魔王を以て魔王を制す ~ギフト『魔王』を持つ勇者~

こげ丸

文字の大きさ
上 下
3 / 44

【第3話:世界最古の国】

しおりを挟む
 瑞々しい青を宿した草原の中、その中心を貫く街道を行く一台の馬車があった。

 過度な装飾が施された貴族の馬車ほどではないが、実用一辺倒の行商人の馬車とはまた違った優美さを備えた箱馬車。

 ただ、普通の箱馬車ではない。
 正確に言えば、普通でないのは箱馬車ではなく、馬車を牽くモノの方だが。

 人形馬車とも呼ばれるその馬車は、馬の代わりにゴーレムを使用する特殊な馬車だった。

 そして、その人形馬車を操るのは、御者台に座る年端も行かない二人の幼女。
 その目鼻立ちは瓜二つで、この二人が双子であるという事が見てとれる。
 さらに特徴的なのが、双子の幼女の頭にある二つの可愛い猫耳だろう。
 彼女たちは、とある希少種の獣人の最後の生き残りだった。

 ただ、燃え尽きた里の地下室で、ステルヴィオが助け出した時はまだ赤ん坊だったため、辛い記憶などを持ち合わせていないのが救いだろうか。

「トトト~。そろそろ見えて来るころじゃないかにゃ?」

「ネネネ、ちゃんと前をよく見て。砦ならもう少しで見えてくるのにゃ」

 ネネネとトトトと言う少し変わった名前だが、残された手紙にそう記されていたので、彼女たちの部族では一般的な名前だったのかもしれない。

 そしてその双子を救い出し、育てた少年ステルヴィオは、街道を往くその人形馬車の中、心地よい揺れに身を任せ、うとうとと微睡みの中にいた。

 半年前、ゴブリンの魔王を倒した自称非公認勇者の少年。
 この世界始まって以来、誰も手にした事のない謎に包まれたギフト『魔王』を持つ者。

 ただ……涎をたらしてうとうとと舟をこぐ今のその姿からは、そのような力持つ者だとは誰も思わないだろう……。

「す、ステルヴィオ様。その、よ、涎が……いくら馬車の中とはいえ、もう少しシャキッとしてください」

 ハンカチを取り出しつつも、苦言を呈するのは、輝く金髪をサイドで纏めた透き通る瞳の美少女。
 少女から大人の女性へと移りゆく儚き美貌を持つ17歳の少女は、亡国の勇者『アルテミシア』だ。

 故郷を、国を、仲間を、自身の持つすべてを魔王アンドロに奪われ、一時は感情までをも失い、その表情からは笑みが消え去っていた彼女だが、この半年、ステルヴィオたちと過ごす中で希望を見出し、その瞳にはかつての輝きを取り戻していた。

「アルテミシア。無駄ですよ。ステルヴィオをシャキッとさせたかったら、殺気でもぶつけないと……あっ、やりましょうか?」

「や、やめてください!? ゼロ様にそんな事されたら、みんな泡を吹いて倒れてしまいます!!」

 そして、止められて残念そうにしているのは、執事服に身を包んだ壮年の男。
 だがその実は、今となっては伝説としてのみ伝わる『原初ゼロの魔王バエル』その魔王だった。

「そ、そんな残念そうな顔をしないでください!」

「ははは。冗談ですよ。冗談」

 冗談にならないゼロの冗談に、ホッと胸をなでおろすアルテミシアの膝の上から、彼女を気遣う声が掛けられた。

『アルちゃん。真面目にその二人と付き合ってると、疲れるだけだよ?』
『……適当が一番……』
『そうだぞ。アルがダウンしたら、まともなのがいなくなっちまう』

 馬車の中の最後の一人・・、いや、一匹・・と言うべきか。
 その姿は一見黒い狼の子供にしか見えないが、人語を理解し話す事が出来る高位の魔物だ。

 ステルヴィオがギフト『魔王』のスキル『眷属化』によって最初に従えた魔物で、魔物としては最初の眷属だった。

「えっと、私こういう性格だから、中々難しくて……。ケルちゃん、ありがとうね」

 そんな会話をしていると、大きく伸びをし、もぞもぞと動きだす者がいた。

「人がちょっとうとうとしてるだけで、酷い言われようだな……」

 まだ眠そうな目をこすりながら、そう愚痴をこぼすステルヴィオ。

「あははは……ステルヴィオ様、起きられたのですね。えっと、もうそろそろ『ラドロア』に入る国境の砦が見えるはずですよ」

 その言葉の直後、タイミングを計ったかのように御者台へと繋がる小窓が開き、

「砦が見えたにゃ!」

 と、ネネネが嬉しそうに声を掛けてきた。

 今、ステルヴィオたち一行が向かっているのは、この世界最古の国『ラドロア』。

 その歴史は古く、1000年以上の歴史を持つのだが、過去に一度、魔王軍との戦いで王都が陥落した時、建国に関する資料が全て消失しており、この国の興りがいつ頃なのかは誰にもわからなかった。

「あぁ~、もうそんなとこまで来てるのか。ゼロは昔来たことがあるんだったっけ?」

「ええ、そうですね。あの時は、うっかり王都を消失させてしまったので、ちょっと申し訳ない気分ですが」

 消失させた本人なら知っているのかもしれないが……。

「けほっ!? けほっ!? ぜ、ゼロ様!? 王都消失ってなんですか!?」

「いやぁ、あの頃の私はちょっと血気盛んでしたからねぇ。人間至上主義であまりにも横暴の限りを尽くしていたので、我慢できずに『ついうっかり』……ね」

 王都の消失を、ただの「ついうっかり」という一言で片づけられたアルテミシアが頬を引きつらせて乾いた笑いを浮かべる。

『だからアルちゃん、真面目に話してたら身が持たないよ?』
『……やっぱり適当が一番……』
『そんな事より、ご主人様よ~。入国審査の準備しなくて良いのか?』

 王都消失というとんでもないカミングアウトにもかかわらず、気にもとめずに平然と話題を変える他のメンバーに、そう言えばこういう人たちだったと、ため息一つで開き直るアルテミシアも、だいぶん毒されてきているのだという事に本人は気付いていない。

「準備って言っても、オレたちは冒険者登録をしているから、ケルだけだろ」

 人族連合直轄の組織『冒険者ギルド』に冒険者登録しておけば、冒険者は連合に加盟する国には自由に出入りできる。

 だが、ケルのような魔物はそうはいかない。
 魔物を意のままに使役する魔物使いと呼ばれる者たちや、魔物ではないが竜を駆る者などもいるので、全ての魔物が人族の敵という訳ではないのだが、それでも国を渡ったり、街に入る時にはその魔物をしっかりと従えているという証明が必要だった。

 ステルヴィオは、ケルに一瞬目をやってから、

「ん~ちょっと待ってな」

 そう言って、虚空から突然赤いベルトのようなものを取り出してみせる。
 冒険者ギルドが魔物を従属している事を証明する『従魔の首飾り』だ。

「あっ、ステルヴィオ様、私が」

 アルテミシアは、その赤い従魔の首飾りを受け取ると、魔力を流してからケルの首に巻き付けてあげる。
 すると、従魔の首飾りは淡い魔法の光を発し、その長さが調整されていった。

 ケルはその真っ赤な首飾りがお気に入りなのか、尻尾をぶんぶんと振ってご機嫌のようで、そのすまし顔にアルテミシアも思わず笑みをこぼす。

奴ら・・が現れるのはもう少し先だとは思うが、まずは『古都リ・ラドロア』にでも行って、この国の勇者とでも接触してみるか」

 こうしてステルヴィオ一行は、世界最古の国『ラドロア』へと活動の場所を移したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...