも蓋をした。
元からコミュニケーション力が高いだの、みんなから愛されているだの優しい言葉で褒められていたが、本来の自分は多分もっと違っているだろう。……まあ、元から出すつもりはないけれど。
今回もそうやっていつものように楽しく話した。
泣いていた女の子にはサイン入りのハンカチをあげて、男子とは好きな絵の話をして、親子には漫画やゲームの話をして、露出度高めの狙っている女性はほとんど無視をして。
小さくため息を吐いた後、彼女は現れた。
「は、初めまして」
「……」
しばらく彼女を見つめていた。目が離せなかった。
ライブ限定の黒のロゴ入りTシャツは少し汗ばんでいて、でも柔軟剤の香りがほんのり漂ってきた。
茶髪は肩まで伸びているふわりとした髪の毛、色白の肌、長めの睫毛、頬は上気して赤く、唇はとても柔らかそうで、濃い青色のスラックスを履いていた。
彼女の体を一つずつ覚えようとする自分の体。
何故か、答えはすぐに分かった。
視線を合わせた瞬間に下半身が急速に力を付けたから。欲情した。まるで甘い蜜に引き寄せられる虫のようで。
ファンサービスという概念が頭から離れていた。
ただ、彼女を眺める。
じっとりと、それに気づかれないように。
「あの……剛史、さん?」
新曲が入ったアルバムCDを持ったまま棒立ちになっている彼女に、我に返って剛史は手を伸ばしてCDを受け取った。
「名前教えてくれる?」
「あ、くるみです。よろしくお願いします」
「……可愛い名前」
小声で呟いた声は彼女に聞こえたようで、さらに顔を赤くして感謝を伝えてきた。
いつもは数秒でサインを書き終えるが、漢字を聞きつつゆっくりと時間をかけてペンをジャケットに走らせる。
“胡桃”
そう何度も心の中で呼んだ。
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