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第三章 異世界の馬車窓から

名前は一生付いてくるのだから真面目につけてあげようと思った話

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倉庫の中には事務所が有り、そこに通される。
中には机についた男性が一人と女性が二人居た。

僕は降ろされるままソファーに座り、珍しくスイが隣に座った。
向かいには会長が座る。

「お騒がせしました。
改めまして、トキ商会を仕切って居ますトキ・ヒコ・ズルです。
初代のアキ・ヒコの孫に当たります」
座ったまま頭を下げて、事務所内に居た三人を呼ぶ。

女性のうちの一人がお茶を持って来てくれた。
「こんにちは、ケチ・ミキです。
スイの叔母に当たります」
ニッコリ笑った女性は見た目だとスイのお姉さんだ。

「私はズルの娘でランと言うの、宜しくね」
ズルの後ろに立ち小さく手を振る、愛嬌のある人だ。

そしてもう一人の男性は、座ってても大きく見えたけど、天井に頭がつきそうな程デカイ。
ズルさんもデカかったけど、更にデカイ。
2メートルは確実に超えている。
フジ家のレフさんより大きいかもしれない。
そう言う種族なのかな?
幼児体型の僕からしたら、リアル巨人だ。

「ようこそいらっしゃいました、ズルの弟のデカです。
家の者は皆働いててドタバタしてますけど、ゆっくりして行って下さいね」

……えっと…スイのお爺さんの時も思ったけど、突っ込んで良いのか?
いや、やっぱり良くないよな。
口に出かけた言葉を、お茶と一緒に飲み込む。

「あははは、言いたい事は分かりますよ」
ちょっと待って下さいねと前置きして、紙に何かを書き出す。
書き上がったそれは、名前?

一番上に【トキ・アキ・ヒコ】と有り、その下にサナ。
サナから線が4本伸び、順に【ケチ、ズル、デカ、チビ】と有る。
ケチの下に【ヤシ、ミキ】。
ズルの下には【ラン、スウ、カモ、ネギ】。
デカの下は【ヤセ、ガリ、ミイ、ケイ】。
チビの下に【バン、サン、カン】………ネタですか?

それに女性の名前は日本名っぽい。
てか、昔のアイドルじゃない?

「この他にもそれぞれ子供が居ますけど、ここまでは全部祖父の付けた名前なんですよ」
ズルさんは諦観した顔でふと息を吐く。

「父だけは祖母が付けたのでまともですけど、孫の名前は自分で付けると言い張ったそうです」
いや、しかし商売人に【ケチ】とか【ズル】って……、しかも…

「ええ、ええ、言いたい事は分かります。
しかも生まれた時に大きかったから【デカ】ってそのままだし、四男は「この流れだと次はコレしかない」とか言って、オーガの血を継いでデッカく生まれて来たのに【チビ】ですよ」
「そのチビさんって…」
「デカと同じくらいの身体つきです」

……この身体つきですチビって……うわぁ…………。

「しかも祖母の亡くなった後も暴走は止まらず、兄の長男は名乗る時に【ケチ・ヤシ】となるし、うちの息子は【カモ、ネギ】で弟の子供は【ヤセ、ガリ】と付けられた反動か巨体だし、女の子はあいどるとか言う人の名前だそうだけど、意味わからんし、末っ子の子供の名前もわけわからん!」

色々溜まってたのか、テーブルをバン!と叩くズルさん。
まぁ、名前で遊ばれたらねぇ……。

「名前は覚えられてナンボだぞー。
商売人なんだから先ずは顔と名前覚えてもらわんとな」

ドアの隙間から覗き込みながら、秋彦さんが言う。
そう言われると、一理あるような気もする。

「爺さん、覗いてるなんて風体が悪い、入るなら入って来なよ」
許可をもらった秋彦さんは、ドアを思いっきりよく開けて、ヤシさんと一緒に飛び込んで来て2人でハモる。

「「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~~ん!」」

…………懐かしの…とか付く番組で聞いた事ある様なないような…。

「やあやあ我こそは土岐家の当主、土岐秋彦なるぞ、控えおろ~う」

「爺さん、そんなわけわからん事は良いから座れよ」
頭を抑えながらズルさんが仕切る。
「もー、本当ノリ悪い奴らだな。
少しはヤシを見習えよ」
秋彦さんが言うけど、皆の顔には『見習うわけ無いだろ』って表情が張り付いている。

秋彦さんは周りの視線をいっさい気にせず話を続けた。

「でな、やっぱりインパクトって大事だと思うワケよ。
特にこの世界って二文字の名前だろ?
個性出すの大変だったんだぞ」

見た目は喜寿前後のお爺さんだけど、口から出る言葉遣いチャラ男?
内容はオヤジギャグ?

「チビの子なんかはネタ切れしてな、でも三つ子だったから「コレだ!」って思ったね。
でも通じないんだよね~。
でも君なら分かるだろ?有名だからね。
ホラ、アレだよ、「焼き肉焼いても……」」

あーあーあー、それ以上はマズイから聞かなかった事にする。

「それに女の子はやっぱりアイドルの名前付けたいじゃん。
でもアイドルも通じないって本当未知との遭遇だよ」
オヤジギャグと言うより【死語の世界の人】だ。

「まあ、インパクトは大事かも知れませんね」
実際付けた名前はアレでも、考えは納得出来る……かも?

「おお、君分かるね~。
あ、俺の事はアッキーでもヒコりんでも好きに呼んで良いからね」

呼べるかよ!と心の中で突っ込んでいたら、今まで黙っていたスイが、
「高祖父殿、いきなり愛称で呼ぶのは無理だと思いませんか?
ウチ様も困ります」
助け船を出してくれた。
流石スイ。

「う~ん、そっか。まぁ気が向いたら呼んでくれ。
そんで、あなたのお名前なんてぇの?」
どこかで耳にしたことがあるような、独特な節を付けて聞いてくる秋彦さん。

「ここではトウ・ドウ・ウチと名乗っていますが、本名【東堂内 柊一郎】です」
「おお、長いね。
この世界に来た人らって、皆文字表記が二文字の苗字なんだけど、珍しいパターンだね」
言われてみれば、英雄家系と教えてもらった家名は皆二文字だな。

「呼ばれ方の違いとかなんですかねえ」
「いや~、俺に言っても分かりま千円」

「……………………」

「すみません、話が少しでも真面目になるとすぐ茶化すんです」
隣のスイが小声で謝ってくる。

他の人を見るとヤシさん以外冷めた目をしている。
いや、諦めた目なのか?

「うおおおお、相変わらずノリの悪い奴らだ。
まぁそんなところもうちの奥さんに似てて可愛いんだけどね」

ニコニコ笑う秋彦さんは懐が広いんだろうね。


……と言うことにしておこう。





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