5 / 14
キス
しおりを挟む5
翌週の月曜日。朝、いつも煩いくらい迎えに来るナツが姿を見せず、様子見がてら迎えに行ってみるか、とナツの家を訪ねる。インターホンを鳴らすと、ナツの母親が出てきた。
「ごめんなさい蓮君。ナツのバカ、風邪引いたみたいで」
「そうなんですか」
こんな時期に風邪を引くなんて珍しいなと思いながら、学校への道程を一人歩く。ナツが休みということは、今日の図書委員の仕事は相神と二人。そう考えると何だか嬉しいような気がしたが、寝ている相神にこっそりキスして以来またしても会うのを避けていたため、怖くもあった。
気づけば二週間も相神を避けている。校内で時々見かけることはあっても、基本的には関わることなんてないのだ。
昼休みになり、相神の顔を見ると益々それを感じた。普段通りにしなければと自分に言い聞かせるが、普段がどんな態度を取っていたか思い出せず、どうしてもギクシャクとした態度になってしまう。それでも何とか作業をこなし、放課後を迎え、あとは返却された本の片付けだけとなった。
「相神先輩、これで最後です」
本棚の上段は高く、蓮では踏み台を使っても手が届かないため、蓮が本を渡し、相神が棚へ仕舞っていく。朱色を帯びた陽が窓から差し込み、相神を照らしていた。
最後の本を相神へ手渡す。校庭には部活に励む生徒の声が響き、静か過ぎるこの部屋は余計に二人しかいないのだと感じさせられる。蓮は二人だけの時間が終わってしまうことが何だか勿体無くて、残念に思えた。
「なぁ、この前、何であんなことした?」
そう言われ、蓮は動揺し肩がビクッと揺れる。手渡そうとしていた本を思わず落としそうになったが、間一髪のところで相神が受け取った。あんなことが何のことなのか…蓮は考えれば考えるほど相神にキスしたことしか思い浮かばない。しかし、あの時相神は寝ていたのだ。キスのことであるはずが無い。
「な、何のことですか?」
そう思い、惚けたように答えるが、それを聞いた相神はムッとした顔をした。相神の口からはっきり言われるまでは肯定することなんて出来ない。それに、キス以外の可能性だってあるのだ。無闇に狼狽えるのも、相神に不信感を与えてしまうだろう。第一、あの相神がキスを許すはずがないのだから真実を言えるはずもない。
手に持った本を本棚に戻しながら、相神が苛ついたようにチッと舌打ちをした。一体相神は何のことを言っているのだろう。他に心当たりがないかと蓮は考えを巡らせる。
「キス、しただろ」
振り返った相神が、逃がさない、と言うように真っ直ぐとした目で見つめてきた。
「…っ」
驚きの余り声も出ない。
この気持ちを伝えても、自分が傷つくだけ…。
そう考えていた蓮が何も言えるはずはなかった。
何も答えられない。何と答えていいのか分からない。何も言わない自分はとてもズルイことは分かっている。だが、今この場で答えなければ、後で落ち着いてからどんな言い訳も出来る。そんな打算的な考えが蓮の頭を巡っていた。
「ナツと付き合ってるんだろ? 誰にでもあんなことするのか」
「違っ」
蓮はその言葉でキスしたことを肯定することになっても、そこだけはどうしても否定したかった。
誰にでもするわけじゃない。
相神だからしたんだ。
だがその言葉は飲み込んだ。思わず上げた声に相神が驚いたような顔をしている。
「だったら…尚更だ」
相神の声が先刻よりも芯を持つ。表情もより問い詰めるように威圧的で、蓮は追い詰められた小動物のように、本能的に逃げたくなった。逃がさない、というように、一歩、また一歩と距離を詰められる。相神に距離を詰められる毎に、蓮は一歩ずつ後退りした。
「あ…」
トンと背に棚がぶつかる。
長い時間じりじりと駆け引きめいたことをしていた気がするが、元々いた場所からほんの一メートルほどしか動いてはいなかった。もうこれ以上後ろには逃げられない。蓮を囲うように相神の両腕が本棚につく。間近に迫る相神の顔に、蓮は逃げ場を断たれた。
「ナツが好きか?」
「っ…幼馴染ですから」
相神の目に息が詰まりそうになる。
「じゃ、俺は?」
「え?」
思ってもない突然の質問に蓮は一瞬理解出来ず、思考が停止する。
相神のことを?
勿論好きに決まっている。だけど言ってどうなると言うのだろう。嫌悪されて、侮蔑されて…。
その先は見えなくて怖い。だからこそ何も言えないのに、相神はどんな答えを望んでいるのだろう。
今まで口を開けば喧嘩ばかりで、ろくに会話も出来ていなかった。それでも一緒に委員会の仕事が出来て楽しかった。嬉しかった。それだけしか繋がりはなかったけれど、それだけの繋がりしかないから、これからその繋がりを少しずつ広げることが出来るかも知れない。でも、自分の気持ちを伝えればこの繋がりは消えてしまう。蓮は、今、この繋がりを捨ててしまうことが怖かった。
好きだから、どんな形でも傍にいたい。それがただの後輩だとしても傍にいられるなら十分だ。だから…だから、それ以上…。
伝えられない想いに押し潰されてしまいそうになってしまう。耐えるように蓮は下を向いた。
「俺を好きになれ」
ハッキリとした声音。聞こえた言葉に再び蓮の思考は停止した。
「え?」
蓮が顔を上げると真っ直ぐ見つめる真摯な瞳にぶつかる。強気な、だけど、その奥に不安を隠したような瞳。微かに揺らいでいる。
「好きになれ」
今度は掠れたように囁かれ、その言葉が背筋をゾクゾクッと通り、全身が痺れていく。
刹那、相神の顔が近づいたかと思うと唇に何かが触れた。眼前に見える相神は目を閉じていて、その睫毛さえ触れそうなほどの距離。キスしている。そう気づいたら、蓮は息が詰まった。この前よりも確りとした唇の感触をハッキリ感じる前に、その唇は離れていってしまう。一瞬で離れてしまった唇の感触が名残惜しく、蓮は追うように自ら唇を寄せた。それに答えるように相神の唇も返ってくる。
これは夢じゃないかと疑ってしまう。だが、ちゅ…ちゅ…と触れ合う音が耳の届き、本当にキスをしているのだと実感した。
触れる吐息に感じ入るようにすれば、僅かに開いた唇の隙間から相神の舌が侵入してくる。絡め取るように舌を吸われ、心臓がドクドクと煩く鳴る。キスと同時に体の力も吸われているのではないかと思うほど全身から力が抜け、膝がガクガクと震え始めた。蓮は耐えるように相神の腕にしがみ付く。
長いキスに立っているのがやっとになってきた蓮は、限界を訴えるように相神の袖を小さく引いた。気づいたように相神の唇が離れていく。耐え切れず、崩れ落ちるように蓮はその場にしゃがみ込んだ。
はぁ、はぁと息が乱れ、なかなか整わない。
相神が平然とした様子で蓮の前に座る。それを、はぁと息を吐きながら惚けた顔で見やると、相神の唇が微かに濡れていた。今目の前にあるその唇と今までキスしていた。そう実感させられ、一気に顔が赤くなっていく。
「好きになったか?」
瞳は変わらず真っ直ぐで、その瞳からは不安の色は消えていた。いつもの鋭く強い、不遜な瞳。
気持ちの全てを相神に持っていかれてしまった。この瞳と唇に、相神尋という人間に、蓮は捕らわれた。
相神が真剣な顔で答えを待っている。その瞳を見返し、蓮はそっと呟いた。
「もう……ずっと前から…好き、ですよ」
小さく呟いた蓮の言葉は静かな部屋の中で確実に相神の耳へと届いた。それは、先刻までは絶対に伝えないと決めていた言葉。相神のキスで緩んだ心が、素直に気持ちを伝えてしまっていた。この後どうなるかなんて、惚けた頭じゃ考えもつかない。
ただ、本当にこの人が好きだ。
それだけ感じていた。
5
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
生粋のオメガ嫌いがオメガになったので隠しながら詰んだ人生を歩んでいる
はかまる
BL
オメガ嫌いのアルファの両親に育てられたオメガの高校生、白雪。そんな白雪に執着する問題児で言動がチャラついている都筑にとある出来事をきっかけにオメガだとバレてしまう話。
【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。
亜沙美多郎
BL
高校に入学して直ぐのバース性検査で『突然変異オメガ』と診断された時田伊央。
密かに想いを寄せている幼馴染の天海叶翔は特殊性アルファで、もう一緒には過ごせないと距離をとる。
そんな折、伊央に声をかけて来たのがクラスメイトの森島海星だった。海星も突然変異でバース性が変わったのだという。
アルファになった海星から「契約番にならないか」と話を持ちかけられ、叶翔とこれからも友達として側にいられるようにと、伊央は海星と番になることを決めた。
しかし避けられていると気付いた叶翔が伊央を図書室へ呼び出した。そこで伊央はヒートを起こしてしまい叶翔に襲われる。
駆けつけた海星に助けられ、その場は収まったが、獣化した叶翔は後遺症と闘う羽目になってしまった。
叶翔と会えない日々を過ごしているうちに、伊央に発情期が訪れる。約束通り、海星と番になった伊央のオメガの香りは叶翔には届かなくなった……はずだったのに……。
あるひ突然、叶翔が「伊央からオメガの匂いがする」を言い出して事態は急変する。
⭐︎オメガバースの独自設定があります。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
不確かな僕には愛なんて囁けない
一片澪
BL
――また今年の検査結果も『判定不能』だった。
早い人間は十歳にはα、β、Ωの第二性が判明していく世界で高校二年生になっても第二性が確定しない滝沢 泉水は自分が何者でも無いような感覚を抱きつつもコンビニでバイトをして普通に生活していた。そんな彼のバイト先には学校で一番の有名人でもある突出したα、瀬川 湊が時折ふらりと現れる。学校で話したのは一度だけ、彼はきっと自分をただのコンビニ店員だと思っているだろう。
そう思っていた泉水だったが夏休みのある日母の転勤で突然の転校が決まる。関東から京都へと引越をしてそのまま京都の大学に進学した泉水だったがある学祭の日に目の前に現れた瀬川は普通に話しかけてきたのだ。
※受けにしか興味が無いマイペースでどこかつかみ所が無い自由人α×第二性が判別不能なβ?Ω?の恋のお話。
※オメガバース設定をお借りして独自の設定も加えています。
※さらっと読める愛だけはあるお話です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる