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誰も悪く無いんだけどね
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「すまないが、婚約を解消してもらえないだろうか……」
俺の言葉に彼女の表情が固まった…………。
俺は子爵家の次男だ。
子爵家と言っても法衣貴族で領地もない、貧乏貴族なのだが。
父親は内務省の職員なのだが、人が良いのか人たらしなのか、とにかく顔が広い。
同じ子爵位だけではなく、伯爵や侯爵家とも交流があるのだが、子供の頃はそれが普通だと思っていた。
人の良い父と、大らかな母、弟思いの兄と優しい乳母に育てられた俺は、のんびりとした性格だと良く言われている。
そんなごく普通の俺に転機が訪れたのは、15歳で学園に入学して半年ほど経った頃だ。
図書室で間近に迫ったテスト勉強をしていたら、学園でも指折りの有名人から声をかけられたのだ。
「お勉強中失礼します。
初めまして、ですわね。
私の名前は、マリーベル・ノインです。
少しお時間よろしいかしら」
相手はノイン侯爵家の次女、マリーベルだった。
勿論俺は知っていた。
侯爵家と言う上位貴族で、ハニーブロンドにエメラルドの瞳の美しい女性だ。
成績優秀、ダンスや乗馬も優雅にこなし、優しく性格も穏やかで、男女問わずに人気がある。
見た目も普通、成績も普通、剣術の授業はやや苦手な子爵家子息。
そんな平均よりやや下の俺から近づくことど出来ない相手だ。
そんな彼女が俺に何の用があるのか見当もつかなかった。
まさか、
「宜しければ私とお付き合いしていただけないかしら」
などと言われるなど、誰も予想出来ない事だろう。
俺は揶揄われているのだと思ったけど、彼女は少し前から俺のことを知っていて、色々調べたらしい。
俺は兄しか居ないので、ずっと妹や弟が欲しく、近所の孤児院へよく顔を出し、子供たちと遊んでいた。
その孤児院へ寄付を施しにやって来た時に俺の事を見つけたそうだ。
彼女が言うには、子供一人一人をよく見ていて、遊んで甘やかすだけではなく、喧嘩の仲裁や、読み書きを教えている姿が心に残り、俺の事を調べたのだとか。
孤児院だけでなく、下町の庶民とも分け隔てなく交友し、貴族だからと驕った所のない俺に惹かれたとか……。
正直なところ、貧乏貴族なうちでは、使用人が少ないため、たまにだが買い出しに下町へ赴く事がある。
その時に知り合った商人などと親しくしているだけなのだが、高位貴族の彼女には新鮮に映ったのだろう。
きっと物珍しさからだと思うけど、女性に恥をかかせる訳にはいかないし、子爵家の俺が侯爵家の彼女を断る事は出来ない。
俺は付き合う事を了承した。
………付き合う事を了承したのだが、何故か侯爵家へ招かれて、いつの間にかうちの両親も呼び出され、どうしてなのか、婚約者となっていた。
侯爵様によると、今更政略結婚に頼る事など必要ないので、次女である彼女には好きな相手と一緒にさせることにしていたそうだ。
いいのかそれで?
それでも俺からどうこう言うことはできない。
彼女は素敵な人だし、正直言うと俺も嬉しい。
ならば彼女に相応しくなるべきだと思い、努力を開始した。
俺は頑張った。
学園の勉強は勿論、苦手な剣術やダンス、上流階級のマナーや会話など。
彼女も応援してくれるし、彼女の家族もありがたいことにアドバイスをくれたりする。
俺は彼女の期待に応えるためにも頑張った。
婚約者になって一年経つ頃には、テストの順位も、中の下から10位以内に入ったし、剣術でも、学園の交流試合に出れるまでレベルを上げた。
それでも周りからは色々言われ続けた。
『成績が上がったって、彼女は学年二位なのに、9位って情けないな。
トップを取れよ』
『交流試合に出た?
出るだけなら誰でもできるだろ。
せめて代表くらいにならないと話にならないよな』
『マリーベル様はあんなにお美しいのに、あのお方の野暮ったさは、いくら着飾っても隠せないのではないかしら』
『彼女にはもっと相応しい相手がいるだろう』
『先日の舞踏会で隣国の王太子と踊っていらしたお姉様、とても素敵でしたわ。
それに引き換え………』
聞かないフリをしていても、考えない様にしていても、周りは皆彼女との釣り合わなさを口にする。
自分でも釣り合わないのはわかっているから、さらに努力を重ねることしかできない。
こんなに情けない俺だが、彼女は俺を励まし寄り添おうとしてくれるから、頑張れる。
そんな彼女のことを愛しく思う様になったかこそ、より一層頑張った。
頑張って
頑張って
頑張って
……………………
ふとした時に脳裏によぎる考えから目を逸らし、彼女に支えられなが、彼女に相応しくある様に頑張って来た。
最終学年の最後の試験前、最後くらいは今までで一番良い順位をと、時間の限り勉強をした。
だがどうしても古語だけが進まない。
日常使うことのない、数年に一度の王宮での儀式の時に祝詞として使うだけの、上位貴族の必須科目だ。
儀式に招かれることのない下位貴族の自分には、今回の様な事がない限り、一生関わることのないこの古語だけは、どんなに頑張ってもすぐに抜け落ちてしまう。
それでも泣き言を言わずに、辞典を片手に板書していた。
勿論彼女も側で励ましてくれている。
「頑張って。
他の科目はきっと大丈夫よ。
古語さえクリアできれば、今までで一番の成績になるの間違いないと思うわ」
「そうだね……、でも、メリーベルを抜くことは難しいと思うな」
入学から常にトップ争いをしている彼女は、トップの公爵令息と共に、毎回ほぼ満点なのだ。
不動の一位二位は無理でも、最後くらいは三位になりたい。
そう考えていた俺の耳に、彼女の小さな呟きが届いた。
「…………私今回手を抜きましょうか?」
………聞き間違いだと思った。
聞き間違いだと思いたかった。
俺は軋む胸の痛みを隠しつつ、彼女に笑いかけた。
「そんなことをすれば、お父上が悲しむと思うよ」
「…………そうね、ごめんなさい、変なこと言ってしまったわ。
忘れてちょうだい」
彼女も少し気まずげに笑う。
俺は彼女に何を言わせたのだろう。
俺が不出来なばかりに……。
胸の軋みが大きくなる。
「えっと…、これ、この場合、どうするのが一番適切なのかな?」
話を逸らすために彼女に問いかけた。
「ああ、それ?簡単よ。
こうすればいいのだから」
「………………………………」
「ほら、これはこうするの。
簡単でしょ?
あなたももっと頑張ればすぐにわかるわ」
「………………………………………………そうだね、ありがとう、わかったよ」
もう無理だと思った。
彼女に悪気は一切ないのはわかっている。
彼女が何の気無しに言ったのだとわかっている。
彼女は励ましてくれているのだと言うのはわかっている。
彼女にとっては簡単なことなんだろうとは思う。
けど、俺の中の軋んでいたモノが弾け飛んだ。
俺は頑張った。
二年半の間、色々なことを努力して頑張った。
寝る時間を削り、食事中も辞書を片手に、勿論遊ぶ時間など一切ない。
夢の中でもテスト用紙に向き合ってて、解けない問題に飛び起きたりもした。
頑張って頑張って頑張って頑張って、挫けそうになっても彼女に相応しくなるために頑張った。
頑張ってもどうにもならない事があると思っていなかった。
頑張ればどうにかなると思っていた。
努力は必ず報われると思っていた。
でも、よくわかった。
頑張ってもどうにもならない事はこの世にはいくらでもあると言うことを。
頑張ればどうにかなるのなら、この世の中は天才だらけだ。
英雄だらけだ。
賢者だらけだ。
努力すれば上に行けるだろう。
だがそれでも、限界は個人個人違うのだ。
俺は頑張ったけど、ここが限界だ。
それが俺の資質なんだ。
俺が頑張ってできなかったことは、彼女にとっては【簡単なこと】なのだ。
彼女にとって簡単なことが理解できない俺が、この先彼女と一緒にいることができるのか?
いや、無理だ。
俺と彼女では人間としての【格】や【質】が違うのだ。
そんな彼女と、好きだからと言うだけで、この先何十年も一緒に過ごせるか?
いや、無理だ。
この二年半頑張っただけで辛かったのに、辛さを彼女への想いで目を逸らせていただけなのに、この先ずっと頑張っていけるのか?
絶対、無理だ。
きっと彼女は努力すれば何でもできる人種なのだろう。
平凡な俺には無理なことでも、彼女や、その周りにいる人達には簡単なことなのだろう。
でも、俺には、無理だ…………。
彼女のことが嫌いになったわけではない。
彼女のことは好きだ。
客観的に見てみると、彼女の隣に居るのが俺だと言うのは、周りの言う様に確かにおかしなことだったのだ。
努力をしたからなんだと言うのだ。
それが実らないのなら、結果的には意味はない。
それに、俺にだってちっぽけながら自尊心もある。
彼女の【簡単】と言う言葉は俺の中に刺さったまま抜けそうにない。
このまま一緒にいると、彼女のことを好きだと言う気持ちが、【別の何か】
に変わってしまいそうだ。
そうなる前に、彼女への気持ちが綺麗なままの今のうちに、彼女に別れを告げようと思う。
そして、卒業式の後、俺は彼女を呼び出したのだ。
俺の言葉に彼女の表情が固まった…………。
俺は子爵家の次男だ。
子爵家と言っても法衣貴族で領地もない、貧乏貴族なのだが。
父親は内務省の職員なのだが、人が良いのか人たらしなのか、とにかく顔が広い。
同じ子爵位だけではなく、伯爵や侯爵家とも交流があるのだが、子供の頃はそれが普通だと思っていた。
人の良い父と、大らかな母、弟思いの兄と優しい乳母に育てられた俺は、のんびりとした性格だと良く言われている。
そんなごく普通の俺に転機が訪れたのは、15歳で学園に入学して半年ほど経った頃だ。
図書室で間近に迫ったテスト勉強をしていたら、学園でも指折りの有名人から声をかけられたのだ。
「お勉強中失礼します。
初めまして、ですわね。
私の名前は、マリーベル・ノインです。
少しお時間よろしいかしら」
相手はノイン侯爵家の次女、マリーベルだった。
勿論俺は知っていた。
侯爵家と言う上位貴族で、ハニーブロンドにエメラルドの瞳の美しい女性だ。
成績優秀、ダンスや乗馬も優雅にこなし、優しく性格も穏やかで、男女問わずに人気がある。
見た目も普通、成績も普通、剣術の授業はやや苦手な子爵家子息。
そんな平均よりやや下の俺から近づくことど出来ない相手だ。
そんな彼女が俺に何の用があるのか見当もつかなかった。
まさか、
「宜しければ私とお付き合いしていただけないかしら」
などと言われるなど、誰も予想出来ない事だろう。
俺は揶揄われているのだと思ったけど、彼女は少し前から俺のことを知っていて、色々調べたらしい。
俺は兄しか居ないので、ずっと妹や弟が欲しく、近所の孤児院へよく顔を出し、子供たちと遊んでいた。
その孤児院へ寄付を施しにやって来た時に俺の事を見つけたそうだ。
彼女が言うには、子供一人一人をよく見ていて、遊んで甘やかすだけではなく、喧嘩の仲裁や、読み書きを教えている姿が心に残り、俺の事を調べたのだとか。
孤児院だけでなく、下町の庶民とも分け隔てなく交友し、貴族だからと驕った所のない俺に惹かれたとか……。
正直なところ、貧乏貴族なうちでは、使用人が少ないため、たまにだが買い出しに下町へ赴く事がある。
その時に知り合った商人などと親しくしているだけなのだが、高位貴族の彼女には新鮮に映ったのだろう。
きっと物珍しさからだと思うけど、女性に恥をかかせる訳にはいかないし、子爵家の俺が侯爵家の彼女を断る事は出来ない。
俺は付き合う事を了承した。
………付き合う事を了承したのだが、何故か侯爵家へ招かれて、いつの間にかうちの両親も呼び出され、どうしてなのか、婚約者となっていた。
侯爵様によると、今更政略結婚に頼る事など必要ないので、次女である彼女には好きな相手と一緒にさせることにしていたそうだ。
いいのかそれで?
それでも俺からどうこう言うことはできない。
彼女は素敵な人だし、正直言うと俺も嬉しい。
ならば彼女に相応しくなるべきだと思い、努力を開始した。
俺は頑張った。
学園の勉強は勿論、苦手な剣術やダンス、上流階級のマナーや会話など。
彼女も応援してくれるし、彼女の家族もありがたいことにアドバイスをくれたりする。
俺は彼女の期待に応えるためにも頑張った。
婚約者になって一年経つ頃には、テストの順位も、中の下から10位以内に入ったし、剣術でも、学園の交流試合に出れるまでレベルを上げた。
それでも周りからは色々言われ続けた。
『成績が上がったって、彼女は学年二位なのに、9位って情けないな。
トップを取れよ』
『交流試合に出た?
出るだけなら誰でもできるだろ。
せめて代表くらいにならないと話にならないよな』
『マリーベル様はあんなにお美しいのに、あのお方の野暮ったさは、いくら着飾っても隠せないのではないかしら』
『彼女にはもっと相応しい相手がいるだろう』
『先日の舞踏会で隣国の王太子と踊っていらしたお姉様、とても素敵でしたわ。
それに引き換え………』
聞かないフリをしていても、考えない様にしていても、周りは皆彼女との釣り合わなさを口にする。
自分でも釣り合わないのはわかっているから、さらに努力を重ねることしかできない。
こんなに情けない俺だが、彼女は俺を励まし寄り添おうとしてくれるから、頑張れる。
そんな彼女のことを愛しく思う様になったかこそ、より一層頑張った。
頑張って
頑張って
頑張って
……………………
ふとした時に脳裏によぎる考えから目を逸らし、彼女に支えられなが、彼女に相応しくある様に頑張って来た。
最終学年の最後の試験前、最後くらいは今までで一番良い順位をと、時間の限り勉強をした。
だがどうしても古語だけが進まない。
日常使うことのない、数年に一度の王宮での儀式の時に祝詞として使うだけの、上位貴族の必須科目だ。
儀式に招かれることのない下位貴族の自分には、今回の様な事がない限り、一生関わることのないこの古語だけは、どんなに頑張ってもすぐに抜け落ちてしまう。
それでも泣き言を言わずに、辞典を片手に板書していた。
勿論彼女も側で励ましてくれている。
「頑張って。
他の科目はきっと大丈夫よ。
古語さえクリアできれば、今までで一番の成績になるの間違いないと思うわ」
「そうだね……、でも、メリーベルを抜くことは難しいと思うな」
入学から常にトップ争いをしている彼女は、トップの公爵令息と共に、毎回ほぼ満点なのだ。
不動の一位二位は無理でも、最後くらいは三位になりたい。
そう考えていた俺の耳に、彼女の小さな呟きが届いた。
「…………私今回手を抜きましょうか?」
………聞き間違いだと思った。
聞き間違いだと思いたかった。
俺は軋む胸の痛みを隠しつつ、彼女に笑いかけた。
「そんなことをすれば、お父上が悲しむと思うよ」
「…………そうね、ごめんなさい、変なこと言ってしまったわ。
忘れてちょうだい」
彼女も少し気まずげに笑う。
俺は彼女に何を言わせたのだろう。
俺が不出来なばかりに……。
胸の軋みが大きくなる。
「えっと…、これ、この場合、どうするのが一番適切なのかな?」
話を逸らすために彼女に問いかけた。
「ああ、それ?簡単よ。
こうすればいいのだから」
「………………………………」
「ほら、これはこうするの。
簡単でしょ?
あなたももっと頑張ればすぐにわかるわ」
「………………………………………………そうだね、ありがとう、わかったよ」
もう無理だと思った。
彼女に悪気は一切ないのはわかっている。
彼女が何の気無しに言ったのだとわかっている。
彼女は励ましてくれているのだと言うのはわかっている。
彼女にとっては簡単なことなんだろうとは思う。
けど、俺の中の軋んでいたモノが弾け飛んだ。
俺は頑張った。
二年半の間、色々なことを努力して頑張った。
寝る時間を削り、食事中も辞書を片手に、勿論遊ぶ時間など一切ない。
夢の中でもテスト用紙に向き合ってて、解けない問題に飛び起きたりもした。
頑張って頑張って頑張って頑張って、挫けそうになっても彼女に相応しくなるために頑張った。
頑張ってもどうにもならない事があると思っていなかった。
頑張ればどうにかなると思っていた。
努力は必ず報われると思っていた。
でも、よくわかった。
頑張ってもどうにもならない事はこの世にはいくらでもあると言うことを。
頑張ればどうにかなるのなら、この世の中は天才だらけだ。
英雄だらけだ。
賢者だらけだ。
努力すれば上に行けるだろう。
だがそれでも、限界は個人個人違うのだ。
俺は頑張ったけど、ここが限界だ。
それが俺の資質なんだ。
俺が頑張ってできなかったことは、彼女にとっては【簡単なこと】なのだ。
彼女にとって簡単なことが理解できない俺が、この先彼女と一緒にいることができるのか?
いや、無理だ。
俺と彼女では人間としての【格】や【質】が違うのだ。
そんな彼女と、好きだからと言うだけで、この先何十年も一緒に過ごせるか?
いや、無理だ。
この二年半頑張っただけで辛かったのに、辛さを彼女への想いで目を逸らせていただけなのに、この先ずっと頑張っていけるのか?
絶対、無理だ。
きっと彼女は努力すれば何でもできる人種なのだろう。
平凡な俺には無理なことでも、彼女や、その周りにいる人達には簡単なことなのだろう。
でも、俺には、無理だ…………。
彼女のことが嫌いになったわけではない。
彼女のことは好きだ。
客観的に見てみると、彼女の隣に居るのが俺だと言うのは、周りの言う様に確かにおかしなことだったのだ。
努力をしたからなんだと言うのだ。
それが実らないのなら、結果的には意味はない。
それに、俺にだってちっぽけながら自尊心もある。
彼女の【簡単】と言う言葉は俺の中に刺さったまま抜けそうにない。
このまま一緒にいると、彼女のことを好きだと言う気持ちが、【別の何か】
に変わってしまいそうだ。
そうなる前に、彼女への気持ちが綺麗なままの今のうちに、彼女に別れを告げようと思う。
そして、卒業式の後、俺は彼女を呼び出したのだ。
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