哀歌-aika-【R-18】

鷹山みわ

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終わりにあるもの

終わりにあるもの

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瞳をゆっくり開けた胡桃は、暗闇の中にいた。
光が一切ない、辺り一面の闇。
自分の身に何が起きたのか即座に悟る。
手を首に添えた時、生温かいものを感じた。愛する彼の手を思い浮かべる。二度と離れられないよう印を付けられたようだった。

「愛してる」

呟いて、裸足のまま歩き出す。
あてもなく、ふらふらと彷徨うように。
白のワンピースの裾が揺れていた。彼が着て欲しいと願った服だった。

何も無かった。生命も無機質なものも存在していない、ただの暗闇。
どこでも良かった。自分は満たされて体に彼の心が入っていたから、他の感情なんて必要ない。



どれだけ歩いたか、時間の概念はなかった。
ふと視線を右に向けた時、視界の隅に一人の男が棒立ちでどこか一点を見ている姿を捉えた。


沸々と、感情が戻ってくる。目が霞む。体が震えた。動揺した。会えないと思っていた。
喜びで目から涙が溢れてくる。掠れそうな声を必死で上げた。届いて欲しいと願う。

「剛史さんっ」

走り出した。
生きていた時は、気にして怖くて臆病になっていたけど、今はもう自由だ。
彼の距離が遠い。果てしなく遠いと思ったけど、迷いはなかった。もう二度と離れたくなかった。

声に反応した男はゆっくりと視線を動かす。

「…………あ」

目が合った。
見る見るうちに彼の表情が変わる。
驚愕、そして喜びへ。
海辺を歩いていた時と同じ白シャツとジーパンだった。

裸足のまま駆けだしてくる。
彼もたった今、感情を取り戻したようだった。溢れ出る心を胡桃は汲み取っていた。
走ってきてくれる。
無我夢中に向かってきてくれて、嬉しかった。

会いたかった。
この世界でも会いたくて堪らなかった人。

どれだけ走ったか、目と鼻の先まで捉える。
そして、転びそうになった胡桃を剛史は強く引っ張って、自分の体の中へ抱え込んだ。

「胡桃っ……胡桃、胡桃、愛してる……」
「剛史さん……」
「ああ、会えた……良かった」
「剛史さん、最期、私の中に入ったまま……んっ」

抱き合って、舌を絡め合う。唾液がこぼれる。夢中で互いの存在を確かめるように激しく、何度も唇を吸い続ける。
今は言葉なんていらなかった。
口も体も全てを重ねていたかった。
体を委ねていると、抱えられて耳元で彼は囁いた。

「……すごくきもちよかった……死ぬ間際まで、胡桃と重なっていられた」
「私も……きもちいいって言いたかったの。嬉しかったの。私達を見つけた人たち、きっとびっくりしたよね」
「いいよ、もう。……そんなこと忘れよう」
「はい」

続きを始める。しばらく互いの体を舐め回した。立ったまま足も手も交錯させた。もう二人だけの世界だった。

確かにあの世界の自分達は死んで、暗闇に堕ちた。
それで良かった。願った、二人でいられる世界に来ることができたのだから。
このまま一つになりたかった。誰も何も言わないのなら、声を上げて甘美に浸りながら、体も心も全てもう一度絡み合いたかった。

先はきっと光のない場所だろう。
地獄と呼ばれる業火の中かもしれない。
耐えられない深海の中かもしれない。
もちろん、天国なんて行けるわけがない。
二人はもう分かっていた。

「それでもいい。貴方と一緒なら、私、どこだっていいの」
「俺もだ。このまま抱えて連れて行く」

もう一度「愛してる」と互いに告げて、剛史は胡桃を抱えて歩き始めた。
まるで結婚式で花嫁を抱き上げる花婿のよう。
腕を回して、幸せを噛みしめる。

――ありがとうございます。彼と会わせてくれて、一緒にいさせてくれて、感謝します

涙を一筋流して、胡桃は微笑んだ。
それを見て剛史も笑いかける。

「行こう」
「はい」

深い闇の中を進む。
しばらく進んだ後に「手を繋ぎたい」と言えば指と指を合わせて二人で交差させながら歩く。

欲情すればその場で触れ合う。互いの快楽の声が響く。
まるで白い箱にいた時のように、これは壁が見えない暗闇の箱庭かもしれなかった。

愛し合った後、肩を合わせて少し休んでまた歩く。手を繋いで堂々と進む。
周りに何も見えなくても互いの感触は確かにあった。
それだけは必ず離さないようにした。

二人の瞳には喜びがあった。永遠の幸せを手にしたと思った。
そのままさらに一歩と足を前に出していく。

やがて、ゆっくりと二つの姿は深い暗闇の中に溶けて消えていった。







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