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第一章 旅立ち

【第31話:闇の尖兵 その1】

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 冒険者ギルドでユウトが手がかりを探している頃、リリルは深い森の中にいた。
 受付嬢のドリスから、個別依頼として光魔法を使ったある場所の浄化を頼まれたのだ。
 指定された場所は街から馬で2時間ほどの森で、馬もギルドで手配しているから今日中にお願いしたいという事だった。
 依頼の内容を聞いた限りでは危険度も低く特に断る理由もなかったので、誰にも相談せずに一人で受けるのを決めたのだが、今はその時の自分の甘い判断を悔やんでいた。

 ~今から3時間ほど前~

 5分ほど前に森の入口に着いたリリルは、浄化を依頼された場所の書かれた森の地図を取り出し、その位置を確認していた。
 短めのツインテールにした赤い髪をクルクルいじりながら、

「この先にある湖のすぐ横あたりかな?」

 と、考えながらつぶやく。
 地図で確認した感じでは徒歩30分ほどの場所だろう。
 場所の確認を終えたリリルは馬から降り、近くの木にロープで結ぶと魔物除けの魔法を周囲に入念にかけていく。
 そして馬に1時間ほどで戻るから待っててねと話しかけると、一人森の奥に入っていった。
 ~
 この時リリルは、なぜわざわざこんな人の立ち入らない場所の浄化をしなければいけないのかと少し疑問に思っていた。
 しかし、冒険者ギルドを信用していたし、何か特別な理由でもあるのだろうと深くは考えていなかった。
 まさかその職員が冒険者ギルドに何のゆかりもない人物だとは思いもよらなかったのだから仕方ないだろう。
 そして何も疑っていなかったリリルは、この後、自分の甘さに後悔することになるのだった。
 ~
 森の中を20分ほど進んだ時、前方に何かの気配を感じた。

(ん?この先に何かいる!ゴブリンかな?)

 少し先の開けている場所に数体のゴブリンがいるのを発見する。
 先に相手に気付かれると厄介なので、その前に発見できたのは運が良かった。

 ゴブリンは人間の子供ぐらいの背丈で、醜悪な顔に緑の皮膚を持つ比較的弱いとされている普通の魔物だ。
 武器も持っているが大抵は棍棒や錆びた剣など粗末な物ばかり。
 しかしリリルは弱いからと油断せず、慎重に対応する。

(数は7匹ぐらいかな?うまく固まってくれているようだし一気に詠唱魔法で削ってしまいましょう)

 そして念の為にまずは魔力を身に纏い、小さな声で詠唱を開始する。

≪わが身は力。そのみなもとは火。全てを焼き尽くす紅蓮の刃よ。我に仇なす敵を切り裂け!≫
贖罪しょくざいやいば!』

 小さな声で紡がれた詠唱とは対照的に、杖を横に薙ぎ払って出現したのは紅蓮の炎でできた巨大な刃。
 幅数メートルにも及ぶ紅蓮の炎はゴブリンの集団を一匹残らず飲み込む。

 ゴォォーーー!!

「よし!」

 思わず小さな小さなガッツポーズをするリリルだったが、ここからが生き残りをかけた死闘の始まりだった。
 ~
 ようやく爆風が収まり周囲の状況が確認できるようになると、そこにはもうゴブリン達の姿はなくなっていた。
 いや…そのはずだった。

 だが、そこには数匹のゴブリンが存在していた。

 実際にゴブリンたちは魔法で跡形もなく消し飛んでいる。
 ただし、『元々いた』ゴブリンがだ。

 そこにいたゴブリン達はあらたに出現したのだ。
 黒い霧が複数の影を形成し、新たなゴブリンの集団を産み落としていた。

「そ、そんな…。霧の魔物!?」

 ゴブリンは通常の魔物のはず。
 そう思うリリルだったが、ある史実と言葉を思い出す。

『ニズ戦役の闇の尖兵』

 ある戦争で現れたゴブリンの大群につけられた名前だ。
 80年前、知恵持つ霧の魔物の出現で始まった『ニズ戦役』において、その序盤の戦いで主力になった魔物。
 それは数千もの大群で何の前触れもなく突然現れ、押し寄せてきたゴブリンだ。
 その突然現れたゴブリンは普通のゴブリンではなく、その大群はすべて霧の魔物だったのだ。

 そして今リリルの目の前に現れたゴブリンは、数こそ少ないもののまぎれもなく霧の魔物だった。
 ~
 次々と生まれ出ては迫ってくるゴブリン。
 もう詠唱魔法を使っていては間に合わない。
 そう判断したリリルは次々に小さな光弾を打ち出していく。

「霧の魔物なら光魔法が効くはず!」

 リリルのその判断は正しく、霧の魔物であるゴブリンは次々と黒い霧になって霧散する。

(効いた!光の魔法なら無詠唱の弱い光弾でも対処できる。これなら何とかなるかも!)

 そう考えたリリルは、次々湧き出るゴブリン達を光弾の魔法でしとめて霧散させていく。

 しかし…、湧き出るゴブリンに終わりは見えなかった。

「…はぁはぁ…このままじゃ先に私の魔法が尽きるか、数で押し切られるわ…」

 光弾を射出する間隔を上回る早さで次々に生み出されるようになったゴブリンに、リリルは後退を余儀なくされる。

(く…!なんとか撤退して街に応援を頼まないと!)

 自分一人で対応できるような事態ではない。
 そう判断したリリルは魔力を纏い直し、光弾で牽制しつつその場を離れようとする。
 しかし、その時だった。

 背後に何か嫌なものを感じて振り返る。

「う…そ…」

 呟くリリルのその瞳には、辺り一面に無数のゴブリンが湧き出る絶望的な光景が映っていた。
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