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宮丸からの誘い2

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 試験が終わると、暁義は教授の実験を見学したり、バイトを増やしたりと、何も考えられないくらい忙しない日々を過ごした。
 そうでもしないと、いつまでも壱斗のことを考えてしまいそうで嫌だったのだ。

「暁義、今日飲み会あるけど、どうする?」

 食堂で昼食を食べていると、宮丸がやって来る。
 壱斗との喧嘩の後、気まずそうにしていたが、もう終わったことだと暁義が話すと、宮丸は安心したような表情を見せていた。

「どうしようかな…」

 前回参加した飲み会で壱斗にもう一度やり直したいと言われ、また飲み会で会い同じようなことを言われたらと思うと、暁義はどうしても敬遠してしまっていた。

「バイト?」

 暁義の隣に座りながら宮丸が問いかける。

「いや、今日はないけど…」

 何から説明すればいいのか分からず、暁義は言葉を濁した。

「織部だったら、多分来ないよ。今日はゼミ生の飲み会だし」

 ばれていたのか、と思いつつも宮丸にそう言われ、暁義は内心ホッとした。

「暁義君」

 名前を呼ばれ、声がした方へと暁義が顔を向ける。

「清香…今からメシ?」

 手に持つトレーにはまだ手付かずのパスタが乗っている。

「うん。一緒にいいかな?」

 そう訊ねながら清香が首を傾げる。
 こういうところは壱斗と正反対だ。
 どうして壱斗を好きになったのか益々不思議に思えてくる。

「いいよ」

 そう暁義が答えると、清香は暁義の向かい側の椅子に座った。

「本当に二人は仲が良いね。何の話してたの?」

 フォークを手にし、清香が二人を交互に見遣る。

「飲み会のお誘い。暁義のやつ、俺が誘ってるってのになかなか来てくれなくてさ…寂しいなぁって愚痴ってたとこ。仲良いって言えば、暁義と名方さんって何で別れたの?」

 宮丸の唐突な話に驚きながらも、暁義の脳裏に別れたときのことが浮かぶ。
 今思えば、あの頃はまだ子供だった。
 清香のことは勿論好きだった。好きだったが、別れても壱斗の時のように辛く感じることなんてなかった。

「何でって……別に喧嘩別れしたわけじゃないけど…ただ、友達でいたときの方が自然な気がしたんだよ」

 別れたとき感じた、どこか切なく甘い感情を思い出す。
 チラリと清香を見遣ると、清香も同じように視線を送っていた。

「好きな気持ちはあるんだけどね…中学生くらいの頃って変に付き合ってる、付き合ってないとかに敏感で、からかわれたりするのが恥ずかしかったりしちゃって…」

 清香は少し寂しげな目を隠すように照れ笑いを浮かべて話した。

「俺は隠れて付き合うのは嫌だったし…それだったら友達でってことになって。実際、別れてからも普通に遊んだりしたし」

 そんな理由で別れて、清香を嫌いになることはなかったが、友達に戻った瞬間、まるでそれがストッパーのように感情を抑えてしまい、それ以上好きになることもなかった。

「そうだったんだ……まぁ、思春期はいろいろ難しいからねぇ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、宮丸が得意気に喋る。

「何で上から目線で喋るんだよ」

 そんな宮丸の態度が何となく癇に障った。

「暁義君って、いつも本当に相手の気持ちを考えてくれてたの。優しくて…ずっと大好きだった…付き合えたときは凄く嬉しかったよ」

 昔を懐かしむように、清香は微笑んだ。
 そんな風に思ってもらえることを嬉しく感じながらも、暁義はつい壱斗にはどうだっただろうかと考えてしまう。
 本当に喧嘩ばかりで、それでも一緒にいると楽しくて安心出来て、でも辛くて……胸が詰まるような思いもいっぱいしたが、好きだからあんなにも沢山の感情を知ることが出来た。間違いなくそれは、とても愛おしくて、大切な時間だったと思う。
 一年という時間は決して長くはない。だが、その一年は暁義が生きてきた、これから先の人生の方がはるかに長い中で一番濃密で、だから余計に別れたときは苦しくて、苦しくて、胸が潰れてしまいそうだった。

「で、どうする?」
「え?」
「だから、飲み会! 何呆けてんだよ」

 宮丸の言葉に暁義の思考が戻る。
 いつからこんなに感傷的になってしまったのか。

「悪い」

 ボーっとしていたことを謝りつつ、飲み会のことへと思考を切り替える。

「で、行く? てか、行こ。暁義連れて行かないと俺、怒られるんだって」
「何で?」

 珍しく、半ば強引に決定しようとする宮丸に尋ねる。

「幹事の奴が、暁義を餌に女の子を釣るって張り切ってんだもん」
「はぁ?」

 またか、と思いつつどうでもいい理由に暁義は呆れてしまう。

「大丈夫! お前は立派な餌だ!」
「またかよ…」

 はぁ、と嘆息を漏らした。
 考えが安直過ぎる。
 だが暁義は、これくらいバカな方がもっと楽なのかも知れない、と宮丸のことを羨ましく思った。

「仕方ないから行ってやるよ」

 苦笑を浮かべながらも、長年の友人の顔を立てるべくその誘いを承諾した。


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