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ひのきそら

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第一章 Legend Idoru Notes

開戦前

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 エリア秋葉。アニメ、漫画、ゲーム等、およそエンターテイメントに区分される様々な娯楽がジャンルを問わず集まり、また新たな娯楽を発信し続ける街。バグズに侵食されるまでは、大勢の群衆で溢れかえっていたであろうこの街は、今や不気味な奇声と闇に支配されていた。
 アリスら一行は龍二の車でエリア秋葉の中心部、現在は増産バグズとその取り巻きのバグズが蔓延る秋葉駅前まで爆走していた。

「で、花音はん。なんか作戦でもあるんか? まさか正面から突っ切るつもりやあらへんやろな?」

 ふと疑問を投げかけたお松の顔を花音は焦りが入り混じった引き攣った笑みを向けながら、あからさまに動揺して答える。

「あ、当たり前でしょ! このアタシが何の作も無しにここまで来たと思ってんの!?」

「……花音はん、嘘は良くないで」

 お松の刺すような冷たい視線に耐えきれず、花音はごめん、と一言呟き俯いてしまう。呆れながらため息を吐きながらお松は口を開く。

「ウチと龍二はんでバグズの目を引く。その間に花音はんは出来るだけ最短最速で増産バグズの元まで行ってこれを倒す。まあ、口で言うだけなら簡単やけどな」

「俺たちがどんだけ頑張ってもせいぜい十分ってとこだな。それ以上は持たねえと思ってくれ」

 十分だよと意気込む花音とは対照的に、アリスは不安と恐怖で心が支配されていた。一度自分が殺されかけた場所に再び戻ることになれば誰であれ恐怖を覚えることだろう。それとは別にアリスは自分が出来ること、成せることは何かを思案していた。

「それと、アリスはんも花音はんと一緒について行ってもらわなあかん。というより、この戦いはアリスはんが鍵なんや」

「それって、どういうことですか?」

「アリスが寝てる間に色々と試してみたんだけどね。どうやらアタシや龍二の車が強化? されるのにも範囲があるみたいなんだ。増産バグズ相手にする以上、アリスには出来るだけアタシの側にいてもらいたいの」

 自分が寝てる間にも花音は自分の世界を取り戻すため考え行動していたことに、アリスは純粋に感心と敬意を抱いた。同時に何もしていなかった自分を恥じながら身体の震えを止めようと両手を握りしめる。

「怖いやろうけどこれ以外可能性が無いんや。アリスはん、頼めるか?」

「……分かりました。私、花音さんの足手纏いにならないよう頑張ります!」

 しばらくして、車はエリア秋葉へ侵入した。テリトリーに差し掛かって間もないからかバグズの姿はまだ見えない。アリスと花音は車を降りるとなるべく見つからないよう細い路地へと向かう。

「アリス、ちょっと待て」

 いつもの飄々とした雰囲気とは違う、張り詰めた空気を纏う龍二はアリスを引き止めると、懐から一丁のハンドガンを取り出しアリスに差し出した。困惑するアリスの手を取り、龍二はハンドガンを握らせると煙草を咥えて火をつける。

「そんなもんで不安を取り除ける訳じゃねえけどな、丸腰で向かうよりはマシだろ」

「でも、私使い方も知らないですよ」

「簡単さ、グリップを握ってトリガーに指をかけて引くだけだ。……俺とお松の世界はもう無くなっちまったがな、花音にゃまだ希望がある。頼んだぜアリス」

「はい!」

 急かすように呼ぶ花音の元へアリスは走る。死ぬんじゃねえぞ、と龍二は二人の背に向けて言い放つと、エンジンをけたたましく唸らせ轟音と共に大通に向け走り去って行った。街に木霊するエンジン音に惹きつけられたバグズたちは鼓膜をつんざくほどの奇声を上げながら龍二とお松の乗る車に向けて疾走する。

「来いよウスノロ共、俺の走りに着いて来れるか!」

 バグズの大群が龍二たちを追ったのを確認して、アリスと花音は路地へ入り駆け足で中心部へと向かう。アリスの手を引きながら、花音は入り組んだ路地を走る。

「花音さん、二人とも大丈夫でしょうか?」

「龍二は十分時間を稼ぐって言ってたでしょ? アイツ、あんな感じで適当だけど自分で言ったことは絶対守るからね。あ、あとさ」

 花音はアリスへ向き直ると穏やかな笑みでアリスを見つめ続ける。

「花音さんなんて、よそよそしい呼び方じゃなくてもいいんだよ? 見た感じ、アタシたちそう歳も変わらないと思うしさ」

「え、あ、えっとじゃあ、花音……ちゃん」

 満足そうに頷くと花音は再び駆け出す。その瞬間、アリスの首元にあるペンダントが一瞬、淡いピンクの光を灯した。
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