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【第56話:もう一度】
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リシルが落ち着いたところで、リシルとオリビアさんと共にダルド様の元に向かった。
これからの事を話しあっておかなければならないだろう。
なにせこの短期間に、領主が殺害され、その息子であるダルド様が魔人だという情報が入り、更には突然仲間の騎士から魔人が現れ、街を包囲できるほどの大量の魔物の襲撃を受けたのだ。
「ご苦労だったな。話に聞いていた以上の力だが……」
ダルド様の言葉を、ギレイドさんが諭すように引き継ぐ。
「ですが、力に呑まれるのは良くないですぞ」
ギレイドさんの言う通りだ。
力に酔い、力に溺れればいつか身を亡ぼす。
「申し訳ありません。一度は何とか踏みとどまったのですが、一度一から鍛え直さないといけなさそうですね。面目ないです」
「テッド様なら必ずその力を自分のものとする事が出来るでしょう」
そして表情を緩めて笑みを浮かべると「期待しております」と続けた。
身体的な、そして能力的な強さだけでなく、この15年ほどの間に、きっとオレは精神的な強さまで失ってしまったのだろう。
いくら聖魔剣の力を引き出せても、あの魔王を倒す事だけを、皆を守る事だけを考えて突き進んでいたあの頃の想いを置き去りにしたのでは、いつか魔人に倒される時がくる。
つまりそれは……リシルの身も危険に晒す事に……。
そんな後ろ向きな思考になりかけた時、背中を力いっぱい叩かれた。
「痛ってぇ!?」
振り向けば、少し怒って頬を膨らませ、腰に手を添えたリシルが、
「勝ったんだから、そんな暗い顔しないの! これから頑張ればいい事でしょ?」
今度はそう言って優しく微笑んだ。
オッドアイの瞳が少し潤んでいるが、礼は心の中だけで留めておいた。
「そうだな。また一から頑張るって決めたんだったな」
その笑顔にこたえるようにオレも微笑みを返す。
「それで……もう済んだのかしら?」
そして、軽い咳ばらいをしながら尋ねるオリビアさんには、誤魔化しの乾いた笑いを返すのだった。
~
聖魔剣レダタンアを抜いた時に起こる「世界から忘れられる」という現象について話をし終えると、ダルド様が少し考え込んだのちに口を開いた。
「それでは今回の事でも、人族にはテッドに関する記憶が消されてしまっているという事だな」
そう言うと、街の門の前でこちらを警戒している騎士団に視線を向ける。
「はい。今までこの力を使った後でもオレの事を覚えていられたのは、魔眼アーキビストを持つリシルだけです」
きっと今回聖魔剣レダタンアを抜いた事で、トーマスの村を救った通りすがりの英雄テッドの記憶も消え去ってしまっているだろう……。
「そうか。不思議には思っていたのだ。魔王を倒した英雄テッドの記述は残っているのに、人族の配下の者の誰一人もその名を覚えていなかったのはそういう事か」
「そうですね。共に魔王を倒した仲間ですらオレの事を覚えていなかったですから……」
もうずいぶん昔の事なのに改めてその事実を口にすると、胸に苦いなにかがこみ上げてくるようだった。
「きっと……私の父さんと母さんが覚えている事が出来なかったのが悔しかったから、だから私にこんな魔眼が授けられたんじゃないかな~? だから、私がテッドの事を覚えているから良いの!」
そうだよね? そう言って尋ねてくるリシルの頭にポンと手を置いて、
「そうだな。あ・り・が・と・よ!」
頭をくしゃくしゃとわざと強めに撫でまわす。
「ちょ、ちょっと!? 何するのよ!?」
「……じゃれ合いは後にして……そうすると、さっきの犯人を暴いたやり取りとかの記憶はどうなっているのかしら? この後の対処を考えたいのですが」
オリビアさんの冷めた視線とその疑問に、しかしオレはこたえる事が出来なかった。
こんな風に複雑なケースは初めてだからだ。
まず間違いないのは、オレの事を忘れてしまっているという事だろう。
しかし、それなら犯人を炙り出した一連の行為はどうなる?
それでは6人の魔人は? 地を埋め尽くすような魔物の群れは?
そのほとんどを倒したのは聖魔剣の力を解放したオレだ。
いや。抜いた以降は別人として覚えているはずだ。
とすれば……いけるか?
その時だった。
待ちきれなくなったのか、騎士団から数騎の騎馬がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「え!? やはりダルド様ではありませんか!?」
その先頭を駆けていた一人の騎士がそう叫ぶと、更にその速度を増し、到着すると騎馬を飛び降りて臣下の礼をとった。
「ダルド様! ご無事でなによりです!」
「良い。それより騎士団の被害はどの程度だ?」
さすがダルド様といった所か。
何食わぬ顔で平然と配下の騎士と話を進め、どのような認識になっているかの情報を聞き出していく。
どうやらさきほどダルド様を出迎えた記憶ごと消えてしまっているようで、覚えているのは突然目の前に無数の魔物とそれを率いる魔人が現れたところからのようだ。
「そうか……12人の犠牲者が出たか。しかし、すぐ門の前に陣を張り、態勢を整えたのは見事であった」
「はっ! 有難きお言葉! ……ところで……あの鬼神のごとき強さの御仁はいったい……?」
騎士の視線を受けたオレは、振り向いたダルド様と視線を交わすと、一歩前に出る。
「ええと……S級冒険者のテッドだ。ダルド様の依頼により助力させて貰った。事の顛末を報告したいのでシグルム団長を呼んできてくれないか?」
こうしてオレは、もう一度シグルム団長の前でS級冒険者として振る舞い、犯人を暴き、ダルド様の身の潔白を証明し、無事にセギオンの街に入る事が出来たのだった。
もちろん全て真実と言う訳ではないが、辻褄をあわせた上でほぼ本当の話である。
領主が魔人という話は除いてあるが……。
これからの事を話しあっておかなければならないだろう。
なにせこの短期間に、領主が殺害され、その息子であるダルド様が魔人だという情報が入り、更には突然仲間の騎士から魔人が現れ、街を包囲できるほどの大量の魔物の襲撃を受けたのだ。
「ご苦労だったな。話に聞いていた以上の力だが……」
ダルド様の言葉を、ギレイドさんが諭すように引き継ぐ。
「ですが、力に呑まれるのは良くないですぞ」
ギレイドさんの言う通りだ。
力に酔い、力に溺れればいつか身を亡ぼす。
「申し訳ありません。一度は何とか踏みとどまったのですが、一度一から鍛え直さないといけなさそうですね。面目ないです」
「テッド様なら必ずその力を自分のものとする事が出来るでしょう」
そして表情を緩めて笑みを浮かべると「期待しております」と続けた。
身体的な、そして能力的な強さだけでなく、この15年ほどの間に、きっとオレは精神的な強さまで失ってしまったのだろう。
いくら聖魔剣の力を引き出せても、あの魔王を倒す事だけを、皆を守る事だけを考えて突き進んでいたあの頃の想いを置き去りにしたのでは、いつか魔人に倒される時がくる。
つまりそれは……リシルの身も危険に晒す事に……。
そんな後ろ向きな思考になりかけた時、背中を力いっぱい叩かれた。
「痛ってぇ!?」
振り向けば、少し怒って頬を膨らませ、腰に手を添えたリシルが、
「勝ったんだから、そんな暗い顔しないの! これから頑張ればいい事でしょ?」
今度はそう言って優しく微笑んだ。
オッドアイの瞳が少し潤んでいるが、礼は心の中だけで留めておいた。
「そうだな。また一から頑張るって決めたんだったな」
その笑顔にこたえるようにオレも微笑みを返す。
「それで……もう済んだのかしら?」
そして、軽い咳ばらいをしながら尋ねるオリビアさんには、誤魔化しの乾いた笑いを返すのだった。
~
聖魔剣レダタンアを抜いた時に起こる「世界から忘れられる」という現象について話をし終えると、ダルド様が少し考え込んだのちに口を開いた。
「それでは今回の事でも、人族にはテッドに関する記憶が消されてしまっているという事だな」
そう言うと、街の門の前でこちらを警戒している騎士団に視線を向ける。
「はい。今までこの力を使った後でもオレの事を覚えていられたのは、魔眼アーキビストを持つリシルだけです」
きっと今回聖魔剣レダタンアを抜いた事で、トーマスの村を救った通りすがりの英雄テッドの記憶も消え去ってしまっているだろう……。
「そうか。不思議には思っていたのだ。魔王を倒した英雄テッドの記述は残っているのに、人族の配下の者の誰一人もその名を覚えていなかったのはそういう事か」
「そうですね。共に魔王を倒した仲間ですらオレの事を覚えていなかったですから……」
もうずいぶん昔の事なのに改めてその事実を口にすると、胸に苦いなにかがこみ上げてくるようだった。
「きっと……私の父さんと母さんが覚えている事が出来なかったのが悔しかったから、だから私にこんな魔眼が授けられたんじゃないかな~? だから、私がテッドの事を覚えているから良いの!」
そうだよね? そう言って尋ねてくるリシルの頭にポンと手を置いて、
「そうだな。あ・り・が・と・よ!」
頭をくしゃくしゃとわざと強めに撫でまわす。
「ちょ、ちょっと!? 何するのよ!?」
「……じゃれ合いは後にして……そうすると、さっきの犯人を暴いたやり取りとかの記憶はどうなっているのかしら? この後の対処を考えたいのですが」
オリビアさんの冷めた視線とその疑問に、しかしオレはこたえる事が出来なかった。
こんな風に複雑なケースは初めてだからだ。
まず間違いないのは、オレの事を忘れてしまっているという事だろう。
しかし、それなら犯人を炙り出した一連の行為はどうなる?
それでは6人の魔人は? 地を埋め尽くすような魔物の群れは?
そのほとんどを倒したのは聖魔剣の力を解放したオレだ。
いや。抜いた以降は別人として覚えているはずだ。
とすれば……いけるか?
その時だった。
待ちきれなくなったのか、騎士団から数騎の騎馬がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「え!? やはりダルド様ではありませんか!?」
その先頭を駆けていた一人の騎士がそう叫ぶと、更にその速度を増し、到着すると騎馬を飛び降りて臣下の礼をとった。
「ダルド様! ご無事でなによりです!」
「良い。それより騎士団の被害はどの程度だ?」
さすがダルド様といった所か。
何食わぬ顔で平然と配下の騎士と話を進め、どのような認識になっているかの情報を聞き出していく。
どうやらさきほどダルド様を出迎えた記憶ごと消えてしまっているようで、覚えているのは突然目の前に無数の魔物とそれを率いる魔人が現れたところからのようだ。
「そうか……12人の犠牲者が出たか。しかし、すぐ門の前に陣を張り、態勢を整えたのは見事であった」
「はっ! 有難きお言葉! ……ところで……あの鬼神のごとき強さの御仁はいったい……?」
騎士の視線を受けたオレは、振り向いたダルド様と視線を交わすと、一歩前に出る。
「ええと……S級冒険者のテッドだ。ダルド様の依頼により助力させて貰った。事の顛末を報告したいのでシグルム団長を呼んできてくれないか?」
こうしてオレは、もう一度シグルム団長の前でS級冒険者として振る舞い、犯人を暴き、ダルド様の身の潔白を証明し、無事にセギオンの街に入る事が出来たのだった。
もちろん全て真実と言う訳ではないが、辻褄をあわせた上でほぼ本当の話である。
領主が魔人という話は除いてあるが……。
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