寺娘(てらむすめ)

根本純一郎

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出逢い

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これは・・・以前、僕が体験した話。
思い出すと、今でも切なくなる。
そして、少しばかり不思議で奇妙な出来事。
僕はあの時、本当に彼女を一瞬でも、幸せにしたいと思ったのです。

平成25年夏 ・・・とても暑い日が続いていた。
あの当時、僕は宅配便のバイトをしていて、とある場所に配達に行った。
駅から少し離れた線路沿いの小さなアパートの二階の部屋に行き、ドアの前でインターフォンのボタンを押すまで、僕は普段の配達と何も変わらず、むしろ退屈な日々だったかもしれない。

「宅急便でーす」
そう声を掛けた時に電車が通過し、
その大きな音で僕の声はかき消されてしまったので、
もう一度、「こんにちはー、宅急便でーす」と声を掛けた。
しばらくすると部屋の中でガタゴトと物音がした後、ドアが開き、
ドアの向こうには色白でちょっと疲れた感じの、それでいて美人の部類に入ると思われる女性。
20代半ばくらいだろうか。
きっと部屋の中が暗かったのだろう、眩しそうに僕の方を見ている。
「あ、お荷物届いていますので印鑑かサインお願いします!」
それが、彼女と僕の最初の出会いだった。

それからは毎週二回は必ず配達があり、多い時は週に三~四回程・・・荷物は小さな30cm四方の小箱だった、中身は何が入っているのか全く分からず、ただ軽かったなーという印象。
彼女は僕の顔に見慣れて来たのか、段々と世間話もする様になった。
、と言っても天気の話ぐらいで、長話が出来るほど暇では無く配達の途中なので、ほんの2、3言交わす程度であったが、それが楽しみでもあり・・・
そして一ヶ月ほど経ったある日、僕がいつもの様に配達に訪れると、
困った顔をして助けを求めてきたのである。

その内容とは、部屋のTVが突然映らなくなったと言う。
そう言われても僕自身困ったもので、どうにもならないとは思ったのだが、取り敢えずそのTVを見せてもらう事にした。
もちろん彼女の部屋に入るのは初めてだったし、当時は付き合っている人もいなかったので緊張が7割、
期待が2割程度、あとの一割程度は不安とか、良からぬ思い。とか・・・
今思えば複雑な気持ち。
しかし、それは部屋に入る前、の事で、
部屋に入ってみると僕は愕然とした。

到底、女の部屋とは思えない程の散らかり様だったのだ。
床にじかに置いてあるTVは良いとしても、部屋中が埃まみれで僕の靴下が汚れてしまう程に酷く、
壁際には、小包の段ボールが山の様にあり、布団は敷きっぱなしの万年床。
おまけに脱ぎっぱなしの衣類やら下着までも散乱してる始末。
僕が部屋の様子を見て、そのまま固まっていると、彼女は、スミマセン。と言って散らばっている衣類をまとめて集めた後、両手で布団の上にボンッ!と置き、
そこに上から掛布団をパッと被せて申し訳なさそうにこちらを見ているではないか。
確かに彼女は美人ではあるが、僕の2割程あった期待とやらは木端微塵(こっぱみじん)である。

しかし・・・何とも汚い部屋である。
僕は気を取り直し、その映らないというTVを見せてもらった。
最初は配線が抜けているか何かだと思っていたが、どうやらそれは思い違いだったらしい。
TV本体の故障だと思われる。
一応、一通りは確認してみたが、どのチャンネルも砂嵐なのだ。
その女性は森影亜矢子(もりかげあやこ)という名前だった。
僕の名前は山都一郎(やまといちろう)。
初対面では無くとも赤の他人である男性が年頃の女性の部屋にお邪魔しているのだ。
挨拶ぐらいはしておかないといかんだろう。
お互い簡単な自己紹介もしたが、彼女は年明けにインフルエンザで入院していて、やっと退院出来たと思ったら、今度は交通事故で5ヶ月間も入院していたそうだ。
そして部屋に戻り一ヶ月もしない内に、TVが突然映らなくなったというのだ。
僕も自分の人生がツイていない方だと思っていたが、彼女はもっとツイていない。
一生懸命に彼女が話すものだから、僕は笑ってはいけないがつい笑いそうになる。
なるほど・・部屋が汚いのは、こんな理由があったのだ。
仕方が無い。といえば、仕方が無いのかもしれない。
僕はTVを修理に出すか買い替えた方がいい。と説明して、彼女の部屋を出た。
玄関を出る時に彼女は、「また余計な出費が・・・」と恨めしそうに嘆いていた。
その横顔を見た時、何か一瞬、彼女の笑顔が見たい。と思ったのだった。

僕はその日の仕事を終えてから、家路の途中にあるリサイクルショップに行った。
中古のTVを買いに来たのだ。
「ふう~ん・・中古の地デジ対応TVで38000円かぁ~」
と、独りでブツブツ言いながら結局は買ってしまった。
そしてそのまま、森影亜矢子の部屋に向かったのだった。

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