上 下
57 / 59

【第56話:もう一度】

しおりを挟む
 リシルが落ち着いたところで、リシルとオリビアさんと共にダルド様の元に向かった。
 これからの事を話しあっておかなければならないだろう。

 なにせこの短期間に、領主が殺害され、その息子であるダルド様が魔人だという情報が入り、更には突然仲間の騎士から魔人が現れ、街を包囲できるほどの大量の魔物の襲撃を受けたのだ。

「ご苦労だったな。話に聞いていた以上の力だが……」

 ダルド様の言葉を、ギレイドさんが諭すように引き継ぐ。

「ですが、力に呑まれるのは良くないですぞ」

 ギレイドさんの言う通りだ。
 力に酔い、力に溺れればいつか身を亡ぼす。

「申し訳ありません。一度は何とか踏みとどまったのですが、一度一から鍛え直さないといけなさそうですね。面目ないです」

「テッド様なら必ずその力を自分のものとする事が出来るでしょう」

 そして表情を緩めて笑みを浮かべると「期待しております」と続けた。

 身体的な、そして能力的な強さだけでなく、この15年ほどの間に、きっとオレは精神的な強さまで失ってしまったのだろう。
 いくら聖魔剣の力を引き出せても、あの魔王を倒す事だけを、皆を守る事だけを考えて突き進んでいたあの頃の想いを置き去りにしたのでは、いつか魔人に倒される時がくる。

 つまりそれは……リシルの身も危険に晒す事に……。

 そんな後ろ向きな思考になりかけた時、背中を力いっぱい叩かれた。

「痛ってぇ!?」

 振り向けば、少し怒って頬を膨らませ、腰に手を添えたリシルが、

「勝ったんだから、そんな暗い顔しないの! これから頑張ればいい事でしょ?」

 今度はそう言って優しく微笑んだ。
 オッドアイの瞳が少し潤んでいるが、礼は心の中だけで留めておいた。

「そうだな。また一から頑張るって決めたんだったな」

 その笑顔にこたえるようにオレも微笑みを返す。

「それで……もう済んだのかしら?」

 そして、軽い咳ばらいをしながら尋ねるオリビアさんには、誤魔化しの乾いた笑いを返すのだった。

 ~

 聖魔剣レダタンアを抜いた時に起こる「世界から忘れられる」という現象について話をし終えると、ダルド様が少し考え込んだのちに口を開いた。

「それでは今回の事でも、人族にはテッドに関する記憶が消されてしまっているという事だな」

 そう言うと、街の門の前でこちらを警戒している騎士団に視線を向ける。

「はい。今までこの力を使った後でもオレの事を覚えていられたのは、魔眼アーキビストを持つリシルだけです」

 きっと今回聖魔剣レダタンアを抜いた事で、トーマスの村を救ったの記憶も消え去ってしまっているだろう……。

「そうか。不思議には思っていたのだ。魔王を倒した英雄テッドの記述は残っているのに、人族の配下の者の誰一人もその名を覚えていなかったのはそういう事か」

「そうですね。共に魔王を倒した仲間ですらオレの事を覚えていなかったですから……」

 もうずいぶん昔の事なのに改めてその事実を口にすると、胸に苦いなにかがこみ上げてくるようだった。

「きっと……私の父さんと母さんが覚えている事が出来なかったのが悔しかったから、だから私にこんな魔眼が授けられたんじゃないかな~? だから、私がテッドの事を覚えているから良いの!」

 そうだよね? そう言って尋ねてくるリシルの頭にポンと手を置いて、

「そうだな。あ・り・が・と・よ!」

 頭をくしゃくしゃとわざと強めに撫でまわす。

「ちょ、ちょっと!? 何するのよ!?」

「……じゃれ合いは後にして……そうすると、さっきの犯人を暴いたやり取りとかの記憶はどうなっているのかしら? この後の対処を考えたいのですが」

 オリビアさんの冷めた視線とその疑問に、しかしオレはこたえる事が出来なかった。
 こんな風に複雑なケースは初めてだからだ。

 まず間違いないのは、オレの事を忘れてしまっているという事だろう。
 しかし、それなら犯人を炙り出した一連の行為はどうなる?

 それでは6人の魔人は? 地を埋め尽くすような魔物の群れは?
 そのほとんどを倒したのは聖魔剣の力を解放したオレだ。

 いや。抜いた以降は別人として覚えているはずだ。
 とすれば……いけるか?

 その時だった。
 待ちきれなくなったのか、騎士団から数騎の騎馬がこちらに向かって駆け寄ってきた。

「え!? やはりダルド様ではありませんか!?」

 その先頭を駆けていた一人の騎士がそう叫ぶと、更にその速度を増し、到着すると騎馬を飛び降りて臣下の礼をとった。

「ダルド様! ご無事でなによりです!」

「良い。それより騎士団の被害はどの程度だ?」

 さすがダルド様といった所か。
 何食わぬ顔で平然と配下の騎士と話を進め、どのような認識になっているかの情報を聞き出していく。

 どうやらさきほどダルド様を出迎えた記憶ごと消えてしまっているようで、覚えているのは突然目の前に無数の魔物とそれを率いる魔人が現れたところからのようだ。

「そうか……12人の犠牲者が出たか。しかし、すぐ門の前に陣を張り、態勢を整えたのは見事であった」

「はっ! 有難きお言葉! ……ところで……あの鬼神のごとき強さの御仁はいったい……?」

 騎士の視線を受けたオレは、振り向いたダルド様と視線を交わすと、一歩前に出る。

「ええと……S級冒険者のテッドだ。ダルド様の依頼により助力させて貰った。事の顛末を報告したいのでシグルム団長を呼んできてくれないか?」

 こうしてオレは、もう一度シグルム団長の前でS級冒険者として振る舞い、犯人を暴き、ダルド様の身の潔白を証明し、無事にセギオンの街に入る事が出来たのだった。

 もちろん全て真実と言う訳ではないが、辻褄をあわせた上でほぼ本当の話である。
 領主が魔人という話は除いてあるが……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

真☆中二病ハーレムブローカー、俺は異世界を駆け巡る

東導 号
ファンタジー
ラノベ作家志望の俺、トオル・ユウキ17歳。ある日、夢の中に謎の金髪の美少年神スパイラルが登場し、俺を強引に神の使徒とした。それどころか俺の顔が不細工で能力が低いと一方的に断言されて、昔のヒーローのように不完全な人体改造までされてしまったのだ。神の使徒となった俺に与えられた使命とは転生先の異世界において神スパイラルの信仰心を上げる事……しかし改造が中途半端な俺は、身体こそ丈夫だが飲み水を出したり、火を起こす生活魔法しか使えない。そんな無理ゲーの最中、俺はゴブリンに襲われている少女に出会う……これが竜神、悪魔、人間、エルフ……様々な種族の嫁を貰い、人間の国、古代魔法帝国の深き迷宮、謎めいた魔界、そして美男美女ばかりなエルフの国と異世界をまたにかけ、駆け巡る冒険の始まりであった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

初恋フィギュアドール

小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。 主な登場人物 井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン 島本由美子  ・ ・・41歳 独身 フィギュアドール・・・イズミ 植村コウイチ  ・・・主人公の友人 植村ルミ子・・・・ 母親ドール サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール エレナ・・・・・・ 国産A型ドール ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール 如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...