忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~

こげ丸

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【第39話:さまざまな視線】

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「それでその依頼受けるの? っぅ~!?」

 酸っぱいけど止められないのか、オレの買ってきた頭のスッキリする効果のある果物を食べながら聞いてくるリシル。

「そんな酸っぱいなら食べないで良いんだぞ? そもそも話すか食べるかどっちかにしろ……」

「だって、ちょっと癖になって止まらないんだもの」

「ったく……それでどう思う? ちょっと一癖ある貴族だが悪い男のような気はしないし、あの街なら魔物の討伐依頼が山ほどある。暫く拠点にしてみても良いかと思っているんだが?」

 セギオン領は、魔人国ゼクストリアに隣接する未だに争いが絶えない地。
 セギオンの街自体は、その中では国境から少し離れた場所に位置しているが、それでもこのイクリット王国の中ではかなり危険な地域だ。
 討伐依頼は好きなだけ受けれるだろうが、そのような危険な地域にリシルを連れて行って良いのかと迷ってしまう。

 そんなオレの考えを感じ取ったのか、リシルが話しかけてきた。

「何を迷っているの? 母さんとはもっと危険な街や場所にも行ったよね? 例えば……その街はテッド一人だとしたら、行くのは迷うところ? それなら迷っても仕方ないけど、私がいるからって迷うのはちょっと嫌だな。もっと私を信じて欲しい……な……」

 そうだ。リシルはオレが守る。
 守ってみせるが……それと同時に信じるべき仲間だ。

「そうだな。あぁ! それじゃぁ、セギオンの街に行こう!」

「ふふふ。決まりね! 明日、メルメを迎えにいったら帰りにギルドに寄って依頼を受けましょ。あと……この果物も買いだめしなくっちゃ」

 酸っぱそうに顔を可愛く歪めて、最後の一切れを口に頬張るのだった。

 ~

 翌朝、すっかり回復したリシルと共に『グレイプニルの蹄』に訪れていた。

「えぇぇぇ!? もう他の街に行っちゃうの?」

 リネシーさんの驚く声に、テグスも何だかちょっと不満そうな声をあげる。

「なんだよ。もっとゆっくりしていけばいいのによ。先を急ぐ旅でもないんだろ?」

 せっかくまた馬鹿な事を言い合えるようになったテグスの言葉に、本当はもう少しこの街にいたいと思う気持ちもあるのだが、『世界の揺らぎ』が何か起こす前にもう一度位階をあげておきたい。

「すまない。オレももう少しゆっくりしたかったんだが、少し気になる事があってな。位階レベルをあげる事を優先したいんだ」

 昨日の夜、リシルに魔眼アーキビストで少し探りを入れて貰ったのだが、やはりこの国にも魔人が入り込んでいる形跡がいくつも発見された。
 その為、何かあった時のためにも少しでも位階を取り戻しておきたく、多くの討伐依頼を受けるのに最適な地域に早めに移動したいという気持ちが強まったのだ。

「そうか……もう決めちまったんなら仕方ねぇ。でも、メルメが調子悪くなったり、何かおかしなことがあったら、すぐに俺んとこに戻って来いよ?」

「大丈夫よ。その時はテッドが嫌がっても私が無理やりにでも連れてくるから」

「そうそう。男はいい加減なところがあるから、ちゃんとリシルちゃんがメルメのこと気を付けてあげるのよ?」

「何気にオレの信用ないな……」

 その後、他愛ない会話をいくつか交わしてから厩舎に移動し、ナイトメアのメルメの手綱を受け取る。

「一昨日話したようにグレイプニル用の馬具を流用しているが、ナイトメア用にサイズと形状の調整と、あと、強度をかなり上げておいた。メルメが張り切って戦闘に参加してもちょっとやそっとじゃ壊れねぇはずだから安心しろ」

 そして、そこにあるのが予備だから魔法鞄に入れて持っていけと指をさす。

「よく一日で予備まで用意できたな? 助かるよ」

 そう礼を言ってナイトメアと馬具の代金を払おうとするのだが、夢が叶ったからと受け取ろうとしない。

「テッドさん。この人の気持ちだからありがたく貰ってやってあげて」

 リネシーさんのその言葉に、しかし頷く事はどうしても出来なかった。
 だってその夢は、オレの聖魔輪転に巻き込まれて生まれた夢だから……。

「リネシーさん。テッドもこのメルメは知り合いの乗っていた子で物凄く感謝しているから、ナイトメアの代金だけは受け取ってあげて」

 オレとテグスは最後まで意地を張り合っていたのだが、結局女性陣二人に場を仕切られ、馬具はありがたくもらい受ける事になったのだった。

「まだ出発は4日後だから、また出発前日にでもメルメの様子を診て貰いに来ますね」

「そうしてあげて。珍しくグレイプニル以外に気に入った子みたいだし、テグスも喜ぶわ」

 こうして最後まで二人に仕切られ、リシルに引っ張られるように厩舎を出たのだった。

 ~

 テグスの魔獣商を後にし、街の皆から多くの視線を浴びながら冒険者ギルドに向かう。
 やはりナイトメアの従魔など皆見た事がないので、かなりの騒ぎになってしまっていた。

「とりあえずギルドで従魔の登録申請しないといけないから連れてきたけど……何だか恥ずかしいし、ここまで注目されると見世物みたいで嫌な感じね……」

「まぁ珍しい従魔だから仕方ないさ」

 注目を浴びている事にリシルはかなり居心地が悪そうだが、オレはナイトメアを連れて歩くのは二度目だし、そもそも元々勇者としてもっと多くの視線を集めていたので落ち着いたものだ。

「なんかテッドもメルメも随分落ち着いているわね……何か、私一人オロオロしてたら馬鹿みたいじゃない……」

 そう言ってオレの手の甲を抓ってくるのはやめて欲しい……。

「この視線は、ナイトメアを珍しがっていたり、初めて見る魔獣に驚いているだけの悪意のない視線だ。ちょっとメルメを自慢するぐらいの気持ちで堂々としていろ」

 勇者として活動していた時に浴びた視線には、さまざまな想いが入り乱れていた。
 期待、希望、憧れといったオレたちに好意的なものから、諦め、不信感、逆恨みなどの悪意の籠ったものまで……。

「確かにそうよね……テッドも……そして父さんや母さんも、もっと多くの、もっと重い視線を受け続けていたのよね。休まる事のない中で頑張っていたのよね」

 背伸びしてオレたちを真似ようとしているリシルに、

「気負いすぎだ。何もかもオレや親と同じようにする必要は無いんだぞ」

 と言って、その輝く銀髪の頭にそっと手を置く。

「なっ!? ちょっとやめてよ!? こんな視線浴びてる時に!」

 顔を真っ赤にして必死に逃げようとするが、手綱を握っているので逃げれない。

「わかったわよぉ! もう大丈夫だから!」

 こうして普段の様子を取り戻したリシルと共に、オレたちは冒険者ギルドに到着したのだった。
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