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宮丸からの誘い
しおりを挟む「暁義、おっはよ!」
暁義が呆けた頭で掲示板を眺めていると、後ろから声をかけられる。
聞き慣れた声に振り返った。
「おはよ、久志」
振り向いた先には、やはり見慣れた親友の顔。
「お前、昨日かなり告られたらしいじゃん」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、宮丸が肘で小突いてくる。その顔を手で押しやりつつ、暁義は告白してきた女の子達の顔を思い出した。
男子ばかりだった高校を卒業して初めてのバレンタイン。
確かに数人から呼び出され告白の言葉を貰ったり、本命です、と言いながらチョコレートを渡してくる子がいたりもした。
だが、暁義の心情はそれどころじゃなかった。
「別に大したこと…」
「うわぁ、聞き捨てならねぇ。友達じゃないなら、俺はお前を刺してるね」
宮丸は大袈裟なほどに眉を上げたかと思うと、次の瞬間にはジロリと睨んでくる。
確かに人数に関係なく折角勇気を出して告白してくれたのだから、彼女達の気持ちを蔑ろにするような発言は失礼だったかも知れない、と暁義は反省した。
「…悪い」
そう謝ると暁義は掲示板に視線を戻す。
「なぁ、二限目休講だって」
掲示板を見て暁義はそう漏らした。
「はぁ? マジで!? あぁ…マジだ、メッセ来てた…クソぉ…もっと早く分かってたらあと一時間は寝れたのにっ」
暁義の言葉に、宮丸が悔しそうに掲示板を睨む。
「…暇?」
同じ講義を取っているのだ、分かりきってはいたがあえて暁義は訊ねた。
「…今しがた予定が空いたばかりですが……織部系?」
苦虫を潰したように顔を歪める宮丸。それに暁義も苦笑を浮かべて返す。
「まぁ……」
それだけ返すと、宮丸の表情は更に嫌そうに歪んだ。
掲示板を離れ、学部等近くにある構内のカフェへと入る。
中には暁義達と同じように休講になったゼミの生徒がちらほらといて、各々時間を潰していた。幾らか席は空いているが、どこも隣は埋まってしまっている。
話の内容的に人目の少ない所がいいだろうと、注文したコーヒーを受け取るとテラスへと出た。
冷たい風が肌に刺さる。
流石にこの時期、テラス席を使う生徒はいないようだ。
暁義は適当にテーブルを選び、椅子に座る。空気だけでなく、椅子もテーブルもひんやりとしていた。
「昨日さ……別れた」
そう呟いた言葉が思ったよりも冷静で、やけに冷めているように聞こえる。
「…マジで!? 俺があんなこと言った…から?」
責任を感じているのか、少し焦った口調の宮丸に暁義は首を横に振って答えた。
「久志の言葉には背中押されたかも知れないけど、俺の中でも、もう、答えは出てたんだ」
ただ、踏ん切りがつけられずにいただけ。
宮丸はそのきっかけをくれただけに過ぎない。
「暁義…」
「お前に付き合う意味あんのか、って聞かれて…正直、ないかもって思った。だって、前は一緒にいるだけで幸せだった…楽しかった……」
「…今は?」
「今は…」
そこで暁義は言葉に詰まる。
今の気持ちをどう言い表せばいいのか…。
「…ただ、辛い」
それが一番的を得ているような気がした。
今までもずっと辛かった。だが今は、もっと辛い。
別れれば楽になれると思っていたのに、どうしてこんなにも胸が痛むのか…。
自分の気持ちを正直に話しただけなのに、暁義の胸は握り潰されたように痛んだ。
「辛い……」
絞り出すように言葉を吐くと、別れ話の最中すら出ることのなかった涙が、今になってほろりと一滴零れる。
宮丸は何も言わず、暁義の肩をポンポンと優しく叩いていた。
「週末、ゼミの奴らが飲み会するみたいなんだけど、お前も気晴らしに行かねぇ?」
暫くして宮丸が口を開いた。
暁義は宮丸の提案を聞きながらコーヒーを口に運ぶ。すっかり冷え切ったコーヒーが身体の熱を奪っていくようだった。
「別に出会いを探せってわけじゃなくて…今まで殆ど飲み会に顔出してないだろ? 付き合いだと思って出てみろよ。もう断る理由もないんだし」
もう断る理由もない…その言葉に暁義は「ああそうか」と別れを実感する。
「…そうだな……行こうかな」
暫く考え、暁義は宮丸の誘いに頷くと席を立ち、寒いな、と室内へと入った。
壱斗と別れてから大した変化もなく、安穏と日常は過ぎた。元々学生の本分は学業であるのだから、何の弊害もなく勉学に勤しめるという事は良い事なのだろう。
まだ顔を合わせる勇気もどっしりと構えて話せるほど心の準備も出来ていなかった暁義は、無意識にバイトのシフトを増やしたり、構内で比較的安全な研究室へと入り浸ったりしては会う確率を減らしていた。
それでもやはり同じ大学であることは変わらないため、時々キャンパス内で同じ学科の友達といる壱斗を見かけることがあった。
流石に胸の痛みを思い出すことはあっても、わざわざ話しかけるほどの気概はなかったが…。
同じ大学に通っていても暁義は理工学部、壱斗はスポーツ健康科学部と学部が違うため、お互いの友達はあまり知らない。
それでなくとも、壱斗と違い自分から積極的に話しかけるタイプではない暁義は、キャンパス内で壱斗に話しかけることはあまりなかった。
話しかけてくるのはいつも壱斗からで、その都度周りから、何故仲がいいのか聞かれたりもしたが、本当のことなど言えるはずもなく、暁義は高校で同じ部活だったと無難な答えを返していた。
そうすると必ず壱斗は、冗談っぽくではあるが『アキは俺の一番大事な人だよ』と付け足す。
今思えば、偽りの関係を示すことが嫌で敢えて話しかけていなかったのかも知れない、と暁義は自分の脆弱な心に自己嫌悪を覚える。
こんなに臆病なくらい人目を気にしていたのは自分だけで、もしかしたら壱斗はそんなところに愛想を尽かしていたのかも知れない。
公に言えないような感情を先に抱いたのは自分にも関わらず、二人の関係を否定するような態度が、この気持ちに答えてくれた壱斗を知らず傷つけていた。
そう思うと、多少なりとも申し訳なさが湧いてくる。
「暁義、今日行くだろ?」
講義が終わり、宮丸が話しかけてくる。そういえば、と飲み会に行く約束をしていたことを思い出す。
別れてからもずっと壱斗のことばかりに思考を取られ、まるで別れに対して未練があるかのようだ。
「行くよ」
そんな考えを吹っ切るように暁義は頷いた。
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