魔王を以て魔王を制す ~ギフト『魔王』を持つ勇者~

こげ丸

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【第22話:古都リ・ラドロア】

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 燃え盛る街を見下ろし、その男はただ呆然と呟いた。

「預言通りになってしまったか……」

 この街、『古都リ・ラドロア』の中でも王城に次ぐ高さを誇る塔の上。
 その男は、貴族の服で使われるような高級な生地で作られた立派な僧衣に身を包み、豪奢な錫杖を握り締めながら、赤く染まる街を見下ろしていた。

 このラドロアの聖光教会で、最も高位である枢機卿につくその男の名はクロアナ。
 元々騎士修道会に所属していたこともあり立派な体格をしているが、顔にはいくつもの深い皺が刻まれ、現役を退いてから多くの年月が流れたのが見てとれた。

「クロアナ様。お逃げにならないのですか?」

 クロアナに声を掛けたのは、枢機卿に次ぐ位にある大司教につく女性リリア。

「世界のためとは言え、この街の者を犠牲にしたのは私なんだぞ? 逃げれるわけがなかろう」

 クロアナは言う。
 一月ちょっと前に神託を受け、街が滅ぼされるのがわかっていながらも、その神の声に従い、今の惨状をつくり上げたのは自分だと……。

 そして、勇者レックスをヘクシーの街に向かわせるように仕向けたのも、先の魔導サインによる緊急連絡を行ったのもこの男だった。

「ですが、それは……」

 大司教は何かを口にしようとしたが、しかし、その途中で言葉を止めた。

「いえ……そうですね。では、わたくしもご一緒させて頂きます」

 そこでようやくクロアナは振り返り、

「リリア、お前まで死ぬことはないのだぞ? まだ教会の地下通路を使えば逃げれるはず……」

 と、そこまで言って言葉を詰まらせた。

「いいえ。私は立場を利用して自分の娘をリリスを逃がしたようなものなのですよ? それこそ逃げれるわけがありません」

 クロアナは大司教の決意に満ちつつ、ここにはいない娘を見つめるような温かい眼差しを受け止める。

「それこそ神託に従っただけではないか。……だが、それなら最期ぐらいは一緒にいてくれるか」

「はい。もちろんです」

 この僅か1時間後。
 わずか数百の魔王軍によって『古都リ・ラドロア』の歴史は幕を閉じたのだった。

 ~

 その頃、ヘクシーの街の冒険者ギルドでは、まだ話し合いが続いていた。

「本当に、本当にリ・ラドロアが既に陥落したとでも言うのか!?」

 感情を高ぶらせ、怒鳴り散らすギルドマスターのメルゲンに、ギルド職員の男が言葉を返す。

「しかし、ギルマス……あの魔導サインには……」

 先に届いた魔導サインにはこう書かれていた。

『王都は間もなく滅ぶ。王は脱出させる事が出来たが、街は既に火の海に包まれ、魔王軍によって滅ぼされるのは確実。その為、勇者が王都に駆けつける事を禁ずる。今は力を付けて技と魔法を磨き、協力者を募って戦力の増強に努めよ』

 その文面をそのまま捉えるなら、既に陥落していてもおかしくはないし、ギルド職員の方が正しいのだろう。
 しかし、そんな事はギルドマスターのメルゲンもわかっていた。

 ただ、頭では理解しても納得が出来なかったのだ。

「あそこには『風雅ふうが騎士団』や高ランク冒険者だって多数在籍しているんだぞ!? ここを出て王都に向かった奴だってたくさん……」

 面倒見の良い事で知られるメルゲンは、このギルドからも有望な冒険者を何人も王都のギルドに送りだしていた。
 また、旧友が風雅騎士団に所属している事もあり、突然届いた知らせを未だに信じられずにいた。

「メルゲンさん……状況がまだ掴み切れていないので何とも言えないけど、魔導サインが届いたんだ。少なくとも書かれていた事は本当の可能性が高いと思う……」

 感情的になっているメルゲンに、レックスが少し落ち着くようにと宥めてから、言い聞かせるようにそう話しかけた。

「くっ……すまねぇ……」

「ギルマス……」

 そんな思い空気の中、表面だけ見てとれば飄々とした態度にも見えるステルヴィオが、ようやく口を開いた。

「あぁ~……悪いんだけどさ。とりあえず今できる事が無いなら、オレたち飯食いに行っても良いか?」

 ステルヴィオからすれば、つい先ほど激しい戦闘を終え、ようやく街に帰還したところなのだ。
 メルゲンの気持ちもわかってはいたが、いくらずば抜けた強さを持っていたとしても、ネネネやトトトといったまだ幼い者もいる。
 この『叛逆の魔王軍』のトップとして、配下であり仲間であり家族でもある皆の事を常に考えているステルヴィオは、言う事はしっかり言わなければと口を開いた形だった。

「なっ!? 貴様っ!?」

 しかし、先ほどから感情的になっていたギルドマスターのメルゲンは、その言葉に怒りを再燃させてしまい、椅子を蹴飛ばして立ち上がってしまう。

「メルゲンさん!」

 側にいた勇者レックスがすぐさま止めに入ろうとしたが……、メルゲンがステルヴィオに掴みかかる方が早かった。

 だが……崩れ落ちたのはメルゲンの方だった。

『おじさんさぁ~。ご主人様に危害を加えるつもりなら……噛み殺しちゃうよ?』

 ケルがそう言った瞬間、とてつもない覇気が部屋を支配し、ステルヴィオたちを除いたすべての者が崩れ落ちた。

『……おじさんなのに、みっともない……』
『おっちゃんよぉ? さっきの報告聞いてなかったのか? ご主人様がオークの魔王ドリアクを倒したってぇ事は……そこらの魔王よりつえぇって事なんだぜ?』

 ケルの口にしたその「魔王より強い」という言葉に、蹲った者たちが息を飲む音が小さく響いた。

「ケル、よせ。もういい」

 ステルヴィオの一言の後、部屋に満ちていた尋常じゃない覇気が霧散する。
 直接覇気を浴びたメルゲンも、少しむせながらも何とか顔をあげ、顔中に噴き出た冷や汗をそのままに視線をステルヴィオに向けた。

「……メルゲンさんさぁ。勘違いしないで欲しいんだけど、オレだって予想外の出来事で悔しいんだ。こうなる事を防ぐためにこの国に来たんだからな。でも、今は個人の感情で動いて良い状況じゃないんだよ。この街の冒険者ギルドのトップなんだろ? そういう時は飯でも食って腹を満たし、もっと建設的な話をしようぜ?」

 そう言って右手を差し出し、メルゲンを立ち上がらせると、少し大人ぶったニヒルな笑みを口元に浮かべ……、

「そしたらさぁ……オレが、オレたちが、この国を取り戻してやる」

 そう言って自信たっぷりに笑ってみせたのだった。
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